七十六、夜明け
あれから一ヶ月が過ぎ、俺たちは夏休みも後半を迎えていた。
爺さんと成弥は死んだ。
和樹や柴中の意向もあって、成弥は東雲の墓に入れられた。
俺も、それがいいと思った。
成弥は今頃・・あの世で悔いているんだろうか・・
それとも、爺さんと幸せにやってるんだろうか・・
今回のことで、東雲組も解散となった。
柴中と伊豆見は、それぞれの故郷へ帰った。
そして和樹はあの後、アルコール依存症の治療を専門としている、地方の療養所へ入っていた。
今日は、翔と二人でそこへ行くことになっていた。
紫苑も誘ったが、「僕は友人じゃない」と言い、断ってきた。
相変わらず、頑固で変なやつだ。
「和樹くん、元気にしてるかな」
「だといいんだけどな」
「専門の療養所だもんね、きっと元気になってるよね」
「ああ」
やがて電車は最寄り駅に着き、俺たちはすぐに療養所へ向かった。
受付で、和樹を呼び出してもらった。
すると和樹は、すぐに俺たちの前に現れた。
和樹はまだ痩せていたが、以前よりは顔つきがずっと明るくなっていた。
「よく来てくれたね、健人くん、翔くん」
和樹の笑顔は、以前と同じだった。
「和樹、元気にしてたか」
「和樹くん、会いたかったよ~」
「ありがとう。僕も会いたかったよ」
和樹は「座ろうか」と言い、俺たちはロビーの椅子に腰かけた。
「元気そうで安心したぞ。治療はうまくいってるのか」
「うん。ここは、みんな同じ患者さんばかりだから、色々と話したりできるし、気も紛れるんだよ」
「そっか。それはよかったな」
「和樹くん、ここの治療って、どれくらいかかるの?」
翔がそう訊いた。
「段階を踏んで治療するんだけど、それが上手くいけば、半年くらいで退所できると思うよ」
「そっか~。早くそうなるといいね」
「うん。ありがとう」
「和樹、折れそうになったら、一人で悩むんじゃないぞ。ぜってー、俺たちに愚痴ること。わかった?」
「ありがとう、健人くん。そうするよ」
「ね~和樹くん」
「なに?」
「退所したら、学校へ戻ってくるんでしょ?」
「ああ・・どうしようかな・・」
「なに?迷うことでもあるの?」
「いや・・こんな僕でもいいのかな、って・・」
「いいに決まってるじゃん!っていうか、戻って来てくれたら、僕たち同級生になるんだよ?」
あっ・・翔の言う通りだ。
そっか・・俺たち同級生になれるのか。
「そうだよ、和樹。ぜってー、戻って来いって。同級生なんて、めっちゃいいじゃねぇか!」
「そうだね・・じゃ、そうしようかな・・」
「よーーしっ。決まりぃ!」
それにしても、和樹が元気になっててよかった・・
和樹は跡目から解放され、身体も元通りになったら、和樹は自由なんだな・・
「こんにちは」
そこで、一人の中年男性が声をかけてきた。
「きみたち、和樹くんのお友達?」
「あ、はい」
俺は少し戸惑いながら答えた。
「僕は、和樹くんの担当医で、江藤と申します。よろしく」
江藤はそう言って、和樹の横に座った。
「俺は時雨健人といいます。よろしくお願いします」
「僕は朝桐翔です。和樹くんがお世話になってます」
「先生、和樹の身体は治りますよね」
俺はそう訊ねた。
「もちろんだよ。和樹くんは、なんといっても優等生だからね」
江藤はそう言って笑った。
「優等生?」
「僕の指導をちゃんと聞いて、頑張ってるんだよ」
「そうっすか!」
「それに和樹くんは、ほんとに頭がいいし、僕なんか、逆に教えてもらうことも多いんだよ」
「へぇーそうなんすね」
「僕にしたら、和樹くんに、ずっといてもらいたいくらいだよ」
「え・・」
「あはは。冗談だよ、冗談」
「ヤダな・・先生」
和樹は照れくさそうに、そう言った。
俺は二人を見て、治療がうまくいってると確信した。
「ごめん。邪魔したね。きみたち、ゆっくりしてってね」
そう言って江藤は去って行った。
「いい先生だね」
翔がそう言った。
「うん。とても親身になってくれてるよ」
「そっか」
「あ、ここ、宿泊施設もあるんだよ。二人とも泊まって行く?」
「おおっ、マジかよ!うん、泊まる、泊まる」
「僕も泊まる~~」
「ここの朝日はね・・」
和樹はポツリと呟いた。
