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その時は止まり、運命の関節は外れてしまった。 2

 緑を基調とした私服、金色の瞳、上着やジーンズで覆っても分かる細身の手足。

 青年がカメレオンに金の大剣を構えながら、カラスの仮面の大男に向けて睨みつけた。大男は青年を前に立ち上がりつつも、なおも平然とした態度を取っている。

「お前はいったい、なにを企んでいる?」

 大男はなにも答えず、一笑に付すだけ。

 痺れを切らした人型カメレオンが赤いムチを地面に勢いよく叩きつけた。

「おい、毒配人(ポイズンディーラー)! ヤツがここまで早く出るとは聞いてねえぞ!」

「まあ落ち着け。こいつのせいで精装者(パームドランナー)側のワンサイドゲームになるのは、こちらも以前から把握済み。ここはゲームマスターの俺が『調整』することで手を打つことにする」

「ぜひ頼むね。妖精の改変が効かないようなやつなんて、たまったもんじゃねえからな!」

 トランクケースを閉じて、右手に携えてからカメレオンにゆっくり歩いて肩に触れる。青年が何かに気づいて、二人まとめて大剣を振るって斬り込もうとすると、

「クロウ、遠隔機能(リ・モード)

 大男の周囲で、無数のカラスの羽根が嵐のように舞う。青年が斬り込んだ先にはただ嵐の止んだ後の虚空だけがあり、一片の黒い羽がひらりと落ちる。

 青年が大剣を払って舌打ちしてから、視線を感じて振り返る。相変わらずあたり一帯の時が止まったまま、私たち三人だけが残されていた。

 私と雪花(ゆきか)と大剣を担いだ青年。それ以外にはただ静寂が包み込むだけ。

 青年は振り返って、つかつかと私の方へ歩み寄る。円盾を構えていると、青年はなにか察した様子でデバイスをいくつか操作して、大剣を消滅させてから空手を振る。

 青年の目は金色から茶色に変わった。

「君たちはまだ人間だ。なにもしないよ」

 呆気に取られながらも安心して腕を下ろす。さっきは助けてもらったし、得物を下ろした相手に盾を構えるのはあまりに失礼だと思ったから。

「まだ、ってのは?」

「ああ、君たちはさっきのカメレオン妖精みたいな奴らとは違うでしょ?」

「当たり前じゃないですか……ていうか、あの怪物はなんなんです?」

「あれは――」一瞬、なにかを言いよどんだようにして首を振る。「いや、なんでもない。俺たちを変な空間に閉じ込める怪物ってくらいのものだよ。とにかく、あの怪物がどこにいるか分からない以上は、どうか倒し終わるまで俺の元を離れないようにしてほしい」

 言ってから、デバイスを操作して探知機の投映窓(エア・スクリーン)を表示させる。投映窓のなかの十字線の入った丸いレーダーの中には、中心付近で反応する緑の点以外に表示されていない。

「アイツの反応はないみたい。とにかく、また探しに行かないと」

「えっ、あの、学校は……」

「時間が止まってちゃ学校どころじゃないでしょうが。それに、いつ君たちを狙ってくるか分からない」

「つまり……」

「アイツを今から探しに行く。ついてきて」

 軽い調子に踵を返して歩きだす。

 こっちはただの巻き込まれた側だ。なにが起こっているのか、この怪現象がいつ終わるか分からないのに、どうしてこんなものに付き合わなければならないのかと思った。しかし、さっきのこともあったから強くは言えない。

 わたしはともかく、雪花まで巻き込んでいる。妹の命も懸かっていて、現状でこの人に逆らってもいいことなんてなにもない。

「行こう。雪花」

「うん……」

「あと、そのバングルとデバイスをこっちに渡して。なんか嫌な予感するから」

「でも、お姉ちゃんは――」

「私はともかく、雪花には変なことに巻き込まれてほしくないの」

 不安げな顔ににこりと笑みを浮かべ、手を差し出す。雪花がバングルを外してデバイスとともに渡し、それらを鞄のなかに入れた。

 目の前の青年は立ち止まったまま振り返っている。私も雪花の手を握って後について行く。

 青年はそれを確かめて、また前に向き直って歩き始めた。




 あたりの時が止まったような空間は、どこもかしこも音や動きがなくて落ち着かない。おのずと私たちは歩くなかで話をするようになっていた。

「そういえば名前を言ってなかったね。俺は金城甲(かねきこう)。好きに呼んでくれていいよ」

甘宮桜花(あまみやおうか)です。それで、こっちが――」

「…………」

「すみません。この子、人見知りなもので。こっちは妹の雪花(ゆきか)です」

 今日の雪花はやけに握る手が強い。横を見ると、甲さんに向けて睨みつけるような目つき。

 警戒しているのか、ただの人見知りか。多分、後者なんだろうけど。

「それで、甲さん。これ、なんなんですか? 時が止まったみたいになったんですけど……」

「俺たちはいま、怪物の作り出した空間、いわゆる再構築空間(インナースペース)のなかにいる。だから、厳密に言うと、実際に時は止まってないんだ。とにかく、あのカメレオン妖精(パーマー)さえ倒せば元に戻るよ」

