(98)二度と見たくなかったこの場面
脚がすくむ
身体が熱くて動かない
胸が痛い
息が苦しい
本当にショックな時って声が出ないのは、この前知った。
二度と見たくなかったこの場面を、まさかこんな近くでまた見ることになるなんて。
私は本当にツイてない。
ああ、帰りたい。今すぐに。
白く小さな百合の花のように、美しく清らかなリリアンヌ王女様。
小柄なお姿で凛と立つ美しい王女様は、王族の品格が漂っていた。
そのすぐ傍で守るように立つ、黒い騎士服を着たアルフォンス様。
相変わらず素敵だった。
同じ黒髪で美しいお二人は、間近で見ると本当にお似合いだった。
もう既に、若い新婚夫婦の様に見えた。
殿下の声に気が付いたアルフォンス様が、こちらを向いた。
その時、目が合った。
完全に。
一瞬、目を見開いたアルフォンス様は、瞬時に私を鋭い三白眼で睨み、スッと目を逸らされた。
「!………………」
ショックで頭が真っ白になった。
手が震える。
もう、吹っ切れたと思っていたのに、全然駄目だった。
あんなに鋭く睨みつけられるほど、自分がそこまで嫌われていた事を知り全身が強ばった。
悲しかった。
とてもみじめだった。
耐えていた涙が溢れ出そうになった、その時。
笑顔のリリアンヌ王女様が、可愛らしい声で殿下に挨拶をされた。
「ごきげんよう、サイファー王太子殿下」
「…………」
「陛下と王妃との話はもう終わったの?」
「はい、先ほど終わったところですわ。とても美味しいブラーム国のお茶と柿のお菓子を頂きましたの」
「ああ!それは確か、ラファイエリ伯爵領の茶と干し柿だね。ね、伯爵?ん?あれ、クリスティーナ?」
「えっ?は、はい」
「大丈夫?緊張しているのかな?」
殿下が私の目をじっと見つめて心配してくださった。
いけない、しっかりしなきゃ。
「ありがとうございます。大丈夫でございます」
小さく微笑みながら殿下に御礼をお伝えすると、アルフォンス様の睨みが更にキツくなった。身体全体から出ているオーラが酷く怖い。
「っ!………」
「アルフォンス様?………」
そのアルフォンス様の様子を見ていたリリアンヌ王女様は、私の方に顔を向けた。
焦げ茶色の目が真っ直ぐ私を見つめる。
「…………」
「ああ、失礼。ラファイエリ伯爵、クリスティーナ、紹介するね。こちらはマキシム国のリリアンヌ第二王女。隣に立ってる愛想の無い婚約者に会うために、先週から我が国に滞在されてるんだ」
「っ!………」
「「………」」
「お恥ずかしいですわ、サイファー王太子殿下。
大変失礼いたしました。私はリリアンヌ・ラド・マキシムです。どうぞよろしく」
「リリアンヌ王女様。初めてお目にかかります。私はカール・ドゥム・ラファイエリ伯爵でございます。こちらはひとり娘のクリスティーナでございます」
「お初にお目にかかります。クリスティーナ・ドゥム・ラファイエリでございます。どうぞよろしくお願いいたします」
私はシルトでリリアンヌ王女様に挨拶をした。
ゆっくりと顔を上げると、リリアンヌ王女様は焦げ茶色の眼でまだ私をじっと見つめていた。
何となく、怖い。




