第3話 ゲームでの義妹
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星歴351年。争いの無い平和な惑星『エネルガル』は、突如として破滅の脅威にさらされた。
4柱の異界の神々により文明は破壊され、多くの人々が命を落とした。やがて世界に潜んでいた原初の時代からの敵である魔物達もその活動を活発化させ、人類はいよいよ滅亡の危機に立たされた。
未だかつて無い危機を前に、太古よりエネルガルを見守り続けて来た星神『エリア』はその力の全てを使って異界とのゲートを開く。
ゲートより呼び寄せたのはかつて異界の神々と戦い、そして勝利した世界の住民である勇者達。
彼等は異界の神々を倒し、人類を滅びの恐怖から解放するために、未知なる世界を冒険者として突き進む。
――――これは後に《異神戦争》と呼ばれる神と人間による旧世界決別の戦いの序章である。
アルテマブレイバーズ ヴァーサスリバイバル Season1
《異神復活》
◇
ゲームデータのロード中、頭に浮かんできたのはこのゲームの操作方法。そしてゲームストーリーの根幹を担うモノローグだ。このモノローグはメインシナリオと呼ばれ、公式サイトにも一番上に出てくるものだ。
ちなみにメインシナリオにはかなり物騒なワードが飛び交っては居るがプレイヤーは実際の所、何をしても良い。仮想現実の世界を気ままに観光しても良いし、家や畑を作って農家として過ごしても良い。
ただまあ一応はこういうメインシナリオがあって、運営が用意したプレイヤーの目的は異界の神々を倒すことだということさえ覚えておけば良いらしい。もちろんこのメインシナリオを進めていけばゲームが進行し、新アイテムや新エリアが開放されていくという話だ。
このメインシナリオを最前線で攻略し、世界を動かす英雄となることがこのゲームで得られる最も偉大な名誉とのことだ。
そんな風にぼんやりとゲーム進行について思い出している内にロードも完了した。
これでやっと俺の身体は全ての始まりとなる場所に降り立つ。
そこは世界の中心にして始まりの町、セントラルエリア。その中にある全てのプレイヤーが最初に降り立つ場所こそが星門の広場だ。
メインシナリオでも言及されていたゲートはこの広場に繋がっているらしく、異界からやって来た俺達プレイヤーはこの場所に転送されることになっている。
星門の広場は多くの人で溢れかえり、異様な熱気に包まれている。
まるで祭りみたいだなと思ったが、少し考えて今この瞬間が歴史的大イベントに違いないことを思い出す。
その生の現場に自分が居ることに、思わず口元が緩んでしまった。
周囲に広がるのは中世のヨーロッパを連想させる町並みだ。歴史を感じさせるその美しい風景は異国情緒というやつをこれでもかというくらい感じさせてくれる。
けれども周りに居る人間のだいたいが典型的な日本人顔だから、町並みのリアルさに反してテーマパークっぽさがにじみ出ていた。
「いや、人間観察じゃ無くて、早く天音ちゃんを見つけないと」
実はゲームにログインする前にいったん合流してから行動しようという約束をしていた。βテストから参戦する天音ちゃんはβテストで使用したアバターのデータを参照できるので、キャラメイクに時間を使うことは無い。
もうログインは完了しているはずだ。
あとは事前に貰っていたβテストのキャプチャー画像を元に、天音ちゃんのアバターを探し出せば良い。
けれど非現実的なまでに人が多いこの状況では特定の一人の人物を見つけるというのはすさまじく難易度が高い。
大声で名前を呼んでもいいのだが、互いに恥ずかしい想いをするのは確実なのでそれは最後の手段になる。
「オーイ!」
どうした物かと考えていた時、一人の女性プレイヤーが手を振りながらこちらへ駆け寄ってくる。
俺はそれを見て、目的の人物が来てくれたとホッと胸を撫で下ろした。が、すぐにその安堵は消えることになる。
「やっと見つけた! あきひ――いや、アキトさんで良いよね? 」
「あ、はい」
勢いよく話かけてきたその少女に、俺は思わず首を傾げそうになった。
彼女はほぼ間違い無く天音ちゃんのアバターだ。
《カノン》というプレイヤーネームは事前に聞いていた通りのものだし、アバターのその姿も見せて貰っていたものと合致している。
ショートカットにした髪の色は金。身体は小柄だが、髪色のせいか現実のような大人しそうな雰囲気とは正反対に、活発そうなイメージを与えてくる。
