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最強兄妹はじめました ~俺と義妹とVRMMO~  作者: 北橋トーマ
第1章 ゲーマー兄妹はじめました
7/14

第7話 家族の時間を少しずつ

今回はカノン及び天音視点です

「ふう……やっと勝った」


 アキト君――リアルでの私の義兄がそう言って地面に座り込んだのを見て、私も臨戦態勢を解く。

 この辺りは本来ならば敵が出ない場所だ。そう立て続けにトラブルが起こることも無いはずだから少しくらいは気を緩めてもいいはず。


「どうだった? ABVRの初戦闘は」

「いやあ、想像以上にハードだった。確かにコマンドのことちゃんと予習してないとめちゃくちゃしんどかった」

「本当はしんどいも何もまともに戦えないんだけどね」

「え? そうなの?」

「うん。だからめちゃくちゃスゴいことやったんだよ、アキト君って」

「それはちょっと褒めすぎだよ」


 本人は冗談めかして笑っているが、私に言わせれば夢なら覚めて欲しかった。


 戦闘中にコマンドの効果を確認しつつ、アバター操作によるアクションをするなんて芸当の難易度は計り知れない。

 というか、さっきはその必要に駆られただけで、本当ならコマンドの効果なんて覚えてから戦闘に臨むものだ。でなければ反応速度が間に合わない。

 あえて例えるならば、ルールブックを読みながらサッカーをするような、それくらい馬鹿げていることをさっきはしていたのだ。私の義兄は。


 言葉を選ばないのならリアルチーター――即ちVRゲームだからこそ起こりうる、ゲームでのステータスやシステムのみに依存するわけでは無く、現実での経験や人並み外れた直感をゲームの世界にも持ち込むことで超人的なプレイを可能にする新時代のスーパープレイヤー。

 まあ、当の本人は自分がやらかしたことの価値を正しく理解していないようだったが。


「まあこの話はこの辺にしといて、戦利品拾おっか」

「戦利品って……転がってるゴブリンの武器とか?」

「それそれ。まあ性能は低いから武器としては使えないけど、買い取りに出したら財布も潤うから拾える分は全部拾っといた方がお得よ」

「へー。それじゃあもうひと頑張りしなきゃ」


 アキト君がのそのそと立ち上がって戦利品拾いを始めたのを見て、私も周囲に落ちているゴブリンのドロップアイテムをアイテムストレージに入れていく。元々空っぽだったので、今の戦闘で得たものくらいなら余裕で入る。


 ちなみにゲーム開始時点に持ち歩くことのできるアイテムの上限は合計20。今はゲーム開始直後で消耗品も何も持ち合わせていないから別に良いが、回復薬を買い込み始めるとすぐにパンパンになる。上限を増やすためにはクエストを一定数クリアするしか無いので、こうしてゴブリン討伐クエストを早めにクリアできたのはラッキーだった。


「カノンさん、キングゴブリンの王冠落ちてるんだけどこれも売れるの?」

「あ、それレアドロップ。高額で売れるからそれ1つ手に入れるだけでも序盤がぐっと楽になるのよ」

「スゴいじゃんそれ。あ、もしかして集落を焼いた人達の目的ってこれ?」

「お察しの通り。あとはまあ、経験値ね。レベル結構上がってるでしょ?」

「え? ……本当だ、4まで上がってる」


 元々それなりにレベル差があった上に、キングゴブリンは普通のゴブリンと比べて得られる経験値は多めだ。初めての戦闘で得られた経験値としては破格の部類に入るだろう。


「それがキングゴブリンを狩るうまみってこと。しかも集落を見つけたら必ずそこに居るって分かるから奇襲もかけやすいのよね。まあわたしたちは襲われたけど」

「上手く行けば楽してガッポガポか。上手いこと考えるね」

「どこにでも横着したがる人は居るものよ。おかげでこっちはいい迷惑」


 とはいえ、そのおかげでレアドロップであるキングゴブリンの王冠を手に入れ、予定外の経験値を取得し、その上アキト君の異常とも言えるだけのセンスをこの目で見ることができた。

