第10話 不利な時こそ知恵を絞って
今回はカノン視点です
【ワールドクエスト No.1 バンバルドを覆う青い影】
星神『エリア』によって呼び寄せられた冒険者達。
未知なる世界に足を踏み入れた冒険者達は、惑星『エネルガル』を思うがままに突き進む。
だが、異界の神々もそれを黙って見過ごすことは無い。
冒険者達が降り立つ聖地、セントラルエリアの傍にあるバンバルドの森。その最奥に第一の刺客を放ったのだ。
それは神の力を授けられ王として覚醒したスライム、《カイゼルスライム》。森に潜む全てのスライムを従えたカイゼルスライムは神々に命じられるがままにセントラルエリアへと侵攻を開始した。
スライム達は荒れ狂う波となり、ひたすらにバンバルドの森を突き進む。
彼等自身にその理由が分からないとしても。
クリア条件:バンバルドの森のどこかに潜むカイゼルスライムの討伐。
※:本クエスト発生中はスライムの出現率が大幅に上昇します。このチャンスに経験値を稼いで、来たるべき戦いに備えよう!
◇
大前提としてスライムは1体ならどんな初心者でも一人で倒せる雑魚モンスターだ。その割には倒した時に得られる経験値が大きいから、まさしく初心者救済措置と言えるだろう。
けれどその出現率は高くは無い。
本来ならゴブリンやボールボアというイノシシ型のモンスターの方がバンバルドの森には多く出現するように設定されている。
だから私はスライムの出現率が上がれば良いのにと口にした。
そして今、運営の計らいによってスライムの出現率は上がった。これはつまり私の願望が叶ったことになるから、喜ぶのが筋なのかも知れない。
でも私は、このイベントを企画したスタッフに対して穏やかでは無い感情を抱いている。
だって私達の前に現れたスライムの数は少なく見積もっても1000は超えているのだから。
「流石に加減ってものを知らなさすぎるでしょ!!」
この惨状を前に私は叫ばずには居られなかった。
いくらなんでもこの1000匹全てをここで倒せなんてことにはならないはず。でもここで大人しく逃がしてくれるかで言えば答えはノーだろう。
メニューを操作して剣を取り出す。既にシステムは戦闘用に切り替わっているから、これでいつでも戦闘を開始できる。
すぐ傍に立っているアキト君を見ると、既に剣を握っていた。この察しの良さは説明することが減るから助かる。
「どうする? 正直アレ全部を倒すのは無理だと思うんだけど」
「とりあえず数体を蹴散らして逃げる隙を作る。あのスライム達が普通のスライムと同じかどうかも確かめなきゃいけないし」
今のところスライムウェーブはまっすぐこちらに迫ってきている。それにスピードもなかなかのものだから、足だけで逃げるのも難しい。
ポータルキーは戦闘中の使用はできないから、一発で街に帰る便利アイテムも使えない。
こういった点から戦闘に突入するのは不可避と言えた。
その後でなんとかスライムを振り切る手段は無くも無いが、それを初めから使うのは避けたい。
これはあくまでも私の持論だが、ゲームにおいては何の情報も得ること無く敵前逃亡することほど愚かなことも無い。
それなら全滅してでも敵の情報を持ち帰る方がよっぽど有意義だ。
「まずは小手調べに一発!」
迫り来るスライム、その一番手前の個体を剣で突き刺す。するとそのスライムは「ピギッ!」という鳴き声だけ残して消滅した。
もちろん1体倒しただけでは当然データ不足。続いて2匹3匹と同じように攻撃を加えていくが、こちらも同じように通常攻撃1発で倒すことができた。
ここから分析できる限りだと、このスライムウェーブを構成しているスライムの体力は通常よりもかなり低めに設定されていると考えられる。
まあ数があまりにも多いのだから、それくらいじゃないとプレイヤーとしてはやりようが無くなる。
これでハッキリしたのは、ここに居るスライム相手だとどんなコマンドでもオーバーキルになる。通常攻撃による一撃離脱戦法がベストだろう。
「アキト君!」
