楽しみな終末
退廃的な世界観には百合の花がよく似合う
世界はもうすぐ滅びるらしい。
誰でも知ってる、公然のヒミツってヤツだ。
10年くらい前、宇宙からやってきた大きな船に戦争を仕掛けられ、地球の人類はものの見事にあっさり負けた。テクノロジーの差に手も足も出なかったそうだ。
宇宙からの来訪者は、人類を支配しようとはしなかった。ただ、この地球に住まわせて欲しいと、私たちを受け入れて欲しいと、そう言ったのだとか。人類はその頼みを飲まざるを得なかった。
ヤツらの姿は人類にとてもよく似ていた。しかも、男の人も女の人も、全員そろってステキな見た目をしていた。クラスの人気者程度ではなくて、アイドルとか、俳優とか、そういう存在すら霞んで見えるほどステキな見た目で、ステキな性格だった。
ヤツらは急速に人類の生活に溶け込んでいって、馴染んで、それで、今では「ワタシはチキュウジンです」なんて何食わぬ顔で生活している。
私の通う高校にも、きっとヤツらは何人もいる。あの子も、あの子も、きっとそうに違いない。
◯
私の隣の席の女の子はシオリちゃんという名前だ。目はくりくりと大きくて、身長はちょっと小さくて、長い髪の毛からは甘い匂いがする。いつも明るいムードメーカー。気づけばクラスのど真ん中にいるような子。
隅へ、隅へと目指して進む、まるでオセロのコマみたいな私とは正反対の位置にいる子。
シオリちゃんはいつも私にちょっかいをかけてくる。授業中、急に変な顔を見せてきたり、私のノートの端っこに変なキャラクターを描いたり、ふっと私の手を取って微笑んできたり。意味がわからないし迷惑だ。ほんと、勘弁してほしい。
その日の昼休み。屋上へ続く階段の中頃に座り、スマホをいじりながらひとりでお弁当を食べていると、ふいにシオリちゃんが現れた。この子は時々こうやって、私の楽しい昼休みを邪魔しようとする。
「なにしに来たの? 私、昼の途中なんだけど」
「奇遇だねぇー。あたしもお昼を食べに来たの」
シオリちゃんは笑顔で私の横に腰掛け、お弁当箱を開く。パステルイエローのちいさなお弁当箱。アニキのお下がりの黒くて大きなお弁当箱を使う私とはエライ違いだ。
勝手にすればいい。私は黙々とお昼を食べた。シオリちゃんも黙って焼いたウインナーをかじっていた。
顔も知らない生徒が廊下を駆けていくのが見える。校舎のそこら中から誰かと誰かが笑い合う声が聞こえる。私たちを置き去りにしながら、世界は淡々と回っている。
それから10分しないうちに、私は昼食を食べ終えた。まだ食事の最中だったシオリちゃんは、私が弁当箱を片づけはじめるのを見ると、食べかけの小さなおにぎりを慌てて呑み込んでいた。
「ゆっくり食べな。喉に詰まるよ」
そう言いながら立ち上がろうとすると、シオリちゃんは私のブレザーの裾を掴んで引き留めた。ほんと、なんなのこの子。
仕方なく私は階段に腰を下ろしたが、シオリちゃんは手を放してくれない。目的がわからないけど、きっと、いつものちょっかいだろう。
思わず私は呟いた。
「……シオリちゃんさぁ、私なんかに構って面白いわけ?」
「うん。おもしろいよ。あたしにとって、これ以上におもしろいことなんてないよ」
シオリちゃんは歯を出してニッと笑う。白い前歯の隙間から、黒いのりが顔を出している。
「あなた、表情がコロコロ変わるでしょ? そういうところがおもしろいの」
ほんと、呆れる。男子から陰で鉄仮面なんて呼ばれている私が、いつ表情をコロコロ変えたんだろう?
シオリちゃんがお弁当をすべて食べ終わったのは、昼休みが終わる直前のことだ。
食後のお茶をゆっくりと飲んでから、「ごちそうさまー」と呑気に手を合わせたシオリちゃんは、私の横顔を見つめながら言った。
「ねぇ。放課後、一緒に帰ろ?」
「無理。用事あるから」と私はスマホに視線を落としたまま答える。
「ウソだ」
「なんでウソだなんてわかんの?」
「あなたのことは顔見ればなんでもわかるもん」
そう言うとシオリちゃんは私の手を取って、小指と小指を強引に絡めてきた。
「指切りしたから絶対だよ! 約束なんだからね!」
ほんと、つくづく勝手な子だ。
◯
放課後。無理に腕を掴んでこようとしたシオリちゃんからなんとか逃げた私は、トイレで適当に時間を潰した後で校舎を出て行った。
時間はもう3時半過ぎ。ああ、ようやく帰れる。そう思ってたのに……シオリちゃんが、校門のところで私が来るのを待ち構えてたから驚いた。ほんとに一緒に帰るつもりだ。どうかしてるとしか言いようがない。
「……どうしよ」
迷った挙句、校舎に戻った私は図書室へ向かった。ここなら、いくらだって時間を潰せる。
図書室に生徒は図書委員しかいない。誰に言うでもなく「落ち着く」と呟いた私は、適当な本を棚から一冊手に取ってから窓際の席に座り、本を枕にしてテーブルに突っ伏した。
5時過ぎまで時間を潰せば、さすがにシオリちゃんもいなくなるかな。そんなことを考えながらついウトウトとしていると、近くの席に誰かが座る気配がした。シオリちゃん――ではなくて、知らない女子生徒の二人組だった。
二人はこそこそとお喋りをはじめる。仲がいいのは構わないけど、少しうるさい。まあ、どうでもいいけど。
「――ねぇ、知ってる? 三組のシオリちゃんってさ、宇宙人らしいよ」
「あー、そのウワサ聞いた。でも、なんかわかるかもー。あの子、めっちゃかわいいからね」
「やっぱり! じゃあじゃあ、わたしもユーワクされちゃうってこと?」
「大丈夫っしょ。あんたにはアタシがいるんだし」
――ああ、やっぱりか。薄々わかってはいたけどさ。でも、もういいか。吹っ切れた。
未来なんて、どうだっていいや。
席を立って図書室を出た私は、早足で廊下を歩き、下駄箱で外靴に履き替えてから校舎を出て、脇目もふらずに校門へ――シオリちゃんの元へと向かった。
ヤツらは人類を支配しようとはしなかった。
ヤツらは人類をこの地球から消し去ろうとした。
ヤツらが目指したのは絶滅。そのための最適解として出したのが、『種を残させない』という手段。
ヤツらは人類に擬態する。誰かにとって『一番ステキな人』に。理性ごときじゃ抗えないほど、ステキな人に。
ヤツらと人類の間に子はできない。だから、ヤツらに魅了された時点で終わり。単細胞生物のころから脈々と受け継がれてきた遺伝子は、そこで途絶える。
「――ねえ。週末に遊びに行かない? あたし、映画とか観たいかも!」
「……まあ、考えとく」
「ほんと?! あー、もうっ! 今から週末が楽しみっ!」
――世界はもうすぐ滅びるらしい。
誰でも知ってる、公然のヒミツってヤツだ。
……でも、だからどうした。
100年後にはとっくに死んでる私に関係のある話じゃないし、この子がかわいいからどうでもいい。