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10 封印解除(物理)

「動かねえな」

 

 進がどんなに力を入れてもびくともしない。


「それだけ強固な封印がされたのでしょうね。なにを封じたのやら」

「どうすっかな……石像を壊して、石の剣や足を強化してそれで殴りつけたらいけるか」


 ビボーンが止めなかったため、進は石像の一つを勢いよく倒して、振り回すのにちょうどよい長さになった足を強化する。

 それをバットを振るように構えて、フルスイングした。

 ガゴッと大きな音がして、石像の足が砕け、棺にもへこみと隙間ができた。

 少し痺れた手を振り、進は呆れたように棺を見る。


「かったいな! 強化した石の方が砕けたぞ」

「棺は木材でできているけど、かなり上質な木材を使ったんでしょうね。棺の方にも劣化の魔法をかけた方がよかったわね」


 今からでもかけようと魔法を使ったあと、進はできた隙間に指を突っ込んで、力を込めてはがすように蓋を持ち上げる。

 少しずつ持ち上がり、あるところまでくると封印よりも開ける力の方が勝ったようでいっきに開く。

 蓋を床に捨てて、二人は中身を見る。そこには人族の女がいた。シンプルな白の長袖ワンピースに身を包み、装飾品などは身につけていない。廃墟である町がまだ栄えていた頃からの人間だとすると、かなり昔の人物のはずだが死んでいるようには見えない。髪や肌の艶色は生きている人間と変わらず、眠っているだけに見える。


