第2話 キャラメイクは手軽さ重視で
8月1日、9時55分。
自室のベッドの脇にはもろもろの配線をつなげて、既に電源が入ったVRゲーム機の本体。そしてそこにケーブルで繋がれたバイザー型のデバイスを既に用意していた。
この2つのマシーンこそが人々を仮想現実の世界へとダイブさせる夢の機械、《Vダイバー》である。
昔映画か何かで見たVR用の機械だと、頭にヘルメットのようなものを取り付けるだけで、他には何かの機械を使っていた覚えは無いけれど、実際問題いくら小型化が進むこのご時世でも身につけられるサイズ感の機械にフルダイブを実現できるだけの処理能力を持たせられなかったらしい。
結果的に生まれてきたのは炊飯器とも称されるゲーム機にしては巨大なフォルムの本体と、コンビニ弁当ほどの厚みを持ったバイザー型のデバイスの2つを利用する機械である。
SFのような『ヘルメット1つで仮想現実へ』なんて体験を期待していた人は不服に思ったそうだが、βテスト経験者である天音ちゃんの話では自分の思考と実際の動きのタイムラグなんかはほとんど無くて、機械を2つに分けた弊害は感じなかったらしい。
むしろ身体に着ける部分が鈍重すぎて首を痛めることにならなくて感謝したいくらいだと語っていた。
そんなバイザー型のデバイスを頭に着けると、たしかに重さはそんなに感じない。プレイ中はずっとベッドに寝転がることも考えれば、これなら何時間着けていても首の骨に悪影響は無さそうだ。
「スゴいんだなあ……今時のテクノロジーって」
そんな風に感心しつつ、バイザーの初期設定を行っていく。とはいえ、電源を一度入れてしまえば機械の方が自動で脳波センサーの調整なんかをやってくれるからこっちは目を閉じているだけでいい。
『初期設定が完了しました。Vダイバーはスタンバイモードになります』
あっという間に初期設定が終わってしまった。この状態になったら、あとは起動コードを声にすればいい。
ほんの少しだけ緊張しながら、取扱説明書に記されていた起動コードを口にする。
「Dive Start!!」
その瞬間、俺の意識は自分の身体を離れ、仮想現実という新たな世界の中へと入っていった。
◇
ふわりという感覚の後に、穏やかな風が頬を撫でる。ついで草の匂いが鼻を抜けていく。それらの感覚が、自分の意識は今、自分の部屋では無い全く異なる場所にあるのだということを示していた。
「ここが仮想現実の世界か……」
『はい、その通りです』
感動のあまり漏れた独り言に、知らない声が反応した。
けれど周囲に人は居ない。あるのは一面に広がる草原だけだ。
『私はサポートAI。音声だけになりますがアナタのキャラメイクをサポートさせてもらいます』
「あ、ご丁寧にどうも」
ついつい返事してしまった。
向こうが俺の言葉に自然に反応してきたものだから、こっちも返事しないと失礼になるような、そういう心境に陥ってしまっていた。
『それではさっそくキャラメイクに写らせていただきます。次のアバターから好きなものを1つお選びください』
さっきまで何も無かったはずの場所に、次々と人が現れた。その数は合計で11人。
しかしながらそれらは動くような様子は無い。例えるならば、めちゃくちゃ精巧に作られた人間そっくりのマネキンといったところか。
『そこにあるのはデフォルトアバターです。男タイプが5人。女タイプが5人。そして現実世界のアナタの姿をコピーしたものになります』
「このどれかでゲームをプレイするの?」
『いえ、それらはあくまでアバター制作のベースとなるものです。選んでいただいた物をベースにアナタ好みに手を加えていくことになります。当然そのままでプレイしていただくことも可能です』
「なるほどね……」
『もしご希望ならば完全にゼロからの制作も可能です。その場合はこちらを元にしてもらうことになりますが』
そう言って出してきたのはのっぺらぼうで髪の毛一本も生えていない、まるでニュースの再現CGのような人形だった。さすがにそこから弄っていくのは顔のバランスとかが難しそうなので、ここは用意されたアバターをありがたく使うことにしよう。
そう思ってデフォルトアバターを順番に見ていく。男女それぞれのアバターはできる限り見た目が大きく異なるように作られており、また一目で強く印象に残るようになっている。きっとできる限りで皆に好まれやすい外見を目指して作られたのだろう。どれを選んでも自信を持てる外見になることは間違い無い。
