第8話 まったり買い物
第2章開幕です
昼食を終え、俺と天音ちゃんはさっそくABVRに戻ることに。
2人とも1秒でも早くゲームの続きに取りかかりたかったがために、カレーを食べるスピードは間違いなく過去最高だった。
その後、少々の食休みを挟んで、Vダイバーを起動。ABVRに再ログインを果たした。
ゲームの再開地点はさっきログアウトした大通りから。毎回毎回星門の広場から、ということは無いらしい。
「おっ、アキト君も無事にログインできたみたいね」
「これでも俺、機械の扱いには自信あるからね。もうVダイバーの起動は完璧かな」
「それなら心配することも無さそうね。まあ立ち話はこの辺にしといてそろそろ行きましょうか」
そう言ってカノンさんは歩き出す。
目的地はログアウト前にも話に出ていた冒険者会館。
目的はクエスト達成の報告だ。このABVRではワールドクエスト以外のクエストは報告しなければクリアしたことにはならず、最悪の場合時間切れでクエストが失敗した扱いになる。
ゴブリン討伐に関しては時間制限は特に設けられていないものの、お金に悩まされがちな序盤で、わざわざ報酬の受け取りを先送りにする理由も無い。
幸い、冒険者会館に続く道はログアウト前に比べれば空いていたので、ストレス無く辿り着くことができた。
「でも会館の中はスゴい人ね。春休みの携帯ショップみたい」
建物の中は相変わらずの混雑ぶりだったが、こればっかりはガマンしなければ仕方が無い。
どうにか人混みをかき分けて、クエスト報告のためのカウンターに到着。
報告の際はアイテムや金銭の受け渡しの都合も合って、直接NPCとやりとりしなければならない。また、同じカウンターで冒険の過程で手に入れたアイテムの換金もできるようなので、今後もお金が欲しいときは足繁く通うことになるだろう。
「すみません。クエスト報告とアイテム換金に来ました」
「はい。では達成したクエストの情報を提示してください」
会館の受付のNPCにそう促される。そしてカノンさんも手慣れた物で言うとおりにクエスト情報を1秒も要せずに提示した。
「ただ今サーバーを確認中です。この作業には数分かかる可能性があります」
そんな機械的な台詞を言うと受付嬢はクエスト情報を見たまま固まってしまった。
「これ大丈夫なの?」
「ああ、クエスト報告はいつもこうよ。不正にクリアされてないか確認するためにいちいちデータを確認してるの。まあ基本的に20秒もあれば終わるからそんなに心配しなくて良いわよ」
カノンの言うとおり受付嬢は20秒もしないうちに元に戻る。
「確認が完了しました。報酬の800パルムと回復薬×1をお受け取りください」
「どうも。ほらアキト君も」
「あ、うん」
目の前に『報酬を確認してください』というシステムメッセージが現れたのでそれをタップ。するとアイテムストレージに回復薬が、所持金に800パルムが追加された。
これでクエスト報告は完了――と思ったのだが、受付嬢は更に別のアイテムを取り出した。
「おめでとうございます。クエストを始めてクリアしたので実績が解除されました。こちらのポータルキーをお受け取りください」
そう言って手渡されたのは銀色の小さな鍵だ。
それを手に取ったと同時に視界に説明文が映り込む。
『ポータルキー:一度でも行ったことのある街のポータルに転移できる鍵』
「ようはワープアイテムね。これで移動時間がぐっと削減できるわ」
「ってことは今回みたいに歩いて帰ってくる必要は無くなるんだ」
たしかにそうならこれから先のクエストは楽になるだろう。なんせ単純計算で所要時間が半分近く短くなるのだから。
「あ、それとアイテム買い取りも改めてお願いします」
「かしこまりました」
そしてカノンはキングゴブリンの王冠をはじめとする、さっきの戦闘で手に入れた戦利品を受付に手渡した。
今度は固まること無く、すぐに手続きは終わる。
まあ現実の質屋やリサイクルショップと違って傷とかは見なくていいだろうから、買い取り作業もかなりスピーディーに終わるのだろう。
