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103 ミグネの帰還

 進にとって春はなにか新しいことをやるといったスタートのイメージであると同時に卒業のシーズンでもある。

 村でも一人の少女が卒業と似たものを迎えようとしていた。

 夜の村の郊外で、ビボーンとミグネが向かい合っている。


「私の全てを叩きこんだというわけではないけれど、それでも初日よりは魔法の扱いが上手くなったと思うわ。これでおしまいにしていいでしょう」

「ビボーンさんありがとうございます。本当はもう少し早く終わる予定だったのに、もう少しだけ予定を伸ばしてほしいという我儘を受け入れてもらえて嬉しかったです」


 ミグネがそう言い、頭を下げた。

 一冬だけという条件で村に来ていたミグネが最後となる魔法の講義を受け終わったのだ。 

 

「隠れ里に帰っても鍛錬は続けるように」

「はい」


 何度も魔法を使うことで発動が早くなり、使用する魔力量の無駄を減らせるようになると何度も教えられ、実際にその効果が現れたので反復練習の大切さは理解している。

 

「練習の際の注意点は?」

「なにも考えずに繰り返すのではなく、一つ一つの確認をしっかりとすること」

「うん、きちんと覚えているわね。漫然と繰り返し練習をやっているとおかしな癖がついても気付かず続けちゃうからね」


 癖が強みとなることもビボーンは理解しているが、それは突き詰めた場合であり、生半可な覚悟では無駄になる。だからビボーンは正当な技術を修めることをミグネに勧めた。ミグネの癖が強みに繋がりそうであれば、そちらへ進むように教育しただろう。


「忘れず注意して鍛錬します」


 村に戻ろうとビボーンが声をかけて、並んで歩き出す。


「帰る準備は整っている?」

「はい。今日の終わりに合せて荷物を片付けました。ゲラーシーさんたちにもお礼を言い終わっています」


 帰りはフィリゲニスに送ってもらえるよう頼んでいて、明日出発だ。


「ここでの暮らしはどうだったかしら」

「過ごしやすかったです。正直隠れ里は押し込められているような感じがして過ごしやすい場所とは言えません。先祖代々過ごしてきたところだから大事というのはわかりますけど、あそこに拘るより皆でここに来た方がいいんじゃないかって思います」


 食べ物も水も十分にあって、ナリシュビーという専門の警戒要員やフィリゲニスという強者もいて安全だ。

 ノームは地底でなければ過ごせない種族というわけでもない。むしろ日の下で過ごすのが当然の種族なのだ。

 一つの季節のみとはいえ、地底から出て過ごして解放感がとても感じられた。

 

「帰ったら提案してみようかなって思うくらいには、こっちは過ごしやすかったです」

「良いところと言ってくれるのは嬉しいけど、さすがにたくさんは受け入れきれないわね」

「そうですか、残念です。いや、少しずつなら可能性はあるということなんでしょうか」

「私一人で決められることじゃないけど、可能性はあるわね」


 これまでの少人数を受け入れて、それに対応して畑を広げてきた。同じことをやればいいだけだ。畑を作るスペースはまだまだあるし、芋ではなく普通の作物を作るようにすれば進への負担も大きくはならない。


「問題があるとすれば、魔物に襲われた場所だから魔物と一緒に住めないという意見がでるかもしれないということかしらね」

「たしかにでるかもしれませんね」


 ミグネも最初は警戒していたのだ。ほかの者も警戒するだろうし、移住してきた者は誰もが異種族に警戒心は抱いている。

 しかし少しずつ魔物という存在に慣れてきているのも事実だ。

 ビボーンという師匠を得て、グルーズやブルといった魔物たちを見てきたミグネには、ここの魔物ならば敵対はしないのではという思いがある。むろんこちらも馬鹿な対応をしないという前提だが。


「本当に隠れ里の人たちに提案してみた方がいいかもしれませんね。このままあそこにいても現状維持だけで、明るい未来があるとは思えません」


 ハーベリーが洞窟暮らしで感じていたものを、ミグネも感じたようでディスポーザルでの暮らしを本気になって考える。


「もう一度言うけど、ススムたちが受け入れるかわからないからね。そこを無視して話を進めると面倒なことにしかならないわ」

「隠れ里に帰るまでに話す機会はありますし、なんとか受け入れてもらえるようがんばろうかと」


 まずはゲラーシーたちに相談してみることにしますと言って、ミグネはビボーンと別れる。

 家に帰ったビボーンはリビングでボードゲームをしていた進たちにおかえりと声をかけられる。


「ただいま。ちょっと話があるのだけどいいかしら」


 進たちは手を止めて、話を聞く姿勢を取る。

 礼を言ってミグネが隠れ里の者たちをこちらに呼びたいと思っていることを話す。


「いきなり全員は無理と話したら、少しずつならと思ったようよ。そこらへんについて皆どう思う?」

「あそこの住民全員がいきなりくるのはたしかに対応できないな。少しずつでもどうだろうな? 移住してきた者たちの世話は、ゲラーシーたちに任せることになるだろうし、その余裕があるんだろうか。話を聞いてみる必要がある」


 自分たちが引き受けると決めたら住民たちは従うだろう。しかし生じる負担を無視して勝手に決めては、いらぬトラブルの元だろうとも思えて、まずは相談ではないかと考えた。


「私は今の暮らしを邪魔されないならどうでもいいのだけど、ゲラーシーたちに話を聞いてみるのはありと思う」

「私は前向きに話が進んでほしいですね。洞窟暮らしと地下暮らしという違いはあっても、息苦しい生活というのは想像つきます。この先もずっとそういった生活が続いていくのはあまりよくないように思えて」