 大金星と言ってもいい。


「これからどうするの? 爆発があった場所でも行く?」

「それだけは絶対無し。いきなりあんな狩り方するようなヤツに会ったって言いがかりつけられるのが関の山。そして何より面倒くさい。それよりも1回街に戻ってクエスト報告と戦利品の換金しないと」

「それもそうだね。じゃあ行こっか」


 そう言ってアキト君は歩き出した。その動きはさっきの戦闘の疲労なんてこれっぽっちも感じていないようだ。


 もちろん、これが仮想現実の世界である以上は身体が疲れるということは決して起こらない。ただ脳は使っているわけだから、慣れない内は激しい戦闘のあとに疲労感や倦怠感に襲われるというのがβテスト組の共通認識だった。

 にもかかわらず目の前の義兄はピンピンしている。


「こりゃあもしかするとスゴい逸材発掘しちゃったかなあ」


 元を辿れば親睦を深めたいという理由で誘ったABVR。

 けれどもこれは、とんでもないスーパールーキーをこの世界に連れてきてしまったんじゃないかと考えずには居られなかった。


 けど、そんなことを口に出すのも恥ずかしかったので、この思いは胸にそっとしまっておくことにする。




 その後は特別なことは無く、私がβテストで得たノウハウや情報をアキト君に教えながら街に戻ってきた。

 どれだけ超人じみてると言っても、このゲームがMMORPGである以上は知識が力になる。それに、せっかくの初見でキングゴブリンを相手にできるセンスを、ケアレスミスで無駄にして欲しくないという私の願望もあった。


 そのせいで話に熱がこもりすぎたのか、それとも戦闘のあとで気が緩んでいて歩く速さに影響が出たのかは定かでは無いが、明らかに行きよりも遅いペースで街に帰ってきてしまった。

 それでもってゲーム開始が午前10時。これが引き起こした現象はずばり――


「何か、中途半端な時間になっちゃったね」

「本当にゴメン。いや本当にゴメン!」


 時刻は11時13分。お昼ご飯にはまだ早いが、今からこの世界で何をするにしても微妙な時間だった。

 しかもこれが街の中心とかならまだしも、街の入り口での話だ。

 今でもセントラルエリアはゲーム開始直後のプレイヤーで溢れており、イベント開場のような人混みを作っている。これをかき分けて冒険者会館に着くのはいつ頃になるか、ちょっと考えたくなかった。


「まあ実際はシステムのアシストもあるからもみくちゃにされることは無いけど、お昼食べる前にここに突っ込む元気は無いかな……」

「確かにこれは見てるだけでも疲れてくるもんね」


 お互いの意思は確認できた。

ここは一旦この世界を離れて、現実世界で休息を取るのが吉のはずだ。セントラルエリアの中でログアウトすればモンスターに襲われる危険性も悪いプレイヤーに金品を盗まれる恐れも無い。


「それじゃあ1回解散で。再開の時間は…………って家で決めればいいじゃん」


 本当に今更のことではあるが、家族と一緒にゲームをしているという感覚が恐ろしく希薄だった。

 お父さんはいつも仕事で忙しくしているから一緒にゲームをすることなんて無かった。だから家族とこんな風に遊ぶのは初めてだ。

それにアキト君の接し方がとてつもなくフランクなものだから、どうしても連想するのは友達とゲームをするときのあの感覚だ。


 けれどそれが却って、私はどこまでも自然体でいることができている。我ながら不思議な気分だった。


「どうしたの? 急にボーッとしちゃって」

「ううん。なんでも無いの。じゃあとりあえず一時休憩ってことで」


 私は自分にできる最速の動きでメニューを開き、ログアウトを選ぶ。確認のメッセージもほとんど読まずに『YES』を選択して、意識がこの世界から離れていくのを待つ。


 そんな行動を取ったのは、この居心地の良さがどこか照れくさかったからなのは言うまでも無い。





『ありがとうございました。またのご来訪をお待ちしております』


 ディスプレイに表示されたのはそんな簡素なメッセージ。一時は飽きるほど見たこのメッセージも、4ヶ月ぶりとなれば感慨深いものがある。

 私はそっとVダイバーを取り外し、机の上に置かれた機械の主電源をオフにした。


「ふう……」


 興奮冷めやらぬ、とはまさにこのことだろう。

 今私が居るのはABVRの仮想現実では無く、15年間過ごしてきた現実世界。でも、さっきまでの感覚は、たしかに脳の奥深くに刻み込まれている気がして、何だか不思議な気分だ。


