第4話 初めてのクエスト
「ここが冒険者会館。どんなプレイスタイルを取るとしても全てのプレイヤーが始めに来ないと行けない場所よ」
「来なかったらどうなるの?」
「街から一歩も出れないし買い物もできない。おまけにNPCも会話してくれなくなる」
「うわあ怖い」
星門の広場から歩いて少しの場所にその建物はあった。
外見はまるでロンドンの時計台のようで巨大な時計が今の時刻を教えてくれる。もっともシステムメニューから時間はいつでも見られるので不要かもしれないが、雰囲気の演出という意味では充分価値のあるものだ。
ここは冒険者会館。話に出た通り、全てのプレイヤーが一度はお世話になるという施設である。事前の情報によれば、ここでは回復薬などの汎用アイテムの購入やクエスト受注などができるらしい――のだが、俺はこのクエストというものが良く分かっていなかった。
「あのさ、カノンさん。クエストって何種類かあるらしいけど、あれって何が違うの?」
「よし、じゃあ良い機会だから教えるね」
冒険者会館の巨大な扉を開けながらカノンは答える。そして人差し指を立てて言葉を続ける。
「クエストは大きく4つに分類されてる。一つ目は会館クエスト。この冒険者会館で受けることの出来るクエストで、あそこのクエストボードの前に立ったら表示されるメニューからクエストを受注。そんでそれをこなして会館に戻ってくると報酬とクエストポイントがもらえるの」
「クエストポイント?」
「ざっくり言うと会館クエストでしか手に入らない、アイテムと交換できるポイントのこと。ただしポイントがもらえる分、クエストそのものの報酬はしょぼいのよ。汎用アイテムとお金とか。まあでもその分全部のクエストが誰でも受けられるようにはなっているからハードルは一番低いの」
ここまで一息で言い切ると二本目の指を立てた。
「二つ目にプライベートクエスト。これは街中とかに居るNPCから受注できるクエストよ。会館に来れば受けられる会館クエストと違って、クエストが発生するNPCを自分の足で探さなきゃいけないし、ものによってはクエストを受けるための条件を満たしている必要があるからハードルは高めね。その分限定アイテムとかが手に入ったりするからゲームに慣れた頃に積極的にやった方が良いかもね」
「ここまでは分かった。じゃあ三つ目と四つ目、続けてどうぞ」
「歌番組の司会? まあいいや」
息が切れたのかカノンさんは一呼吸だけ置いて再び口を開く。
「三つ目はプレイヤークエスト。文字通りプレイヤー間で受発注し合うクエストのことよ。一応使い方としては自分では集められないアイテムを他人にやってもらうとかそういう使い方になるわね。でもこれは今後実装予定ってことで今はできないから気にしなくて良いと思う」
「あ、そうなの」
とはいえ、運営が既にユーザーに発表しているということはそう遠くない未来に実装されるに違いない。
頭の片隅にでも留めておくべき知識だろう。
「んで、最後に紹介するのがワールドクエスト。これはゲームのシナリオ進行に関わってくる物で、常時全てのプレイヤーが受注している状態になってる。達成条件を満たすと自動的に更新されていくことになってる。そして更新される度に新要素や新エリアが追加されていくの」
「じゃあゲームのストーリーに関わりたいならワールドクエストを積極的にやれば良いってこと?」
「そうそう。あとワールドクエストの達成報酬やボス討伐報酬は凄く豪華って話だから私はそっちメインでやりたいって思ってる」
「ってことは今日はワールドクエストを進めていくの?」
この話の勢いのまま早速ストーリー攻略だと思っての言葉。けれどカノンは首を横に振った。
「いや、ソレより先にアキト君にゲームに慣れて貰うのとレベリングしなきゃだから会館クエスト行くよ。序盤の活動資金も集めなきゃならないし。βの経験で行くと雑誌付録のアイテムとか売ってもまだ心許ないしね」
「え、そうなの?」
「序盤は家買ったり野営道具買ったりで出費かさむし。それにβの時も最初の所持金なんてあっという間に無くなっちゃったし。安定を求めるなら最初にある程度稼いどかないと」
