(32) 貴方はアルフォンス・デ・フレデリーグ公爵様
「はっ?クリス、それはどういう事ですか」
私の言葉に驚いたアルフォンス様は、
さっきまでとは違う、厳しい表情と低い声で私に問い掛けた。
すごく怖い。
けれど、ここで引いちゃいけない。
「………アルには、沢山の良縁のお話がおありだと……お聞きしています。
アルは………貴方は、アルフォンス・デ・フレデリーグ公爵様です」
「っ!」
「いつか………アルに相応しい、素晴らしい女性と結婚されて、
フレデリーグ公爵家を、更には我がブラーム国を盛り立てて行かれる事でしょう」
「………」
「………それまで、私はアルのそばにいます。
アルが気楽におしゃべりしたり、
笑って息抜きが出来る居場所となります。
それで、アルが元気になって笑顔でいてくださったら………私は本当に幸せです」
「………クリス」
「………後先が逆になってしまい、大変失礼いたしました。
………フレデリーグ公爵様」
「!」
「この度の前フレデリーグ公爵夫妻御逝去の件、
心より……心より、お悔やみ、申し上げます」
私はソファーから立ち上がり、
両手を重ねて胸元に置き、床に片膝をついた。
呆然と私を見つめるアルフォンス様に頭を垂れる。
これが我が国での最上級の礼だ。
色んな事が頭をよぎり、涙が零れて頬を伝う。
下げた頭をなかなか上げられない。
アルフォンス様にわからないように、
窓の方を見るように顔を背けた。
「クリス……貴女は……」
「アル、そろそろお時間です。
申し訳無いのですが、何時ものように屋敷まで送っていただけますか?」
「………もちろんです。お送りします」
「ありがとうございます」
二人で王宮図書館を出て、
何時ものように公爵家専用の玄関から公爵家の馬車に乗せていただき、
屋敷まで送って頂いた。
屋敷までの一時間、
アルフォンス様は初めて一言も喋らなかった。
私も一言も喋らず、
馬車の窓から見える夕焼けをじっと見つめていた。
馬車の中の空気は重く、
また涙が零れそうになり、必死に堪えた。
それでも、アルフォンス様が屋敷に着くまでの間、
私の手を握っていてくださった事が救いだった。
その後、暫くして、
アルフォンス様からまた意見交換会の延期願いの御手紙が届いた。
私は了承の返事を出した。
しかしその後、
なかなか再開依頼の知らせは来なかった。




