100 水人の訪問 後
「こやつがここのまとめ役をしておる、スカラーじゃよ」
「水人族のシェブニスと申します」
「スカラーです。ここでの暮らしについて聞きたいとか」
落ち着いた返答にシェブニスは頷く。内心は少し緊張気味だ。村の中とはいえ、魔物だらけの場所なのだから。
「あなたにとってここは住みよい村なのでしょうか」
「最適な環境かと聞かれると、それはないと答えます。やはり生まれ故郷である森の方が私たちには適した土地でしょう。ですが村長たちもこちらの事情を考えてくれて、過ごしやすいようにしてくれています。そのことには感謝していますよ」
「どういったことを村長たちはしているのでしょう」
「寒さに弱い種なので、そこらへんを気遣ってくれています」
「そうでしたか。食べ物とかは口に合いますか」
「食べ物に関してはこちらの方が上ですね。種類は森の方が多かったのですが、焼くといった簡単な調理くらいしかしなかったので、素材を生かせていなかった。こちらは少ない材料で幅を持たせる創意工夫がされていて、感心します」
調理をしないのは、森で採れるものがそのままでも美味かったという理由もある。
「次はどうしてここで暮らしているのかを聞きたいのですが」
それはとスカラーはわずかに迷った様子でイコンを見る。簡単になら話しても問題ないぞと許可を得て、スカラーは続ける。
「森で大きなトラブルがありまして、そのトラブルを起こしたのは身内だったのですが、止められなかったということで周囲からの視線が厳しいものになりました。大妖樹様が罰という名目で、私たちを森から出したのです。ある程度の時間が過ぎて、ほとぼりがさめるまでこちらで過ごすということに」
故郷から追放ということでかなりの大事が起きたのだとシェブニスも察する。
トラブルの内容を聞くことなく、話を続ける。
「ほとぼりがさめるまでということはいつかは帰るということなのかな」
「ええ、そのつもりですね」
「期間的にはどれくらいを目安にしているのでしょうか」
「ちょっと私にはわかりかねます」
どれくらいなのだろうかとスカラーも知りたく思いイコンを見る。
「ふむ、一年二年ではあるまいよ。そういった短期間で忘れられるようなトラブルではなかったからな。あれから数ヶ月経過し森の者たちは表立って口に出すことはないが、だからといって忘れたわけではないようじゃ」
わかっていたこととはいえ、まだまだ落ち着くのに時間がかかりそうでスカラーは小さく肩を落とした。
「それだけの期間こちらで過ごすならば、そのうちこちらで生まれ育つ子も出てくると思います。そういった子の扱いはどうなるのでしょう。森に連れ帰るのですか」
純粋な疑問からの質問だ。それにスカラーは迷う様子を見せた。
自分たちは森が故郷で、いつかは帰るんだという気持ちがある。だがここで生まれた子はここが故郷だろう。人と交わることも当たり前のものとして育つ。その子が森での暮らしに馴染めるのか、スカラーにはわからないことだった。
わからないと素直に口に出す。
「この村の考え方を当然とした子供が、森で暮らすと考え方の差から排斥されないかと思う。それならここで暮らす方が幸せなのではないでしょうか。しかし親は森に帰りたいと望むでしょう。独り立ちする前に別れて暮らすということになるかもしれず、それならいっそのこと帰ることを諦めるという者も出てくるかもしれません」
そう言うスカラーは子を思う親であり、容姿を除けば人をそう変わらない。
シェブニスはその悩む様子を見て、人と同じなのだなと驚きの感情を抱く。
「人とあなた方のような知性のある魔物は、この村のように共に暮らそうと思えば暮らせるのでしょうか」
スカラーは少し考えて首を横に振った。
「難しいと思いますよ。やはり私たちはあなた方と違う。その差は埋められるものではありません。共にいようとすれば、いずれはちょっとしたことでぶつかりあい、争いに発展し、道を分かつことになるでしょう」
「ではこの村もいつかは争いの場になると?」
「私たちは大妖樹様がいるかぎりはそのようにならないと思います。飼育場の魔物たちも大烏公様が訪ねてくるかぎりは大丈夫かと。しかしもしほかの場所で魔物と人が一緒にあろうとすれば、さっき言った結末を迎えると思います」
「ここは思った以上に特殊な村ということですか」