意外とゲームの金銭事情は緊迫したものらしい。昨日の雑誌付録のシリアルコードに換金アイテムなんてものがあったから、懐は余裕があると思い込んでいたのだがそうでは無いようだ。
あと家とか気になるワードが飛び出したけど後で聞くことにしよう。あまり一気に質問して前に進まないのもよくないし。
「まあそんなわけで少なくとも最初の内はコツコツお金稼ぎだね」
「了解」
その返事を聞いて満足げに頷いたカノンさんは足早にクエストボードへと駆けていく。そしてその前でメニュー画面を開いて手際よく操作。そしてすぐさま戻ってきた。
「はい、クエスト受注完了。これであとは現場に行ってクエストをこなすだけ」
「早っ! あそこにある受付に行かなくても良いの?」
「あれは雰囲気作りのために置いてあるだけで行かなくても良いのよ。もちろん話しかけてもクエスト受注できるけど移動した分だけタイムロスよ」
「ええ……」
色々とぶち壊しである。まあいちいち並ぶようにしてたら行列が出来てしまう。いまでさえ会館の中には多くの人間が詰めかけてきて、満員電車のような様相を成している。この様子なら利便性を優先するのもうなずける。
「まあここには貸倉庫とか銀行とかもあるみたいだけど今は預ける物も無いから用事無いし。そんなもの見て回って時間潰すより先に生活の基盤整えなきゃ。その後で来たって損するわけでも無いし」
「でもクエストって何したら良いの? モンスターを倒すとか?」
「その通り。今回はプレイの練習もかねてゴブリン4体倒したら終わるクエストにしてみました」
ゴブリンは昨日の予習で知っている。たしか序盤の雑魚敵で小学生くらいの背丈で緑色の小さな鬼みたいなヤツだったと記憶している。
「ゴブリンは弱いからもしアキト君がやられそうになっても私がカバーできるし。あと生息地が広いから見つかりやすいっていうのも初心者には易しいところかな」
「それすごいお得って感じじゃ無い?」
「でもみんな考えてることは同じだろうからなー早く行かないと公式サイトに載ってるようなおすすめの狩り場はみんなとられちゃう」
「でもカノンさんはβテスターだからこの辺の地理とか全部知ってるんじゃ無いの?」
「その通り。だからある程度は穴場スポットも知ってる。他のプレイヤーと差を付けるには充分よ。それに――」
カノンさんは途中まで言いかけて、突然口を塞いだ。
表情もさっきまでは得意げなものだったのに、突然ハッとしたような表情になる。
「どうしたの?」
「あ、いや……ちょっと口を滑らせかけたっていうか。とにかく、この話は人が多い所じゃできないから後でするね?」
「あ、うん」
このABVRにログインしてから見せる表情では最も真面目なものだったから、思わず気圧されてしまった。
でも後で話してくれると言っている以上はそこまで気にしなくたって良いだろう。何にだって時と場合というものはある。
「立ち話もこのくらいにしてそろそろ行こ。せっかくのVRゲーム、身体動かさなきゃ損だしね」
「それもそうだね。じゃあこれからご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」
「任せといて。私に教えられることは全部教えるつもりだから」
「頼もしい……。お返しって言ったら何だけど今日の晩ご飯は俺が作るよ」
今日はたまたま親は両方居ないのでどちらかが作るか買いに行く必要があった。幸いにも二人とも料理は作れるのでわざわざ外へ食べに行かずとも冷蔵庫の中身だけでちょちょいと晩ご飯は工面できるのである。
「やったラッキー! これで今日の懸念事項は消えたしゲームに集中できる!」
めちゃくちゃ嬉しそうにガッツポーズして来るカノンさん。その様子はまるで小動物のようなかわいらしさがあった。
まあABVRはかなり楽しみにしてたみたいだから1秒でも長くやりたいんだろう。
「じゃあ今度こそ行くよ。ABVRでの初戦闘に」
そういうわけで、俺達はいよいよクエストに繰り出すことになった。