104 隠れ里の不運
戦闘があっさりと終わったことで、ミグネはワイバーンの強さがわからなかった。使われた魔法は強かったので、それを使わなければ勝てないくらいに強いのかもしれないという感想をもった程度だ。
「回収しましょ」
「置いていくにはもったいないな。ちなみにあれってどういった魔物なんだ? 俺も名前は知っているが、詳細はわからん」
「ドラゴンの一種。ドラゴンの中では下の方。知能は人並にあるが、個体によってそれなりに差がある。魔物としての強さは中の上から上の下。ローランドなら苦戦もせずに倒せるわね。ススムは空を飛ばれると有効な手段がないから戦うのは止めておいた方がいい。いやある程度接近してきたら弱体化させればなんとかなるかもね。炎を吐くものと、尾に毒を持つものと、どちらも持たない三種類がいる。ドラゴンだから、その素材はそれなりに貴重よ。肉も美味しい」
「肉が美味いなら夕食はあれの肉だな」
楽しみだと言う進に、フィリゲニスも笑みを浮かべて同意する。
ワイバーンは死んだふりなんかせずに、口から血を吐いて死んでいた。
持ち運びやすいように切り分けようと、フィリゲニスがワイバーンの全身を見ていると、体の一部にリベオと似たような黒い線があるのに気付く。
それに触れて、残留魔力を調べてみると、リベオのものと同じだとわかる。
「これ魔王関連らしいわ」
「え、そうなのか」
「どうしてわかるんですか?」
「ここを見てみなさい」
指差したところは足首だ。そこを進とミグネは見て、黒い線をみつけた。
「これは少し前に村の南にいたグリフォンが受けていた呪いと同じ魔力で刻まれているわ」
「ああ、それでわかったんだな。ここに来た理由はあいつと同じで調査なんかねぇ」
「聞く前に倒しちゃったからわからないわね」
予想は当たっている。リベオが駄目だったので、次に送り込まれたのがこのワイバーンだ。
強さはそれなりだが、頭が良いとはいえず。簡単に騙されて使われていた。
使い潰しても痛くないと判断されて、リッチの命令で調査に来たのだった。
「魔王軍がここらに出没するようになったとか、隠れ里は大丈夫かしら」
「これ一体だけなら相当に運が悪くなければやりすごせそうだけどね」
フィリゲニスの言葉に、そうですよねとミグネは頷いた。
ミグネは少しだけ嫌な予感もしているのだが、さすがに穿土蛇に襲われて落ち着いたところに、さらにワイバーンと遭遇はしないだろうと首を振る。
ワイバーンを切り分けて冷やした進たちは移動を再開し、隠れ里を目指す。
到着するまで新たな魔王軍にも魔物にも遭遇することはなく、入口のある裂け目に到着した。だがそこの光景は以前と違ったものになっている。
「こ、これは」
ミグネの声が震える。
裂け目の周辺に、いくつものひっかき跡や炎が吹きつけられたような黒っぽい土があるのだ。
こんなことができるのはワイバーンだろうと三人の考えが一致する。
「相当に運が悪かったというやつなのか?」
進も少し顔を顰めて言う。
「隠れ里の確認をしたいのですが、私一人だと怖いのでついてきていただけませんか」
懇願するように見てくるミグネに、進とフィリゲニスは頷く。
ひとまずワイバーンを魔法で作った簡素な倉庫に入れて、三人は裂け目を降りる。
崩れた階段にも炎が吹きつけられた跡があり、ミグネの不安はさらに煽られる。
隠れ里への入口はなにも変わらずそこにある。さすがにここまではワイバーンの大きさでは入れなかったようで無事だった。
見慣れた道が変わらずあることで、ミグネは小さく安堵の息を吐いて、奥へと歩く。
隠れ里は静かだった。誰もいないのかと一瞬ミグネは考えたが、耳を澄ますと生活音が聞こえてくる。
「ワイバーンに見つからないように息をひそめて暮らしているという感じか」
「でしょうね、かなりの恐怖を植え付けられたみたいね」
進とフィリゲニスが周辺の様子を見ていると、ミグネが大きく声を出す。
「皆! ワイバーンは死んだよ! あの空飛ぶ化け物はいない。もう怖がらなくていいんだよ!」
何度かミグネのワイバーン討伐の報告が隠れ里に響く。
するとあちこちの玄関が開いて、顔色の悪いノームたちが家から出てきた。
その中の一人がミグネの叔母だったようで、近づき本当か聞いてくる。
「本当だけど、確認したいの。皆がこうなっているのはやっぱりワイバーンのせいなの?」
「ワイバーンというのが、空を飛び炎を吐く魔物のことをさすのならそのとおりよ」
「あいつはいつからここに来て、なにをしたの?」
それには叔母がなにか言う前に、歩いてきていたコンドラートが答えようと声をかけてくる。
「ミグネよ、よく帰ってきた。そしてススム殿とフィリゲニス殿には感謝を。おそらくあの魔物を倒したのはあなた方なのでしょう」
「ええ、そうね」
「二度も隠れ里を助けていただき、感謝の念に堪えません」
「今回は偶然だけどね」
「それでもです。もうあれに怯えなくてすむと思うと皆ほっとしたことでしょう」
コンドラートがそう言うと、周囲のノームたちは頷く。
「うちへどうぞ。歓迎させていただきます。そこでミグネの聞きたいことも話しましょう」
三人はコンドラートに誘われて家に向かう。
ノームたちは静かにしなくてもよいということで、音を消すようなこともなくそれぞれの家に帰っていく。ワイバーンが出現してから、意識して静かにしていたので神経がまいっている。今日はもうゆっくりとしようという会話がそこかしこから聞こえてくる。
それに対してコンドラートはなにも言わない。休息が必要だと彼もわかっているのだ。
コンドラートの家に入り、温めの白湯を出されて話が始まる。