「あ、夢に出てきたのはこいつだ」

「彼女が? 死んでいるようには見えないし、魂がススムの夢に入り込んだのかしら」

「それなりに昔の人物なんだろうし、封印されていたとしても寿命が尽きてそうなんだけど」


 死んでいないというビボーンに、進は首を傾げて言う。


「彼女自身の特性なのか、封印がそういったものなのか、どちらかわからないけど生きているわね」

「さすが異世界ということか」


 コールドスリープと似た技術なんだろうかとも進は思う。


「それでこっからどうすればいいんだろう」

「棺をもっと壊していけばいいわ。この棺自体が封印に組み込まれているし」

「なるほど」


 壊した石像の腕などを振って棺の側面をぶっ叩いていく。

 かなり音が響いて、進は棺を壊しつつ安眠妨害だなとずれたことを考えていた。

 棺の質を下げたおかげで、最初よりも壊しやすく、さほど時間をかけずに側面を壊すことができた。残るは女が寝ている底の部分だ。


「これだけ壊したわけだけど、まだ壊す? あとは女を動かして、底の部分を砕くしかないと思うけど」

「彼女が起きてこないということは、まだ封印は続いているということでしょうし、底の部分も砕いちゃいましょ」


 そのためには女が邪魔ということで、二人は女の肩と足を持ち上げる。女には体温が感じられなかった。冷たいというわけではないのだが、平熱ほどの熱もなかった。

 棺があるところから動かないということはなく、運ぶことができて、床にそっと置く。

 残る棺の底に、進が石像の胴を叩きつけていく。へこみとひびが全体に入り、残りは手ではがすことができた。

 棺をばらばらにすると、封印の中心と思われるガラスのような板が床に埋まっているのを発見する。

 iPadくらいの大きさで、表面に文字のようなものが刻み込まれていた。


「なんて書いてあるのかさっぱりだ」

「これは文字というより、記号だし私も読めないわね」

「砕いちゃっていいのか?」

「ええ、問題ないわ」


 ではと石像の胴を板に叩きつける。あっさりと割れたそれを見て、なにか変化があるかと二人は女に視線を向ける。

 女の口が少し開いて、胸がわずかに上下し始める。


「封印解除成功。ここで寝かせるより上で寝かせた方がいいでしょうから、連れて行きましょう。ススムが運んであげて」


 骨の自分だとごつごつして痛いだろうというビボーンに、進は頷いてお姫様抱っこで封印の部屋から出る。

 封印を解いたからなのか、女からは体温を感じられた。

 拠点の部屋に戻って、毛布の上に寝かせる。


「地下室の封印を解いてなにかここら一帯に変化はあった?」

「特になにも。彼女から話を聞けば、ここらで起きたこととかわかるかもしれないわね」


 ビボーンが簡単に診察したところ、どこか異常があるようには見えなかった。寝ているだけで、もう少しすれば起きるだろうということだった。

 お腹を空かせるかもと進とビボーンは芋をもう一人分取りに行く。それを焼いて戻ってきてもまだ女は寝ていた。ただ寝返りなどはしたようで、少しだけ動いている。


「そろそろ起きているかと思ったんだけどな」

「寝返りとかうってて普通に寝ているだけだし、起こしてもいいかもね」

「声をかけてみるか」


 芋を皿に置いて、女に近づいた進は女の肩をゆすってもしもーしと声をかけた。


「んぅ……うん?」


 あっさりと目を開いた女は覗き込んでいる進を見て、ぱちぱちと瞬きをする。


「ビボーン、起きたよ」

「こっちに来てもらって話しましょ」


 進がビボーンの近くに座り、女は体を起こして周りを見る。


「ここは? というか魔物!?」


 ビボーンを見て、警戒した様子を見せる。

 そんな女に気を悪くした様子なく、ビボーンはあらやだといった感じで片手を振る。


「うん、魔物だけど、危害は与えないから安心しなさい」

「いろいろと助けてくれるいい人だぞ。なんで口調が女のものなのかはさっぱりだけど」


 進はそう言いながら警戒する女の声が、この世界に来るときに聞いたものとは違うなと思う。


「ある時期からこれに変えて、以降癖になっているのよ。ちなみにここは、あなたが封印されていたところからもう少し上の地下室よ。こっちに来て座りなさいな」


 害意を見せないビボーンに警戒は緩めるものの、隣に座るというのは無理だったようで女は進の近くに座った。


「やっぱり若い子の方がいいのかしら」

「そういう問題じゃないよね。場を和ますためだろうけど、無理にボケなくていいから」

「そう? じゃあ早速話をしましょうか。私はビボーン。ここにはそれなりに古くからいるわ」

「俺は鷹時進。ここに来て十日もたってない。ここから移動するためいろいろと準備を整えている最中」


 まずはビボーンが自己紹介し、進も続く。そして次は女の番だと二人が視線で促す。


「私はフィリゲニス・Ω・グラシャリネス。魔王とも呼ばれる魔法使いよ」

「魔王?」

「Ω!?」


 それぞれ疑問に思ったことを聞き返す。魔王という部分に反応したのは進で、Ωという部分に反応したのはビボーンだ。

 どっちから先に聞くか顔を見合わせ、進が先に聞くことになる。


「魔王って言ったけど、どうして殺されずに封印されたんだ? 聞いた話なら魔王は殺されるものだろ」

「魔王が殺されるってどういうこと?」


 不思議そうに聞き返す女。


「え、だって大陸を荒すから殺されるんだってビボーンから聞いたけど」

「大陸を荒らしなんてしないわ。そんなことをする意味なんてないもの」


 どういうことだと進はビボーンを見る。嘘を教えられたのかと思ったのだ。

 疑惑の視線をスルーしてビボーンは女に尋ねる。


「あなたにとって魔王とはどういうものなのか教えてもらえるかしら。たぶん私の言う魔王とあなたの言う魔王は違うんだと思うのよ」

「魔法に長けた者に与えられる二つ名でしょ。魔王が大陸を荒らしたなんて聞いたことない」


 フィリゲニスの説明にビボーンは頷き、私が知っている魔王はねと説明する。

 そして最後に付け加える。


「私が知っている魔王が現れる前は、フィリゲニスが言うように魔法に長けた者を魔王と呼んでいたそうよ。でも今ではそういった人は大魔導士と呼ばれているわ。魔王という単語が悪い意味で広がったからね」

