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俺たちを照らす夜明け  作者: たらふく
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七十五、孫と爺さん



爺さん・・フラフラじゃねぇか・・


爺さんは一歩ずつ前へ進み、俺たちがいるところまで、ゆっくりと歩いてきた。


「爺さん!大丈夫か!」


俺はすぐに駆け寄り、爺さんを支えた。


「時雨くん・・力添えは無用。私は一人で歩けます」

「爺さん、なに言ってんだ!フラフラじゃねぇかよ!」

「離しなさい」


爺さんは力のない腕で、俺を突き放した。


「爺さん・・」


翔と紫苑も、爺さんの姿を見て、一歩も動けないでいた。


「これはどうも。親分さん。ご足労、痛み入ります」


成弥は、気持ち悪いほど、丁寧な挨拶をした。


「成弥・・和樹を放しなさい」

「しかし・・親分さん。あんたも酷い人だね」

「どういう意味だ」

「実の孫でもないのに、跡目を継がせようとしたりさ」

「実の孫であろうと、なかろうと、私には大きな問題ではない」

「それって酷いと思うんだけど」

「御託は結構だ。今すぐ和樹を解放して、私を人質にしなさい」

「さーて、どうしようかな」


成弥は薄ら笑いを浮かべた。


「おーい、和樹くーん。親分さんが迎えに来たよ」


そう言って成弥は、和樹の頬を叩いた。


「・・ん・・え・・?」


和樹は頼りなく枯れた声で、そう言った。

和樹・・気がついたのか・・


「お爺さんだよ、お爺さん」

「え・・う・・」


そこで和樹は、ようやく目を開けた。


「和樹・・」


爺さんは、絞り出すような悲しい声で、和樹の名前を呼んだ。


「あ・・」


和樹は爺さんに気がつき、起き上がって座った。

しかしナイフは、和樹に突き付けられたままだった。


「和樹・・済まなかった・・」

「お爺さん・・なぜ・・ここに・・」

「お前を助けに来たんだよ」

「ぼ・・僕は・・僕のことは・・もう放っといてください・・」

「放っとけるものか。どうして私がお前を放っとけるというんだ」

「だって・・僕は・・もう、疲れた・・」

「私はもう、お前を跡目になどしないよ」

「え・・」

「お前は自由だ。だから心配しなくていいから、お前は身体をしっかり治しなさい」

「お爺さん・・」

「でも・・でも・・」


そこで爺さんは、身体を震わせて泣いた。


「お前は・・私の孫だ。お願いだから、私の孫でいてくれないか・・」

「・・・」

「どこへも行かないでくれ・・和樹・・お願いだ・・」

「お爺さん・・」


「あ~~あ。やめてくれないかな。お涙頂戴」


成弥が水を差すように、そう言った。


「俺、こういうの嫌いだから」

「成弥・・」

「もっとほら~、怒ってくんなくちゃ」

「成弥・・和樹を解放してくれ。そのためなら私は何でもする・・」

「へぇ~、なんでも、ねぇ・・」


そこで成弥は、ほくそ笑んだ。


「親分、じゃあ、ここへ来てください」


成弥は自分の傍へ寄るよう、爺さんに促した。

そして爺さんは、ゆっくりと成弥の横へ歩いて行った。


「座って」


成弥がそう言った。

爺さんは言われるがまま、成弥の横に座った。

すると次の瞬間、成弥は爺さんの喉元に、ナイフを突きつけた。


「成弥・・!」


和樹が叫んだ。


「おっと、和樹くん。変な真似しないでね。ちょっとでも動くと、親分さんの命はないよ」

「成弥・・やめてくれ・・」

「おやおや・・この間まで、さんざん愚痴ってたくせに、どうしたんだよ」

「成弥!」

「和樹・・いいんだ。私はいいから、早く逃げなさい。時雨くん、早く和樹を連れて行きなさい!」


爺さんはフラフラなのに、どこからそんな声が出るのかというくらい、腹に力が入りドスの利いた声をあげた。


「爺さん、そんな無茶な・・爺さんを放っといて行けるかよ!」

「バカなことを言うでない!時雨くん、頼むから和樹を連れて逃げてくれ!そして病院へ連れて行ってくれ!」

「爺さん!」

「朝桐くん!きみも何をしているんだ!早く和樹を連れて行け!」

「え・・そんな・・僕・・できません・・」


翔は爺さんに迫られ、そう言うのが精一杯だった。


「おい、成弥・・」


俺は、ある覚悟を決めた。


「なんだよ」

「お前・・今お前がナイフを突きつけている相手・・誰だかわかってんのか・・」

「あはは!なに言ってんだよ。今更俺が、東雲を怖がるわけないだろう」

「違うんだよ・・」

「は?なに言ってんの」

「お前がナイフを突きつけている相手は、お前の実の爺さんなんだぞ・・」

「・・はっ?意味がわからないんだけど」

「実の爺さんって言ってんだよ。お前は西雲の子供じゃねぇんだ。東雲の子供なんだよ・・」

「え・・なに言ってんの?ああ~~はいはい、それで騙したつもりなんだ。相変わらず浅知恵だね」

「お前・・実の爺さんを殺すつもりか・・」

「まだ言ってる・・バカじゃないのか」