「水平線から昇る朝日は、絶景だよ」
「おお~そうなのか」
「僕は・・きみたちと見たいと思ってたんだ」
「見る見る!見るに決まってんじゃん!」
「僕も見る~~!三人で見れるなんて、嬉しいね!」
そして俺と翔は、宿初施設の部屋に荷物を置き、晩飯もご馳走になった。
「健人くん、翔くん、先生が花火をしないかって」
食堂で和樹がそう言った。
「おお~~マジかよ!するする!」
「じゃ、僕、先生に花火貰って来るね」
そう言って和樹は食堂を出て行った。
「たけちゃん・・僕、ほんと嬉しいよ」
「うん・・そうだな」
「でも和樹くん・・ここを出たら、その後、どうするんだろう・・」
「それな。どっかアパートでも探すのかな」
「そしたら一人暮らしになっちゃうの?」
「そこなんだよ・・いくら退所したからって、まだ一人にするのは心配だよな・・」
「うん・・」
「まあそれも、和樹と相談しようぜ」
「そうだね」
それから俺たちは、海岸へ行き、砂浜で花火を楽しんだ。
花火の灯りが時々、和樹の顔を照らし、俺はその笑顔を見て、これまでの和樹の人生を想った。
そして、これからの和樹の人生を想った。
やがて花火も終わり、俺たちは砂浜に寝ころび、夜が明けるのを待つことにした。
「ああ~~気持ちいいね」
翔がそう言った。
「でも、なんも見えねぇな」
「そうだね、真っ暗だね」
和樹がそう言った。
「でも、星がたくさん光ってるよ」
翔がそう言った。
「僕ね・・」
和樹がそう呟いた。
「もう一度、勉強し直して、将来は医者になろうと思ってるんだ」
「マジかよ!すげーじゃん!」
「それであの商店街の近くで、開業したいんだ」
「・・・」
「僕は、ほんとならヤクザの跡目になって、商店街の人たちを助けていくつもりだったけど、それはもうできない。あそこの人たちの生活は、あまり恵まれてなくて医療費も大変だと思うんだ。お年寄りも多いしね。だから僕は医者になって、あの人たちを助けたいんだ」
「和樹・・」
「健人くんや翔くんは、将来の展望とかあるの?」
将来の展望か・・そういや俺は、まだ決めてねぇなぁ・・
翔は、決めてんのかな・・
「翔はどうなんだよ」
「僕は・・留学して、世界を見たいと思ってるんだ」
「げっ・・マジかよ!そんなの聞いたことがねぇぞ」
「世界を見て回って、それから決めることにしてるんだ」
「げ~~」
「翔くん、いいじゃないか。僕は賛成だよ」
「ありがとう~和樹くん」
俺は・・なにがしたいんだろう・・
考えたこともねぇな・・
「俺は、わかんねぇ!」
「たけちゃん、ちょっとは考えなよ」
「うるせぇ!これから考えんだよ」
「ゆっくり考えたらいいよ」
「だろ?やっぱり和樹はわかってるよな~」
「もう~和樹くんは、ほんとに甘いんだから」
「あ、和樹・・ここを出たら、お前、どこで暮らすんだ?」
「アパート探すよ」
「それなんだけどさ・・お前、俺んちで住まない?」
「え・・」
「なあ~そうしようぜ。俺んち狭いけどいいよな?」
「いや・・それでは迷惑をかけることになるから・・」
「バカ!誰が迷惑なもんか。兄貴だって、ぜってー大歓迎だぜ」
「でも・・」
「和樹くん、そうしなよ。それがいいって」
「うん・・考えておくよ・・。ありがとう、健人くん」
「いいってことよ!」
それから俺たちは、少し眠った。
波の音が、まるで子守唄のように、耳に心地よかった。
「健人くん・・翔くん・・」
和樹が俺たちを起こした。
「あ・・もう・・朝か?」
俺は目をこすりながら、体を起こした。
「おはよう~・・ふわぁ~・・」
翔は、思いっ切り背伸びをした。
「もうすぐ陽が昇るよ」
和樹の目は、ずっと遠くを見ていた。
「おお~~夜明けかぁ~~」
「わあ~~海の向こうが赤くなってきたね」
翔は目を輝かせていた。
「これ・・東雲色って言うんだよ」
和樹がそう言った。
「え・・マジかよ・・」
俺は和樹にそう言われ、なんとも言葉にし難い、感慨深い気持ちで満たされた。
「夜明けの色は、東雲色なんだ・・」
和樹の言葉は、これからの人生を象徴するかのようだった。
そっか・・夜明けか・・
やがて・・俺たち三人を照らす東雲色の夜が明けた。