「しっかりと相談して、無理せんことだ。今この村に受け入れるだけの余力があるかどうかしっかり考えて決めるといい。ラムニーが過去の状況と照らし合わせて手助けしたいと思うのはわからぬでもないが、助けてこちらが潰れてしまっては意味はないからの」

「私は隠れ里と関わりがないので、なんとも言えないでありますな。イコン殿のように無理をしないという前提で動いてもらいたいです」


 皆それぞれの意見を出していく。

 ビボーンも無理に受け入れる方向に進める気はない。こういう話が出たと知らせるつもりで話したのだ。


「隠れ里の人たちが拒否する可能性もあるし、受け入れを考えるのは向こうから本格的に話が出たときでいいわね」

「あそこで暮らし続けたいと思うでしょうか」


 ラムニーは首を傾げる。

 

「暮らしづらくとも思い入れのある土地でしょうからね」

「まあ、なんでそんなところにって場所に住む人はいるからなぁ」


 日本にいたときにテレビで見た僻地に住む人々の話を進は思い出す。


「外部から見れば、私たちもそう思われることになりますけどね」


 捨て去りの荒野に住む自分たちにも該当するというリッカの言葉に、皆が思わず頷いた。

 翌朝、ゴーレム馬車を作ったり、食料の準備をしているとゲラーシーとミグネがやってくる。


「おはよう」「おはようございます」

「おはよう、こっちはもう少し時間が必要なんで待っててくれ」


 二人に馬車のそばで待ってもらい、進たちは荷物の積み込みを行っていく。

 ひと段落ついたところでゲラーシーが話しかけてくる。


「昨夜ミグネから隠れ里の者たちを移住できないかと相談されたんだが」

「こっちでもその話は聞いたよ。少人数を移住させるとして、その世話はゲラーシーたちに任せることになる。できるだけの余裕はある?」

「一度に全員でなければ、可能っちゃ可能だが。受け入れるのか?」

「畑仕事が上手い人たちや焼き物ができる人を受け入れるのはありかなとは思うよ。でも向こうがその気になるとはかぎらないだろうって意見もでたね」

「たしかにな。ああ、でもコンドラート個人としては賛成するかもな」

「里長だよな。あの人がどうして賛成するのかわかるか」

「長として向いてないと話していた。だからノームたちを任せられるなら、個人としては賛成しそうだなと」


 少し後ろ向きな賛成だなと進が言うと、ゲラーシーは付け加える。


「ノームの将来を考えた決断もするだろうさ。役目を投げ出していないからな。まあ、意見をまとめきれるかどうかわからんが」

「意見をまとめるようなことは期待されても困るぞ」

「移住しないと決めたのならそれは仕方ないことだ」

「私としては移住してほしいんですけどね」


 説得を頑張ってくれという励ましの言葉をもらい、ミグネは馬車に乗り込んで、村を出発する。

 村を出て二日目、ここまでは平穏にくることができた。何度か行き来していることで、フィリゲニスという強者のことを覚えたのか、魔物が近寄る気配すらなかった。

 このまま明後日の昼前には到着するだろうと昼食を食べつつ話していると、フィリゲニスが空を見上げる。


「なにかある?」


 そう言って進もつられて空を見上げた。

 そこにはゲームで見たことのあるワイバーンと呼ばれる魔物とよく似たものがいた。

 自分たちとの距離は百メートル以上か、あちらは進たちを認識しているようでまっすぐに向かってきている。

 遠いので詳細はわからないが、およそセスナ機と同じか、少し大きいくらいだろう。


「な、なんですかあれ!?」


 初めて見た魔物らしくミグネは少し慌てている。


「ワイバーンと呼ばれる魔物よ。攻撃するわ」


 短く答えてフィリゲニスは魔法の詠唱を始める。詠唱しつつ強化してほしいと進の腕に触れる。

 進はなにをしてほしいか察して、強化のための魔法を使う。

 接近するワイバーンは口を開いて、その奥にちらちらと炎の揺らめきが見えた。


「空を漂う光、束ねて、打ち据えろ、激しき稲妻。バンドルライトニング」


 進が魔法を使ったすぐあとにフィリゲニスは魔法を発動し、五本ほどの稲妻が一つに編み込まれたように束ねられて、まっすぐワイバーンへと突き進む。

 魔法によって再現された稲妻なので自然現象の落雷よりは遅いものの、ワイバーンは避けられずに稲妻をまともに受けた。


「ギャアア!?」


 大きな悲鳴が上がり、ぐらりと体勢を崩すもののなんとか耐えてみせる。

 だが即座に次の魔法が飛んでいった。


「魔力は槍となり、捻じれ貫く、狙った獲物へ。スパイラルランス」


 動きが鈍ったところを魔力の槍で翼の付け根を貫かれ、ワイバーンは耐え切れずに地上へと落下した。

 落下ダメージがとどめとなったようで小さな痙攣ののち動かなくなる。

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― 新着の感想 ―
[一言] おや、ノームの隠れ里に向かう途中でお土産が向こうから飛んでくるとは ワイバーンは食用に向いてるんでしょうかね? 前回は道中狩ったのではないですが穿土蛇の肉がお土産でしたなあ
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