そこで成弥は、爺さんや和樹が何も言わないことに、少し怪訝な顔をしていた。


「親分、あんな嘘、言わせておいていいの?俺が実の孫だってさ。これは東雲にとって屈辱だよね」

「・・・」

「親分・・なんで黙ってるんだ・・、おい、和樹、なんとか言えよ」


和樹も爺さんも、何も言わず下を向いたままだった。


「は・・はあ・・?意味わかんねぇ・・」

「成弥・・お前を一人にしないよ・・」


爺さんがそう呟いた次の瞬間、用意していたであろうナイフを取り出し、成弥の胸を突き刺した。


「ううう・・うああ・・うっ・・」


成弥はその場に倒れ込んだ。


「爺さん!!なにやってんだ!」


俺も翔も紫苑も、駆け寄ろうとしたその時、爺さんは自分の胸を突き刺した。

横にいた和樹も、間に合わなかった。


「お・・お爺さん!!」


和樹が爺さんを抱きかかえた。

し・・しまった・・大変なことになった・・


「おい、翔!救急車、救急車だ!」

「え・・あ、うん!」


俺は柴中に電話をかけた。


「柴中さん!大変だ!すぐに来てくれ!」

「どうした!坊ちゃんになにかあったのか!」

「ちげぇーよ!爺さんだ、爺さんが・・自分の胸を・・」

「なにいいいい~~~!わかった、すぐ行く!」


そして俺は爺さんの傍へ行った。


「ナイフはそのままだ」


紫苑がそう言った。


「絶対に抜くな」

「紫苑・・爺さん、生きてるか・・?」

「ああ。まだ脈はある」

「爺さん・・爺さん!しっかりしろ!」

「か・・和樹は・・いるか・・」


爺さんの弱々しい声が、和樹を呼んだ。


「お爺さん、僕はここにいるよ・・」

「ああ・・その声は和樹だな・・」

「お爺さん、しっかりして・・死んじゃダメだよ・・」


和樹は爺さんの手を握っていた。


「和樹・・本当に済まなかった・・許してくれ・・」

「うん・・うん・・」

「私は・・お前を・・他人と思ったことはない・・それだけは・・わかってくれ・・」

「うん・・うん・・」


横を見ると、紫苑が成弥の胸を押さえて、なんとか出血を止めようとしていた。


「私は・・お前を・・愛している・・和樹・・身体を・・ゴホッ・・身体を・・」

「お爺さん!もう喋らないで!」

「和樹・・元気で・・和樹・・かず・・か・・」

「お爺さん!!」


その後、爺さんの口は開くことがなかった。


「紫苑、成弥はどうだ」

「ダメだ・・出血が止まらない」

「くそっ・・なんでこんなことに・・」

「成弥くん!聞こえるか!」


紫苑が呼びかけた。


「お・・俺・・」

「成弥!」


俺も呼びかけた。


「俺・・東雲の・・」

「そうだよ!お前は爺さんの、実の孫だよ!」

「ふっ・・そうか・・皮肉な・・もんだ・・な・・」

「もう喋るな!救急車を呼んだから、喋るな!」

「親分・・おや・・ぶん・・」


「こっち!こっちです!」


倉庫の入口で翔が叫んでいた。

振り向くと、柴中と伊豆見、そして警察官や救急隊も到着していた。


「御大!!」


柴中と伊豆見は、爺さんのもとへ駆け寄り、変わり果てた姿に、愕然としていた。


「御大・・なんてことを・・御大・・」

「柴中・・」


和樹がそう言った。


「坊ちゃん!」


柴中はすぐに和樹を抱きしめた。


「柴中・・柴中・・」


和樹は柴中の腕の中で、ずっと泣いていた。


「坊ちゃん・・無事で何よりです・・よかった・・本当によかった・・」


俺はその姿を見ていられなかった。

そして、遅れて兄貴と由名見が来た。


「健人・・大丈夫か・・」

「兄貴・・」

「お前・・また無茶をしやがって・・」

「俺・・俺・・爺さんを助けられなかった・・」

「うん・・うん・・」


兄貴は俺を抱きしめた。

由名見は、爺さんを見て驚いていたが、それより、和樹の変わり果てた姿に言葉を失っていた。


「和くん・・」

「静ちゃん・・お爺さんが・・」

「和くん・・大丈夫です・・大丈夫ですから・・」


「はい!どいてください!」


救急隊員がそう言って、爺さんと成弥を担架に乗せた。


「お爺さん・・お爺さん・・」


和樹は爺さんに縋りつくように、後を追いかけた。


「坊ちゃん、御大は助かります・・大丈夫です・・」


柴中がそう言って引き止めていた。


「和くん・・大丈夫ですか・・」

「静ちゃん・・」

「バカです・・和くん・・バカです・・」

「・・・」

「お願いですから・・もうどこへも行かないで・・」

「静ちゃん・・」


そこで俺は、柴中の腕を引っ張った。

柴中も察したようで、和樹から離れた。


「柴中さん・・ごめん・・俺、爺さんを助けられなかったよ・・」

「なに言ってんだ・・坊ちゃんを守ってくれたじゃねぇか・・」

「ううう・・うううう・・」


俺も柴中も・・伊豆見も・・兄貴も・・由名見も・・翔も・・和樹も・・みんな泣いていた。

そんな中、ただ一人、紫苑だけは泣かなかった。


やがて救急車は、爺さんと成弥と、柴中を乗せて、走り去った。

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