この情報を今すぐ共有しようと呼びかける。
でもその必要は無かったらしい。アキト君は早速通常攻撃でスライムを蹴散らしていた。しかも私が考えていたような一撃離脱戦法で。
私の戦闘を見ていただけで全部察してくれたということだろう。
大した観察眼と直感だと思う。私と違ってゲームの知識もほとんど無いのに、あそこまですぐに状況に適応できるなんて、やっぱりただ者じゃない。
「こっちも負けられない!」
現実では私が年下で妹だとしても、このゲームだとほんの少し先輩だ。あんまり活躍を取られすぎるのも好みじゃ無い。
次から次に襲いかかるスライムを捌きながら、何とか敵の思考ルーチンを読めないかと頭を巡らせる。
スライムが四方八方から襲いかかってくるこの状況で考え事をするのは一苦労だが、肝心の敵が弱くて、1発入れたら倒れてくれるからまだ楽だ。
「……あれ?」
ここで私の頭に疑問が1つ。
《スライムウェーブ》はまっすぐこちらに向かってきていたはずだ。それが前から後ろからと多方向から攻撃して来ているのは少し気になる。
それにさっき読んだワールドクエストの内容によればスライム達の目的はセントラルエリアのはず。その割には私達の相手をするのに少し必死になりすぎているような気がした。
嫌な予感が胸をよぎる。これは今すぐにでも確かめた方が良い。
「アキト君! 木登りって得意!?」
「え? できなくも無いけど……なんで?」
「できるなら木の上から確かめて欲しいことがあるんだけど。できれば大至急で!」
「よく分からないけど分かった!」
そんなしまりの無い言葉を、責任感に満ちあふれた顔で言っていることに噴き出しそうになる。でもそんなことも含めてアキト君らしさだ。こっちが不安に思うことは何も無い。
私も私で自分の仕事をするだけだ。
「コマンドカード、《スピンアタック》!」
身体を一回転させながら周囲のスライムを纏めて切り裂く。
剣を武器にするプレイヤーが序盤から使えるものの中では、最も広範囲を攻撃できるコマンドだ。
これなら寄って来たスライムを一網打尽にできる。
わざわざオーバーキルであるコマンドによる攻撃を行ったのはただ単純に多くのスライムを倒したかったからでは無い。
本命はモンスターを倒したことで私に集まるヘイトの方だ。
これでアキト君を取り囲んでいたスライムの注意は私に逸れて、彼がフリーになる。
「今のうちに!」
「よし!」
その返事と共にアキト君は近くの木の中でも最も高いものに登る。
そのスピードたるや、これがゲームの中だというのを加味しても凄まじく、失礼ながらまるで猿のようだと思ってしまった。
「登ったよ! 次はどうしたらいい?」
「こことセントラルエリアの直線上、そのどこかにスライムの姿は見える!?」
「こことセントラルエリア…………あ、居た!」
「分かった! それともう1つ確認なんだけど、私の周りのスライムの数は最初と比べてどうなってる?」
「倒してる分だけ減って……あれ? そんなに思ったより少ない?」
「悪い予感が当たったわね!」
こうなった以上はここでスライムに付き合う道理も旨みも無い。さっさと逃げるのがベストだ。
「アキト君こっち来て! 逃げるわよ!」
「いきなりどうしたの? 何か分かった?」
「こいつらは足止めのために残った囮よ! 本隊はセントラルエリアに向かってる方!」
私が気付いた真実。それはこのスライム達の目的は足止めだということだ。
見つけた冒険者を大量のスライムから切り離した数体で囲い込み、視界を奪いつつ足止めする。
その隙に本隊がセントラルエリアに向けて侵攻する。
こうすることで冒険者はセントラルエリアの危機に気付かずに大量のスライムの相手をする羽目になる。
ワールドクエストの本筋となるのは異界の神々と冒険者の攻防だ。
なら冒険者にとっては欠かせない拠点であるセントラルエリアを、どんな犠牲を払ってでも崩しにかかるのは何ら不思議なことでは無い。
まったくもってやり口がいやらしい。
「じゃあここはどうするの?」