「ではこちら合計で6400パルムになります。本当に買い取りでよろしいですか?」
「はい」
「かしこまりましたでは6400パルムのお渡しになります」
「ありがとうございます」
ちなみに、さっき拾ったアイテムは全てカノンさんに預けていた。
理由は単純で、わざわざ2人で別々に買い取りに出すよりは1人で一気に出した方が時短になるというものだ。
それに所持金もしばらくは2人で共有することになっている。
序盤で手に入れておきたい拠点系アイテムは、1つあれば複数人で共有することができる。そのこともあるから1人ずつバラバラに稼ぐより、2人分のお金を合わせてしまった方が早いし楽、という理由かららしい。
「それじゃあ次は買い物かな。行くよアキト君」
「はーい」
換金も終わったところで俺たちは冒険者会館を出た。
次に向かう先はセントラルエリアの西側にある商店街。ここで準備を整えるためだ。
「運営の初心者ガイドならさっき稼いだお金と初期の所持金で武具を買い揃えるの。初期装備は性能が低くて次の街に向かうとなると心許ないから」
「その言い方だと他の物を買うの?」
「うん。まあちょっとした独自チャートね」
言っている間に商店街に到着した。
武具店や道具屋、雑貨屋や飲食店など様々な店が建ち並ぶこの場所は、冒険者会館と並んで、序盤に必ずお世話になるスポットとしてあげられている。
昨日読んだ雑誌にも5ページくらいの特集が組まれていたはずだ。
そして現在、この商店街で最も人だかりを作っているのは武具店だ。
けれどカノンさんはそれを華麗にスルーした。
「武具を買わないとして、今から何買うの?」
「テント。それと諸々の回復薬に煙幕とかの役立つ消耗品ね。これからしばらくはバンドルドの森でキャンプよ」
「キャンプ? 次の街に行くんじゃなくて?」
「ええそうよ。ここで公式サイトに載ってるようなルート行ったってずっと他のプレイヤーとリソースの取り合いになる。だったら一度腰を据えて充分にレベリングと資金作りを終えてから先に進もうって魂胆」
「それは一理あるかも」
確かにずっと混雑がついて回る冒険というのもあまり気持ちが良い物では無い。
「それにバンドルドの森にはβテストをプレイした人間しか知らないレアアイテムやレアイベントがある。まあそれもその内全員に公開されるから優位に立ってるのは最初の内だけなんだけど」
「だからこそ今のうちにそれをゲットしたいってこと?」
「うん。やっぱり自分が見つけた物を他人に先取りされたく無いからね」
そう言ったカノンさんの瞳の中には、闘志の炎のような物が宿っている気がした。
そういえば周りに聞かれたくないと言っていた話もクエスト前に言っていた気もするので、どうしても手に入れたいアイテムでもあるのだろうか。
「なるほどね……あれ? でもなんでそれがテントを買おうって話になるわけ?」
「おっと肝心なこと言い忘れてた。街の外でテントを張るとそこがセーフポイントになるのよ。セーフポイントになるとそこからログアウトしても街の中同様危険に晒されることも無くなる」
「じゃあわざわざ街に戻らなくてもよくなるってことだ」
「そういうこと。だけど体力は回復できないから自前でたっぷり回復薬持ち歩くしか無いのよ」
本来であれば街の外でログアウトをすれば、まるで幽体離脱のようなことになる。つまり身体が無防備なまま残り、周囲のモンスターにやられたい放題になってしまうからゲームをやめるときはいちいち街に戻らないといけない。
それを解決できるなら確かに優秀なアイテムだ。
「というわけでさっさと買い物終わらせて森に行こう!」
「おー!」
何となく、そのテンションに乗っかってみた。
カノンさんの脳内で思い描いているプランがどんなものかは分からないが、今のところは順調そのものみたいだ。
その証拠に、店の扉を開ける勢いもかなり良かった。
その後も予定通りに買い物を済ませて、バンドルドの森に再び向かうことになった。
けれどもこの時予想もしていなかったこのゲームの恐ろしさが俺たちに牙を剥いたのはこれからもう少しだけ後の話。