「……こういうことって、よくあるんですか?」

「まあ、結構ね。危険なことには変わりないし、そのたびに俺たちが倒してる」

「ほかにも甲さんみたいな人がいるんですね。それで、その他の人は……」

 見回しても、私たちのほかに動く姿が見られない。

「多分、上手く隠れてるんじゃないかな。それに、見つけたからってそれが味方とは限らないし」

「味方じゃない人もいるんですか?」

「みんながみんな俺みたいなやつではない、ってこと。自分の命を守るためだけに打算のみで動くやつとか、あとはゲーム感覚人命軽視のやつなんかもいる」

 甲さんの背中越しに探知機の画面を見る。中心近くの緑の点を除いて反応がない。もしかしたら、いま円盾を形成したままでは挑発しているように思われてるかもしれない。

 雪花に強く握られた手を見てどうしようかと思っていると、

「気にしないでいいよ。むしろ出したままの方が怪物おびき寄せるには最適かもしれないから」

「あっ、はい」

 しかし甲さんは一向に武器を出す様子がない。そう思っていると、なにかを察したのか語り始めた。

「大剣って、手に持って歩くには向いてないんだよね。自分一人だと肩に担いでてもいいんだけど、こんな時だとぶっちゃけ邪魔でしょ?」

「なんか……すみません」

「まあ、こっちは人助けと妖精退治が目的だから。それに、このまま味方になってくれるなら、それはそれでありがたいことだし」

 それは、どうだろう。

 正直、毎回毎回こんなことをしたいとは思わないし、しなきゃという使命感もない。できればいつものような、のんびりと夕食について考えるくらいの余裕ある日常を送っていたいし、わけのわからない怪物を倒す非日常なんかごめんだった。

 申し訳ないけど、ここはやっぱりはっきりさせておくべきだった。

「助けてくれたのはありがたいと思うんですけど、私たちはできればいつもの日常に帰りたいというか。だから、人助けにも怪物を倒すのにもあまり興味がないし、二度とこんなことに巻き込まれたくないです」

「……そっか。まあ強制はしてないし、たとえ君たちが味方にならなくても、こっちは助けるつもりだよ」

「ごめんなさい」

「いや、いいよ。むしろそういうのが本来あるべき感覚、ってものだろうし」

 突如、足が止まる。甲さんの背中にぶつかりそうになって、よろめいてからどうにかバランスを取って足を止める。

 細身ではありつつも逞しい背中。自分にお兄ちゃんがいたらこんな感じだったのかなとか、そう思っていると。

「探知機の精度が上がってる……」

 背中越しにまた画面を覗き見ると、先ほどとは打って変わっていくつかの図形と方々に散った白い点が増えていた。周辺の建築物と誰かを表すマーカー。

「どうして突然……」

「桜花さん、デバイスを操作して探知機を開いて!」

「ああ、はい!」

 といっても、操作が分からない。左手を空けて盾に触れてみると、円盾の上に投映窓が浮かび上がる。振り返った甲さんに探知機の開き方を教えてもらい、円に半径を描くようなアイコンに触れて開く。

 それは先ほど見たものよりもずっと、こと細かく表示されていた。範囲も広くなり、一時の方向の端ほどに赤いマーカーが表示されている。

「いた。アイツだ」

「あの……どうして急にこんな――」

「おそらく、桜花さんの盾の特性によるものだと思う。それより、詳しいことはおいおいとして――」私に背を向けてからデバイスを操作して、「ヘラクレス・再構築リ・ストラクチャリング

 甲さんの前に金色の大剣が形成される。柄を掴んでからそれを担いで、また振り返る。

「よし、行こうか。さっさと殺して、日常に帰っちゃおう」

 それから私の探知機を頼りに赤いマーカーの方へ歩いていく。地図を読むのは結構得意だったので、甲さんの手をわずらわせることなく案内していく。そのなかで知らない道を通ったりするのは、どこか探検みたいで正直少し楽しかった。

 その一方で、雪花は相変わらず私を通さないと口をきかず、どこか不機嫌そうだった。多分、よほど日常のリズムを崩されたのが気に食わなかったんだと思う。私だってさっきまではそうだったから。