「とりあえずミグネが聞きたいと言っていた、ここでなにがあったかを話すとしよう」
「お願いします」
「わしも聞いた話なのだがね。十日前のことだ。その日、住人たちで外に狩りに出た。いつものように慎重に行動し、なんとか狩りを成功させて裂け目の横穴に戻ってきた。そのとき一人が外に忘れものをしたということで、取りに行ったそうだ。ついて行こうかと聞いたらしいが、すぐそこだからと断った。すぐそこというには彼の帰りは遅く、数人で外に行ったが、周囲には誰の姿もなかったそうです。捜索しようかと考えたが、もう夕暮れ。日が落ちるのもすぐだから、本格的なものはできない。とりあえず声をかけてみたが、返事はなく。獲物を持って隠れ里に戻ってきた。行方不明者が出たという話はわしのところにすぐ届き、朝になったら探しにしこうということになりました」
これが初日の動きだと、一度区切る。
「二日目は農作業以外の人を動員して行方不明者探しでした。複数人で固まって四方へ声をかけながら探し回ったが、一日かけてもみつかることはなく。逆に魔物に襲われることになった。なんとか少しの怪我ですんだものの、いつまでも探し回っていると次は魔物の餌になりかねないということで、三日目で捜査を打ち切ることにしました」
行方不明者の家族には悪いですがと、最後に付け加えた。
「その判断は仕方ないと思う。魔物に襲われる可能性があるんだ、村人の安全を優先するのは当然だろう」
「ありがとうございます。そして三日目は二日目に行っていない方向を探し、ワイバーンが姿を見せました。見たことのない大型の魔物に我らは逃げるしかなく、そんな我らにワイバーンは炎を吹きかけたり、鋭い爪で襲いかかってきました。怪我人が多く出て、その怪我のせいで逃げ切れず転ぶ者もいました。そういった者を助けるという考えすら浮かばずに隠れ里に逃げ込んだのが三日目です」
「逃げ切れなかった人はどうなったのですか?」
半ば返答を予想しながらミグネが聞く。
「誰も帰ってくることはなかったよ。おそらくは魔物たちに捕まり餌となった」
外れてほしかった予想が当たり、ミグネは沈痛な表情となった。
「ワイバーンはここを餌場と認識していたということか。もしくは魔王軍の命令で調査に来たのか」
進の前半の質問には、コンドラートは首を横に振ったが、後半の疑問には首を傾げる。
コンドラートがワイバーンを見たのは一度のみだが、その目に食欲はなかった気がするのだ。ほかの魔物は自分たちと餌と認識して襲いかかってくる。そういった魔物と違ってワイバーンには食べてやろうという意思が感じ取れなかった。
「ただの予想でしかありませんが」
「外れではないと思う。私たちに襲いかかったときも、餌を見るような飢えた意思はなかった」
フィリゲニスがコンドラートの予想を肯定した。
餌を捕まえるためではなく、縄張りに入ってきた者を排除という感じでもなく、これまで戦った魔物とは違った感じがしたのだ。
なにが目的だったのかフィリゲニスにもわからなかったが、魔王軍関連のなにかだろうとは推測できた。
ワイバーンがなにをしたかったのか、それは簡単なことだ。調査命令を受けたので、現地の住民を捕まえて話を聞こうとしただけだ。ただし手加減を間違えて蹂躙になった。捕まえたノームも怯えて逃げようとして話にならない。ほかにここらに住んでいる人間などはいないか探し、進たちを見つけて返り討ちにされたのだった。
ちなみにあのワイバーンは人間をあまり餌として好んではいなかった。食いごたえがないからだ。小柄なノームならなおさらだろう。ワイバーンにとって人間は獲物を捕まえるための餌という認識だ。
「魔王軍と言っていましたがどういうことなのだろうか」
「うちの村から南に少しいったところに魔王軍に所属するグリフォンが出現したんだ。そいつから少し情報を手に入れることができた。そのグリフォンは呪いをかけられていて、ワイバーンにも同じ魔法使いの呪いがかけられていた」
「魔王はどうしてここにあんなものを寄越したのでしょう」
「調査らしいな。気になったことがあるんだそうだ」
コンドラートはここらに魔王が気にするようなものなどあったかと首を傾げた。特別なものなどないと思うのだ。村長にのみ伝わる口伝があったのかもしれないと思い、元村長の家族にあとで話を聞くことにする。
ここらにあったフィリゲニスの封印はノームたちは知らない。石碑があったあそこまで行ったところで、あれがなにか説明してくれるようなものはなにもなく、なんの情報も手に入らないのだ。
「四日目はどうなったの」
「怪我人の治療と、外の様子がどうなのか探るための人員を派遣しました。外に出たがる者はいませんでしたが、必要なことなので私と数人で隠れ里の入口のいくつかから外を見ました。上空を見張るように飛ぶワイバーンを見つけ、出られないという確信を持って隠れ里に帰りました。その後は隠れ里から出ずに、ワイバーンを刺激しないようにできるだけ静かに過ごしていたというわけです」
「死傷者はどれくらいでました?」
「三割だ。死者が十人、動かせない者が七人。残りは動けるが軽いわけでもない怪我人がいくらか」
「穿土蛇のときも死者がでましたよね。今隠れ里には百人もいないということに?」
「いないだろう」
「怪我人もいますし、今後やっていけるのでしょうか」
「難しいと言わざるを得ない」
今回の件で働き手がさらに減ったのだ。隠れ里が滅びるきっかけになったと言っても過言ではないかもしれない。
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