顔の形もそこまで弄っているようにも見えないので、そういった印象はアバター制作の段階でわざと出そうとしているようにも思えない。
「いやーこうも人が多いと移動するのも一苦労で。マーカーを頼りに進もうとしても邪魔されるのなんので」
それでもって、声を聞くと余計に俺の中のある種のモヤモヤは広がってくる。
何というか、あまりにもイメージとかけ離れていたから、俺の勘違いでやり過ごせそうにも無い。
こういった違和感は放置していても、ろくなことにならないのはこれまでの経験上分かっていたので、いっそのこと単刀直入に聞くことにした。
「えっと、本当に天音ちゃん?」
「えっ」
「いやだってほら、キャラ違うし、金髪だし、キャラ違うし……」
「そんな2回も言わなくて良いから。うーん、まあでも言ってなかった私も悪いから仕方ないか」
唇の辺りに指を当てて空を見上げる天音ちゃん改めカノンは普段の現実世界の彼女とは全く別人に見える。髪色と髪型以外はリアルと大差ないのにその口調や性格のせいで全くの別人に見えるから恐ろしい。
「私自身、自覚は無いけどめちゃくちゃ集中してるときは性格変わるらしいのよね。昔からずっと」
「うん」
「もっと言うとABやってるときは凄い集中してるらしくてさ、よくいつもと違う人間みたいって言われてる」
「それって二重人格ってこと?」
そう聞いたらカノンはふるふると頭を振った。
「一回お医者さんに診てもらったんだけどそういうのじゃ無いみたいなんだよね。極端に見えるけどあくまでそういう役割を演じてるだけっていうか。ほら、ペルソナってやつ」
「あー、何か聞いたことあるよそういうの。家と職場で別人に見えるのはペルソナを切り替えてるからどうこうってやつ」
「まあそんなところ。別に違う自分が2人居るんじゃ無くて1人の自分が違う自分を演じてるって感じなの。まあほとんど無意識だから、二重人格と何が違うんだって自分でも思うんだけどね」
ここに来てまさかの新事実。俺の義妹はゲームをやる時は人が変わるタイプのようだった。でもそれで接し方を変えるようなことはしないし、本人に切り替えているという自覚が無いなら変に掘り下げるのも野暮だろう。ここは大人しく話題を変える。
「ところで金髪の方は?」
「あ、これはただの願望。リアルだと頭皮弱いし、校則で禁止だし、友達には黒の方が良いって言われるしで染められないからゲームくらいはって感じ。で、アキトさんはどう思う?」
「けっこう似合ってる」
そもそも元の顔が良いから何をやっても似合いそうではある。
現実に黒髪と金髪という全く異なる髪色で大きな違和感も無いから大したものだ。
「ところでアキトさんは何で茶髪に?」
「うーん、理由を聞かれてもなあ……正直言って思いつきだし。ほら、リアルと全く一緒にしても面白く無いし」
「まあ何となくそんな気がしてたけど……でも似合ってるよ? もしかしたら黒よりもしっくり来てるかも」
「だったら良いんだけどね」
もしもこれで全く似合ってなかったらタダの恥さらしだ。
まあ髪色は顔の形や体格と違って後々変更できるらしいから大した問題でも無い。
「じゃあそろそろ行こっか」
「行くってどこに?」
「冒険者会館。最初はそこに行かないと始まらないから」
昨日唐突にプレイすることに決めた俺なんかとは違い、カノンは充分過ぎるくらいに事前情報を仕入れているうえにβテストでの経験もある。だから序盤の攻略チャートも頭には全て入っているのだ。なので少なくとも最初の内は俺はカノンと一緒に行動する段取りになっている。
「じゃあそれで。俺は何も知らないからカノンさんに大人しく従うよ」
「よし、それじゃあ早速――待って。なんでさん付けなの?」
「いや何となく今の感じはさん付けの方が良いかなーって」
俺と天音ちゃんの年の差はほとんど無いし、何ならこのゲームの中での先輩はカノンだ。それに何というか、俺が敬称を着けて喋った方がなんか落ち着く。
実家のような安心感、といったやつだろうか。
「なんかムカつく。こっちも呼び方変えてやる」
言葉の割には怒っているというわけでは決して無く、カノンさんはイタズラっぽく笑っている。彼女も彼女で楽しんでいるということだろう。
ただ、今の段階ではまだお互いに距離感を計りかねているところがある。
まあゲームも家族としての関係も始まったばかり。スタートは確かに切れたのだからあとはゆっくり慣れていけばいい。
「じゃあこれからよろしくね、アキト君?」
そう、俺達の忘れられない一夏の冒険はここから始まる。