「そうなのでしょう。私も森にいたときは、人とは戦い食らうものという認識です。今そうしないのは大妖樹様から争うなと命じられているからです。人間たちも町長たちが、手を取れる魔物とは争うなと言うから、従っているのだと思います」
「村長たちが方針を変えると、この村は現状を維持できないのかもしれませんね」
「そう簡単には変えられんだろうな。現状上手くまわっている。方針を変えても上手くいく保障はありはせん」
イコンの考えは当たっている。進に現状不満はない。このままが維持できるなら、方針を変える必要はないという考えだ。
さすがに魔物たちが暴動を起こせば敵対方針に変えるだろうが、イコンとローランドが敵対を望まないのでスカラーたちもその方向で暮らすことになる。
逆にハーベリーたちが暴動を起こせば、進は魔物側に立つだろう。ビボーンに助けられたという経験を持つので、知性ある魔物への感情はこの世界の人間とは違うのだ。
「村長が存命の間は大丈夫そうですね。村長の子供がその地位を継いだときはどうなるか」
「それはそのときにならんとわからぬよ」
聞きたいことは聞けて、シェブニスはスカラーに礼を言って、その場を離れる。
飼育場の方にも行ってみたいと思い、イコンに大丈夫か尋ねる。
「グルーズたちはローランドの担当だ。わしが言っても話をできるかわからぬ。見物くらいならできるかもしれんが」
「軽く見て回るだけでもできるなら見てみたいのですが」
「では行ってみるとしようか」
遠目に飼育場が見えるところまで来て、イコンがグルーズたちに話を通し、近づきすぎなければという許可をもらう。
十メートル以上の距離をとって、グルーズたちが働いている様子を見ていく。
「農業に畜産、やっていることは人間とかわりませんね」
「そうしなければ食料が得られんからのう。狩りで調達できるなら、こうして飼育しておらんよ」
「ちなみにあっちに見える壁のようなものはなんなのでしょう」
「ここのグローラットを狙って外部の魔物たちがやってくるのを防ぐために作られたものじゃよ」
「魔物が運営していても、魔物が襲いかかってくるのですね」
「当然じゃな。魔物が魔物を狩ることなど珍しいことではないさ。圧倒的な力量差があれば敬遠するが、ここの者たちはそこまで強くはないからの」
見たいものを見て、シェブニスはイコンと家に帰る。
翌日、シェブニスは進たちと一緒に海へと行き、王都に帰っていく。
王都に帰り着いたシェブニスは、まっすぐ騎士団の詰所に行きルヌスに帰還を告げる。そしてルヌスと一緒に王の執務室へと向かう。
執務室に通された二人は挨拶をすませて本題に入る。
「報告をしてくれ」
「はっ。まずは陛下が空に感じた大きな力、それについて」
「村の者たちが知っておったのか」
「はい。大烏公と村長とその妻が起こしたものだそうです」
「あれだけの力をその三人が発したというのか。なにをしたのか聞いておるかね」
頷いたシェブニスは寒さが強まったことから、上空の空気の流れに干渉したところまで聞いたことを話す。
それを聞いたルヌスたちはそんなことできるのかと疑わしそうな表情となる。
王だけは納得したような表情だ。感じた力の大きさから、普通のことをやったわけではないと思っていたのだ。むしろそこまでやったという方が納得がいく。
「あれほどの力は、それくらいはやらぬと発せられんよ」
「では本当に天候を力尽くで変えたのですか。どれだけの力を持っていればそんなことが」
補佐役の声音に警戒の色が帯びる。
「一時的に天候を変えるだけなら、水人族にもできる者はおった。ごくまれにそういった飛び抜けた者はでてくる。その力をもって暴れた者もいるが、今回そういった力を悪用したわけではないのだから、警戒はしなくてよいだろうさ」
むしろ変に警戒した方が危ないと王は考える。
現状彼らは自分たちの周辺にのみ関心を向けて、外部に大きな関心はない。そこに警戒し刺激を与えるような真似をした方が、過激な反応が返ってくるだろう。
「逆に考えておくとよい。それだけの力を持つ者がいるのだから、なにか困り事があれば力を借りることができると。魔王が出現している今、どこでどのようなことが起こるのかわからぬ。力強い味方は嬉しいものじゃろうて」
なるほどとシェブニスたちは頷く。
「空に関しては以上です。次は村の様子について報告させていただきます」
「うむ」
