(116)リリアンヌ王女の決意(4)
その後、アルフォンス様と私の婚約が正式に決まり、国内外に発表された。
国民から祝福され、各国の要人からも祝いの書簡が届いた。
ブラーム国の国王陛下からも祝いの書簡を頂いた。
婚約後、初めてお会いしたアルフォンス様は少し固い表情だったけれど、『よろしくお願い致します』と、あの素敵なお声で言ってくださった。
私はこの夢のような現実に、嬉しくて涙が止まらなかった。
ひと目で好きになってしまった、こんなにも素敵なアルフォンス様の婚約者になれたなんて。
そして近い将来、妻になれるなんて。
私の涙をアルフォンス様は御自身の手巾で優しく拭いてくださった。
無言で困ったような表情で拭いてくださったけれど、私はその優しさに感動して余計に涙が溢れた。
アルフォンス様は多忙の中、時間を割いて何度もマキシム国を訪れ、滞在中は出来るだけ私との時間を作ってくださった。
一緒にお茶や食事をしたり、城の庭を散歩したり、城の中をご案内した。
アルフォンス様は寡黙で御自身からは殆んどお話はなさらないけれど、いつも私の話を聞いてくださった。
城の庭を散歩している途中、突然現れたジョアンナお姉様を拒否して私を選んでくださった。
ずっと否定され続けてきた地味な私を受け入れてくださったアルフォンス様は私にとって、想い人であり恩人だ。
あの日の事は、一生忘れられない。
アルフォンス様は、時々しか笑顔を見せてはくださらなかった。
本当は歓迎晩餐会でダンスを踊った時に見たあの笑顔を、もっと見たかった。
けれど、それ以上にアルフォンス様の隣にいられるだけで、夢のような幸せを感じていた。
夢のようなと、感じた事は、当たっていたのかもしれない。
ある日、知ってしまった。
飲んだ堕胎薬は効かず子が育ち、かなりお腹が大きくなったジョアンナお姉様が真夜中に、私の部屋に突然入ってきた。
お姉様は叫ぶように言い放った。
「リリアンヌ!良い事を教えてあげるわ!
お父様が話していたんですって!
貴女はね、仮よ!アルフォンス様の仮の婚約者なのよっ!」
「仮…………?」
いきなり聞かされた言葉が頭の中で渦巻く。
私はアルフォンス様の、仮の婚約者?
どういう、事…………?
「そうよ!仮だから、正式な婚約じゃないのよ!
そもそも婚約なんてしていないのよっ!あなたはアルフォンス様とは何の関係も無いの!あはははっ!いい気味だわ!
本来なら私が!こんな………子を身籠らなければっ、本当は私がアルフォンス様と結婚していたのにっ!アルフォンス様がマキシム国王になって、私がこの国の王妃になっていたはずなのにっ!!」
「!………………」
「…………見た目が全く美しくもない、何の取り柄もない陰気なあなたなんて、どうせすぐに仮の婚約も解消されるわっ!あはははっ!」
ジョアンナお姉様は勝ち誇った様に笑っていた。
アルフォンス様に出会う前の私なら、ただ泣いているだけだっただろう。
でも、今は違う。
あれ程怖かったジョアンナお姉様が、何故か小さく見える。
怖くない。
私の心にはアルフォンス様がいらっしゃるから。
たとえ、仮の婚約でも。
お姉様に後ろに立ち、今にもお姉様を捕らえようとしている警備の者達を目で制止し、私はお姉様に言った。
「………では、ジョアンナお姉様。
仮の婚約者の私は、今後正式な婚約者となって、アルフォンス様と結婚いたしますわ。
そして、将来はアルフォンス様にマキシム国王になっていただき、私が王妃になりますわ」
「な、何をっ……」
「たとえ私が、仮、だとしても、お父様とブラーム国王陛下に認められたアルフォンス様の唯一の婚約者は私です。ジョアンナお姉様ではありません」
「っ!リリアンヌのくせに、偉そうに私にそんな口を利くなんて何て生意気な!!身の程をわきまえなさいっ!!」
「身の程をわきまえなければならないのは、ジョアンナお姉様ではありませんか?
お姉様は数ヵ月後にはバークレイズ侯爵との結婚が決まっておられますわよね?
まさか、今でもアルフォンス様と結婚しようと本気で思っておられるのですか?そのお腹で…………?」
私はジョアンナお姉様の膨らんだお腹を何度か見ながら話した。
「だ、黙りなさいっ!お、お前なんてっ、お前なんてっ!!不細工で暗くて地味で馬鹿な」
「未婚の身でありながら、親が誰かも分からぬ子を宿したお姉様に、馬鹿とは言われたくありませんわ。マキシム国王女として、私は」
「うるさいうるさいうるさいうるさいっっ!!なんて嫌な女っ!お前はいつも私を冷めた暗い目で見て馬鹿にしてっ!」
「馬鹿になんてしておりませんでしたわ。
お姉様に叩かれても奪われても罵られても、お母様と同じ赤髪の美しいジョアンナお姉様のことを、ずっと羨ましく思っておりました。
ですが、アルフォンス様と出会い、私はこのアルフォンス様と同じ黒髪が大好きになり、誇りに思えるようになりました。
お優しいアルフォンス様は、暗くて不細工な私に『そのままで良い』と、仰ってくださいましたわ。
…………ジョアンナお姉様、遅くなりましたが、ご結婚おめでとうございます。どうぞお幸せに」
「っ!………リリアンヌ!」
「お姉様を部屋までお連れして。二度とお姉様をこの部屋には近付けないで」
お姉様はその後何度も私に接近を試み、その都度私を警護する者に阻まれた。
ずっと今まで不満をぶつけ、鬱憤を晴らしていた都合の良い相手の私に言い負かされて腹が立ち、どうにか逆襲したいのだろう。
余りにもしつこく面倒なのでお父様に相談をしたら、少しの間ブラーム国に行ってみてはどうかと提案され、私は二つ返事で了承した。
お姉様は表向きには少し体調を崩して領地にて静養中とされているが、実際は王宮内にいた。
王族のプライベートなエリアは田舎の領地などよりも機密性が高い。
それでも赤子が産まれ大きな泣き声などはどう誤魔化すのだろうと少し考えたが、もうどうでも良いと思った。
ただ、お父様には仮の婚約者の事は聞けなかった。
その答えが怖くて、どうしても聞けなかった。
翌週、私は大きな不安を抱きながら、アルフォンス様の国、ブラーム国に向けて旅立った。
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