(100)リリアンヌ王女様の婚約者
「アル、どうしたの?すごい目付きでこっちを睨んでるけど、僕、何かしたかな?その三白眼で睨むと怖いから止めた方が良いって、いつも言ってるだろ?ほら、お姫様達が怖がっちゃうよ」
殿下が茶化すようにアルフォンス様の目付きを注意した。
はっと我に返ったようなアルフォンス様は、マキシム語でリリアンヌ王女様に優しく話し掛けた。
眼差しもさっきまでの睨む目付きとは違い、とても優しい。
『リリアンヌ王女、お時間です。そろそろ参りましょう』
『あ、アルフォンス様、ごめんなさい。嬉しくて私、つい……』
『じゃあ、僕達も行くね。リリアンヌ王女、また今夜の夕食会でお会いしましょう。アルもね』
『はい、サイファー王太子殿下。また夕刻に。
ラファイエリ伯爵様、クリスティーナ様、お会い出来てとても嬉しかったですわ。またの機会を楽しみにしております』
『ありがとうございます、リリアンヌ王女様。失礼いたします』
こちらに向かって目礼をしたアルフォンス様にエスコートをされながら、リリアンヌ王女様は去って行かれた。
並んで歩き慣れているお二人の背中を、私は頭を下げて見送った。
懐かしいアルフォンス様の残り香が、胸を締め付けた。
忘れたいのに、香りは楽しかったあの頃を思い出させる。
最後までアルフォンス様は、私にはあの頃の笑顔を見せてはくれなかった。
幼い頃から大好きだった、あの優しく私を見つめる黒い瞳。
あの優しい瞳を私に向けてくれることは、もう無い。
全て、リリアンヌ様だけに向けられる。
現実を突き付けられた。
アルフォンス様は完全に、リリアンヌ王女様の婚約者だった。
お二人はまもなく、夫婦になる。
「ティーナ」
「お父様……」
「……大丈夫かい?」
「ええ。……大丈夫ですわ」
「……そう」
「ラファイエリ伯爵、クリスティーナ、では行きましょうか」
伯爵令嬢としてのプライドが、今の私の平然とした表情をギリギリ保っていた。
屋敷に戻ってから、また自室で思いっきり泣こう。
今はまだ、その時じゃない。
再びサイファー王太子殿下にエスコートされて歩き出した。
その時、後ろを歩くお父様がとても厳しい表情をしている事には気が付かなかった。