「以前見て回ったときと比べて、いくらか建物や畑が増えていました。増えた建物は住民のための大浴場だそうで、村長たちに感謝する声があがっていましたね。移住した者たちもあそこでの暮らしに満足しているようでした。小さな不満はあるようでしたが、それはどこで暮らしても抱くものだと思います」
「そうじゃな。苦労していないのならよかった。追加で受け入れる余裕はありそうだったか?」
「追加に関しては断ると言っていました。もうしばらくは同じ返答かと」
「そうか。無理強いはいかんな、覚えておこう」
「それと村の様子を見るついでと言いますか、魔物と話す機会を得ました」
「ほう、どのようなことを話したのだ」
シェブニスはあのときの会話を思い出し、話していく。
「村長と魔物側のトップの考えが一致とまでいかずとも、同じ方向を向いているので成り立っているようです。村長が生きている間は、あのままの村ではないかと思います」
「なるほどのう。そうそう真似できんな。無理に真似する必要もないが」
「魔物にも人と似た部分があるのですな」
「知性があるのなら、自然と似通う部分のあるのだろう。だがその魔物が言うように重なる部分があるだけで、同じではない。そこは覚えておくように」
人間と同じだと思って扱うことで、問題が生じたり、油断を招くこともある。
それを王から警告されて、シェブニスたちは頷く。
細々とした報告をして、シェブニスとルヌスは執務室から出る。
ルヌスはそのまま騎士団詰所に戻り、シェブニスはもう一仕事をして休暇に入ることができる。
ルヌスと別れたシェブニスは島に残る遭難者たちのところに向かう。
「ラタースという者はどこだろうか」
広場を掃除していた人族に声をかける。
ラジウスに代わってこちらのまとめ役になったのがラタースという四十歳ほどの女だ。
「たしか食堂で手伝いをしているはずです」
「ありがとう」
働いている食堂の場所を聞き、店主にここにラタースがいるか確認する。
「呼ばれていると聞きました」
「ああ、遭難者たちのまとめ役で間違いないな?」
「はい、そうです」
「陸に移住した者たちの様子を見てきた。それをお前に伝えておこうと思ってな」
「その件についてでしたか。わざわざありがとうございます。彼らは元気に過ごせているでしょうか」
「何不自由なくとまではいかないが、たいして不満なく元気にしていた。あのまま向こうで暮らすことにして、こちらに戻るつもりもないと話してたよ」
「魔物がいるという話でしたが、それでも平気だったのでしょうか」
「きちんと互いに距離をとっていたようでな。争いなどは起きていなかった」
「そうなのですね」
ラタースは遠慮がちに移住の追加はあるのだろうかと聞く。先に行った者たちが苦労していない様子なので、自分も行けたらと思ったのだ。
「ないと言っていた」
「少しも?」
「だろうな。陛下も無理に頼むことはしないと言っていたから、当分移住の話は出てこないだろう」
残念だとラタースは肩を落とす。
「ほかに聞きたいことはないか?」
「そうですね……特に思いつきません」
「そうか。では今の話をほかの者に伝えてくれ。仕事の邪魔をした」
「ありがとうございました」
ラタースと別れて、シェブニスはルアが働いていた食堂に入る。
ついでにここで食事をしていこうと思いつつ、店員に断りを入れて、調理場にいる店主に声をかける。
「店主よ、少しばかり時間をいいか」
「はい、なんでしょう」
作っている途中の料理を止めないまま、店主は返事をする。
「ここで働いていたルアという少女がいただろう」
「ええ、いましたよ。働き者でいい子でしたね」
「俺は最近彼女が移住した村に行ってきたんだ。その子から伝言を預かっている。『向こうでの暮らしは苦労もなく、健やかにやれている。だから心配しないでほしい』ということだそうだ」
「元気なのね。よかった」
「村長たちにもよくしてもらっているようだった。だから彼らに関して本当に心配するようなことはないと思う」
「良いところに移住できたのですね。安心しました」
ほっとした店主に伝言はそれだけだと言い、シェブニスは客席に座って注文を頼む。
そのシェブニスに店主はサービスだと大盛の料理を提供し、伝言の感謝を伝える。
シェブニスは遠慮なく料理を食べて、海中にある家へと帰っていった。
感想と誤字指摘ありがとうございます