「ここはもう」
「オッケー!」
アキト君は木から飛び降りると、そのままスライムに斬りかかる。広範囲攻撃のコマンドを引いていないのか通常攻撃のみで戦っているが、私がしばらく耐えていればヘイトは全てあちらに向くはずだ。
「絶対この後で目にもの見せてやるんだから」
そんな誓いを胸に、私はメニューを操作して1つのアイテムを取り出した。
その名は《煙玉》。これを投げると煙が広がり、プレイヤーの姿を周囲のモンスターから隠す。その間はプレイヤーが逃げ出してもモンスターは追いかけてこない。つまりこれは逃走補助用のアイテムだ。
昔ながらのRPGによくある『にげる』コマンドをアイテム化したものと言ってもいい。
これを使えば大量のスライム相手でも逃げおおせることができる。
「アキト君! そいつらを適当なコマンドで吹っ飛ばしたらこっち来て! 煙玉で逃げて、ポータルキーで飛ぶから!」
さっきから指示してばかりなのが少し申し訳ない。そろそろ文句の1つ言われたって仕方ないのに、アキト君は何も言わずに頷き返してくれた。
本当に借りを作ってばかりだ。
「《衝破斬》!」
アキト君がコマンドカードを使う。
その一振りは轟音と強風を生み出すほどの、激しい剣圧を伴いながら放たれた。
ただまあエフェクトの割に威力は高くない。基本的な剣技である《スラッシュ》にさえ劣る。しかしながらその衝撃波の持つノックバック効果はかなり優秀で、今みたいに隙を作りたいときにはもってこいだ。
アキト君が駆け寄って来たのを確認して煙玉を投げる。
そして煙幕が張られたと同時にダッシュでその場を離れ、戦闘用のシステムから探索用のシステムに切り替わった瞬間にポータルキーを使用。アキト君と共にセントラルエリアにワープした。
この間僅か5.0秒。自分で言えたことでは無いが、このアイテム使用の速さこそがβテストで培った血と涙の結晶だった。
「お、本当に帰ってこれた」
「残念だけど一息ついてられないのよ。今度はこっちに来てるスライムをどうにかしなきゃ!」
確かにシステム上では戦闘は終わっている。でもスライム達はまだ残っている上に、今もなおセントラルエリアを目指しているはずだ。すぐにでも出発して迎え撃たなければならない。
それにスライムは経験値が大量に入ったタンクだ。全部を見過ごすのは流石に勿体ない。
「なかなか忙しないんだねMMORPGって」
「まあ効率とか求めちゃうとどうしても1秒1秒の価値が重くなるのよね……」
自分でもドタバタしている自覚はある。このワールドクエストが終わったら――いや、今のスライムウェーブを倒したら一旦休憩がてらセントラルエリアを見るのもいいのかもしれない。
とりあえずここだけはもう一踏ん張りしようとスライムウェーブの居場所を目指す。
けれど、私達はすぐに足を止めることになった。
いつぞやのように炎が森から上がったからだ。
「あーもう! こんな時に焼き畑式の狩りしてるの誰よ!」
あの炎のせいでスライム達の進行方向が逸れたら色々と台無しになる。
しかもさっきみたいに狩り漏らしのモンスターが私達を襲ってくる可能性もある。
「あれ? あの方向って確か……」
「どうかした?」
「いや、スライムが居たのってあの方角だなと思って。それにスピード的にも現在地がちょうどあの煙の辺りになりそうだし」
「…………それ、マズくない?」
言ってから顔を見合わせて、全速力でダッシュするまでがとにかく早かった。
こんな行動を取ったのは、2人して自分が関わっていないところで決着がついてしまうことが耐えられないと思ったからだろう。
そこにきちんとした理論なんて無い。ほとんど本能だけで突き進んでいた。
――この行動1つで、事態は私がこれっぽっちも想像していなかった展開に向かっていくことなんて知らないままに。
ブックマーク100人突破&PV10000突破ありがとうございます!
桁数もう一つ増やすのを目標に頑張りますのでこれからもお付き合い願います。