しかし、これから自分の身体として動かしていくことを考えると、どうしても自分をベースにしたアバターに目が向いてしまう。なんと言っても10年以上使ってきた身体だ。ゲームの中とはいえ、これ以外はあり得ないという考えが浮かんでしまう。
「じゃあこの、俺の身体のやつで」
『かしこまりました。ではこちらのボディーをベースにアバター制作を行います』
周囲にあったデフォルトアバターが消滅し、俺の身体そっくりのものだけが残る。
そして目の前にいくつかのコンソールが浮かび上がった。これでアバターをゲーム用に作っていけ、ということだろう。
「まあ現実と全く同じなのもちょっと味気ないからなあ」
少しだけ癖のついた黒髪の色を茶色に変更。あとはバランスがおかしくならない程度に目と鼻の形を触る。
本当に最低限しか弄っていないが、髪色を変えるだけでも印象は大きく変わる。ちょっとした思いつきでやったことだが、以外に様になっていて自分でも驚いた。
「アバターはこれで大丈夫です」
『それでは決定ということで次に移らせていただきます』
さっきまで浮かんでいたコンソールが消えて、また別のコンソールが浮かび上がる。
こうして空中に浮かぶパネルを操作しながら何かを作成するのは、昔見たアメコミ映画みたいでなんだか興奮してくる。
『次はクラスを決めさせて貰います。そこに表示されているクラスからお好きなものをお選びください。なお、このクラス決定によって初期装備となる防具、また装備できる武器の種類が決まりますのでご注意ください』
「クラスって一度決めたら変えられないの?」
『いえ、ゲームを進めることによって変更可能になります』
「じゃあもし合わないのを選んでもガマンしてればいつかは変えられるってことか」
だとしてもわざわざガマンしながらゲームをやるようなことはしたくない。どうせだったら最大限楽しみながらやりたいものだ。そう考えるとここでの選択は重要と言えるだろう。
とはいえ、実のところクラスは既に決めてきていた。もちろん1人では何も分からないので天音ちゃんと相談して決めた。
《剣士》、《魔法使い》、《拳闘士》……といった調子でいくつかのクラスが羅列されたコンソールを下の方へと送って行き、一番最後に表示されている目的のクラスを選択した。
『クラスは《傭兵》でよろしいですか?』
「はい、それで」
《傭兵》というのはこのゲームの初期クラスの中で最も幅広いプレイができるクラスだ。
何せ最序盤に手に入るような武器は種類を問わずすべて装備できる。ゲーム雑誌に書かれている説明によると、戦場から戦場を渡り歩く傭兵はあらゆる武器を扱えるくらいで無いと生き残れないかららしい。
ただし武器をそのままフルスペックで使えるとなると他のクラスの存在価値が無くなるので、装備した武器性能には0.9倍の補正がかかる上に、自分の能力値には補正が入らない。結果的に器用貧乏な能力値になりがちになってしまう。加えて用意されているクラス専用クエストも他のクラスに比べると少なめになっているという話だった。
それでもRPG初心者の俺からしてみれば、他のクラスを解放する前の段階から色々な武器を試せるという点は魅力的だった。いくら性能に拘ったって、気に入らなければ意味は無いし。
『それでは続いて最初に装備する武器の選択を行います。次に表示される武器からお好みのものをお選びください、なおここで選ばなかった武器もゲームを進めていけば入手可能となります』
今度は《傭兵》クラスが装備できる基本武器、即ち全ての初心者用武器が表示された。
片手剣、両手剣、槍、斧、杖、グローブ、棍棒、弓、銃の中から最初は好きな物を選ぶことになる。
ここは自分の趣味と直感で片手剣を選択した。
『それでは最後に名前を入力してください。なお、名前の入力が完了した時点でキャラメイクは確定となります。変更がある場合は名前の入力前にお願いします』
最後に名前入力用のキーボードが出現した。
今までのキャラメイクに間違えたところは無いから、このまま名前を入力してキャラメイク完了だ。
「ア、キ、トと」
《アキト》。それがゲームの中での俺の名前。本名を少し弄っただけだが、語感も悪く無いしちょうど良いだろう。
確定ボタンを押したその瞬間に目の前のアバターが光を放つ。そして俺の姿と重なり合って1つになる。これで正真正銘、作り終わった俺のアバターが自分の身体になったということだろう。
『それではキャラメイクをこれで終了いたします。《アルテマブレイバーズ ヴァーサスリバイバル》の世界を心ゆくまでお楽しみください』
そして意識は暗転する。
今度こそ、仮想現実に広がるゲームの世界へと行くために。