 走行中で停止した車の影に三人で止まって、廃ビルを指差す。

「多分、あのビルの中です」

「了解。とりあえず俺が先に入るから。桜花さんたちはそこで待ってて」

 ビルに入っていくのを見送って、車の側部に隠れるようにもたれて座る。

 相変わらず、雪花の手が強く握られている。

「甲さんのこと、苦手?」

「苦手っていうか、気に食わない」

「なにそれ。そんなんで、私がいなくなったらどうすんのよ?」

「死ぬかも」

「……そういうのは、冗談でもやめて」

 さすがにこれは叱ろうと振り向くと、そこにはいつになく真剣な表情がうかがえた。

「冗談じゃないよ」

 痛いほどに、握られる手の力が強くなる。それは痕が残るほどに爪を立てていて、どこか感じられる獰猛さに冷や汗が出た。

「痛いよ」

「……ごめん」

 われに返ったように手が緩まる。私は申し訳なくなって、両手で包むように握り返す。

 この子はきっと、まだ私なしでは上手くいかない。だから、雪花が自分から独り立ちするまで、これからもこの子のことを見ていたい。

 きっとこれは無理なんだろうと分かるけど、それでも私は願っている。平穏な日常が永遠に続けばいい、と。正直、誰一人として変わらないでほしい。

「まずい! 逃げられた!」

 遠くからの大声。それは甲さんからのものだった。

 身構えようとするとした時、突如として私の首が絞め上げられる。縄を掴んでも身体が宙に浮かんでいて、それを解くための手の力が入らない。

「ッく……!」

 雪花が私の鞄を開けようとして、見えないなにかに弾き飛ばされる。どうにかしなきゃと思って、盾の投映窓をめくらめっぽうに弄って機能を確かめる。ほとんどエラーや無意味な投映窓が出るなかで、何度かするうちに『RE MODE』と表示された(ウィンドウ)が現れる。

 目の前にカメレオンの姿が浮かび上がった。

「そこか!」

 チャンスとばかりにすぐさまその顔面に右拳を叩き込むと、手から鞭が離れて首を絞めるものはほどけていく。

「畜生! こんなもん聞いてねえっての!」

 カメレオンが顔を手で押さえて、よろよろとする。

 その隙に落ちていた鞭を即座に拾って、カメレオンに何度か叩きつける。すると、またも円盾に『RE MODE』と表示された窓が現れた。

 人型カメレオンは見えない力で身体が突き上げられ、そのまま仰向けに叩きつけられる。

 背後からの影。見ると、黄金の大剣を掲げて車を踏み越えた甲さんがそこにあって、大剣を逆手にして直下のカメレオンの胸に深く突き刺す。

「ヘラクレス! 遠隔機能(リ・モード)!」

 空けた左手でデバイスを操作して、両刃がバチバチと電撃を帯びた。カメレオンは身悶え、緑の肉体はばらばらに砕け、断面のいたるところから四方八方に赤い閃光を噴いて崩壊する。閃光がおさまったところで大剣を抜いて、甲さんが脇に避ける。

「こいつにデバイスをかざしてみて」

 手のなかで朽ちていく鞭にうろたえながらも、カメレオンの崩落しかかった肉片におそるおそるデバイスをかざす。画面を覗くと、舌を伸ばしたカメレオンのアイコンが表示されていた。

「とりあえず、それでカメレオン妖精(パーマー)の武器と能力が使えるようになったから」

「あ、ありがとうございます……」

 稲光がしたような気がして見上げると、空が剥落して欠片を落としているのが見えた。

 嫌な予感がして、鞄を担いで座り込んでいた雪花の手を握る。建物が朽ちてアスファルトが泥のようになってバランスを崩しかける。

「おっと、時間が来たみたいだ」

「あの! また会えるでしょうか!」

 らしくないことを言ってしまう。

「ああ! たとえ味方じゃなくても、ピンチの時は駆けつけるよ!」

 甲さんが軽く手を振るのを見て、私も振り返す。

 世界が崩れ去って、塵ひとつない暗黒に包まれた。




 私たちの横を他の生徒が通り過ぎる。さっきまでのものが夢だったかのような、いつもの日常が戻っている。

 腕にはバングルがついていて、すぐさま外して鞄に入れる。こんなもの、たとえ校則がなくても長く身につけたくない。

 それを済まして、雪花とまた手を繋ぎ直す。

 視線の先に人が集まっていて、なにがあったのかと通り際に確認する。

 そこは再構築空間(インナースペース)に迷い込む前に大男が立っていた位置。胸部に大きく酷い刺し傷を残して、寝間着を血で赤黒く汚した少年。その様子から、すでに意識がないのを感じられる。

 右の手首にはバングルがついているが、そこにデバイスはなく、くぼみだけがあった。

 嫌な予感がして、目をそらして強引に雪花の腕を引く。

「ほら、行こ。せっかく戻ってきたんだしさ」

「おねえちゃん……?」

「なんでもないよ。うん、なんでもない……」

 もし本当に、もし目に見えたそれが真実だとしたら、私たちは――。

 かぶりを振って、先を急ぐ。

 私たちは日常に帰ってきた。ただそれで、十分だった。

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