「楽しかったな。今日のゲーム」


 このままずっとあの体験に浸っていたい。そう思わせるだけの魅力がABVRにはある。

 でも、現実に戻ってきた以上、やるべきことはやらないと。


 それはズバリお昼ご飯の準備。

 昨日作り置きしておいたカレーがあるから、お昼はそれを温めるだけでいい。

 今日は1秒でも多く遊びたかったが故の策である。


 早速用意しようと思ってベッドから立ち上がり、自室の扉を開ける。

 ちょうどその時、隣の部屋――つまりは明宏さんの部屋の扉も開いた。


「あれ、天音ちゃん。どうかした?」

「えっと、お昼ご飯の用意しようと思って」

「それなら俺がやるから。天音ちゃんは休憩してて」

「えっ? でも夕飯もお願いしちゃったのに……」

「良いって良いって。今日は色々と教えて貰ってるし。お礼くらいさせてよ」


 そこまで言われると、断る方が悪い気がしてくる。何というか物腰が柔らかい割には強引だ。

 まあ、強引というところでは私も大差無いのかもしれないけれど。


「それじゃあ今日はお言葉に甘えさせてもらいます」

「任せてよ。気合い入れて準備するからさ!」


 そう言った明宏さんのテンションはどことなくいつもより高い。

 まだ付き合いも短いし、普段から冷めてる人でも無いから実際のところは不明だけど、それでも今の明宏さんは浮き足立って見えた。


「なんか上機嫌ですね」

「言われてみればそうかも。やっぱり得した気分だからじゃないかな?」

「得した気分? 何がですか?」

「そりゃあもちろん、これまで知らなかった天音ちゃんを知れたこと。そりゃあ驚きもしたけど、それでも嬉しいって気持ちの方が強いかな」

「嬉しい……ですか?」


 これまで知らなかった私というのは、ずばりゲームをしているときの私のことだろう。

 別に隠していたわけでも無いし、ゲームに誘った時点で見られることは分かりきっていたから、何らかの反応があるのは覚悟していた。

 もっと言えば、気味悪がられるなんて不安も抱えていた。


 それだけに、嬉しいという反応は意外というか拍子抜けした気分だった。


「だってそうじゃない。どんな性格してたって天音ちゃんは天音ちゃんなんだから。知らなくてダメなことはいくらでもあるけど、知って悪いことなんて1つも無いよ」

「そういうものですかね?」

「そういうもん。それとありがとね、ゲーム誘ってくれて。こんなに楽しい遊びなんて生まれて初めてかも」

「大げさです。それにまだ始めたばっかりで満足されても困っちゃいますから」

「それもそっか……じゃあ早くカレー食べて続きやろうよ。昼からの方が時間あるんだし」


 そう言い残して明宏さんはリビングに行ってしまった。


 思い返せばこんな風にストレートな感情をぶつけられたのは初めてかもしれない。

 この1ヶ月は、あらゆる面で気を遣っていたような気がする。

 けれども今日は私の知ることができなかった明宏さんを知ることができた。


「やっぱり誘って正解だったなABVR」


 さっきも言ったように、まだまだゲームは始まったばかり。けれども既に自分の選択は間違いなかったと断じることができる。


 ただ、どういうわけか自分の口元が緩んでしまうこの現象だけは、勘弁してもらいたいと思った。


ここで第1章終了となります。とはいえ物語はまだまだ序盤、続く第2章以降もお付き合いいただければ幸いです。

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