「封印されている間にそんなことになっていたの?」

「あなたが封印されて数千年くらいたっているから、そういった変化も起こるでしょう」

「数千年って、それは確かなのかしら」

「あなたの職号が間違いなければ」


 職号とはなんだろうと進が聞く。

 世界に認められたことで得られる称号で、成し遂げたことや才能の高さで得られる。ミドルネームとして名乗るものであり、世襲されることはない。血を継ぐ子であろうと、勝手に名乗ると天罰が下るものだ。

 同じ職号を別の年代の人間がつけられることはある。普通はそちらが一般的で、Ωのようにただ一人に贈られた称号は数少ない。すくなくとも現代には一人もいない。


「Ωってのが職号だよな。それが年数を示すようなものなのか」

「Ωという職号を得たのは過去一人のみ。伝説で語られる人物で、世界最高峰の魔法使いだったと言われているの。ちなみにΩに込められた意味は過去にこれ以上の魔法使いはおらず、未来にも現れない。魔法使いはこの人物が最高峰と世界から認められたから与えられた職号なのよ」

「実際現れなかったのか?」

「私が知る限り大陸でも有数の湖を瞬時に凍らせたり、山を一日もかけずに作ったり、一ヶ月も雨を降らせ続けた人物は彼女以外にいないわ」

「本当にそれをやったのか?」


 フィリゲニスはこくりと頷いた。そしてはっとした表情で慌てて両手を振る。


「遊びでやったわけじゃないのよ。湖は大雨が降って氾濫するかもってことで凍らせて難を逃れた。山は強力で賢い魔物がねぐらを求めて、そこを作る代わりに大人しくするってことだった。雨は、まあちょっと嫌なことがあって仕返しに」

「仕返しでそれか、いろいろと被害がすごそうだな」


 進がぱっと思いつくだけでも氾濫、作物の成長阻害、地崩れといったものがある。それに加えてほかにも被害がでたんだろうと思う。


「だって困っているからって呼ばれて行ったのに、終始化け物扱いだったし」

「そこまでやれるのなら化け物扱いもされるでしょうねぇ」

「普通の魔法使いは無理だとわかるけど、腕のいい魔法使いもやれないのか?」

「やれないわね。たとえば雨を降らせること自体はできるけど、ごく短時間よ。一日準備して、その上で頑張って十分くらいなのよ。フィリゲニスは一ヶ月間雨を降らせ続けたんだから、どれだけ常軌を逸しているのかわかるでしょ?」

「それはすごいな」


 魔法使いとしてビボーンが畏怖を感じさせるのに対して、進はただただすごいなと純粋に感心する。

 その差はどれだけ魔法に習熟しているかなのだが、フィリゲニスにとっては進の反応はありがたいものだった。

 畏怖といった感情は飽きるほどに向けられたのだ。魔法使いとして腕で上げていくほどに、進のような反応は減っていった。


「そんなすごいフィリゲニスがなんで封印されていたんだ」

「彼らからなにも聞けていないから理由はわからない。でも怖がられたからじゃないかと思うわ」


 一ヶ月雨を降らせたあとも、幾度か被害を出すようなことはやったのだ。それが原因なのだろうとフィリゲニスは思う。しかしフィリゲニスはどれもやり返しただけであり、ちょっかいをかけられなければ被害を出すようなことはなかった。


「私としてはどうやって封印までもっていったのかが気になるのだけど。普通は無理よ」

「すごい魔法使いだと封印の仕込みがばれたりするんだろうな。人海戦術でも受けたのか」


 フィリゲニスも人間である以上、休むことができないのは辛いはずで、昼夜問わずの戦闘で疲れたところを封印されたと進は予想する。ビボーンも似たようなものだ。

 フィリゲニスは当時を思い出して、気まずそうであり、恥ずかしそうにもなる。

 自分たちから視線を外したフィリゲニスを不思議そうに見る。

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