七十四、狂人たる所以
「待ってくれ・・東雲の爺さんは、もう身体が動かないと思う・・」
俺は成弥にそう言った。
「動かない?それがどうした。連れてこないなら、俺はこいつを殺すまでだ」
「ってか・・お前、爺さんをどうするつもりだ」
「それは来てからのお楽しみ」
「なあ、成弥・・もうこんなこと止めろよ」
「あはは、俺に説得は通用しないよ」
「どうしても・・ってのか・・」
「ああ。どうしてもだ」
俺は仕方なく、柴中に連絡することにし、外へ出ようとした。
「おっと。どこへ行く。ここでかけるんだ」
「え・・」
「ここで話せ」
「わかった・・」
「スピーカーな」
「え・・」
「みんなに聞こえるようにするんだよ」
俺がためらっていると、紫苑が「言う通りにするんだ」と言った。
俺はスピーカー設定にし、柴中にかけた。
「もしもし・・」
「おう、時雨か!お前、どうしたんだ。ずっと連絡待ってたんだぞ」
「うん・・ごめん」
「坊ちゃんは今、どうされてるんだ。まだ入院してるのか」
「あ・・その・・」
「なんだ、時雨。なにかあったのか」
「実は・・和樹が誘拐されて・・」
「なにいいいい!!どういうこった!」
柴中の声は、スピーカーにしてなかったとしても、みんなに聞こえるほどの、大声だった。
「場所を言え!場所を!」
「それが、誘拐したのは成弥なんだよ」
「なっ・・なんだと!!」
「それで、成弥は和樹を助けたかったら、爺さん一人で来いと言ってる・・」
「おのれぇぇ~~~!!クソガキがっ!!首根っこ洗って待ってろと言え!」
「いや・・柴中さん、待ってくれ。成弥は今、和樹の首にナイフを突きつけている状態で、爺さん一人で来なかったら和樹を殺すと言ってる・・」
「なっっっ!!成弥の野郎・・舐めた真似しやがって・・」
「それとサツにも言ったら、その時点で殺すって・・」
「ちょっと待ってろ。折り返しかける」
そう言って電話は一旦切れた。
「柴中か」
成弥がそう言った。
「ああ」
「ふっ。相変わらずだねぇ・・ああ~下品だ」
「てめぇの根性の方が、何百倍も下劣だ」
「あはは、それって褒めてくれてるのかな~」
「てめぇ・・マジで地獄に落ちやがれ・・」
「そうだね~、その時はこいつも一緒な」
成弥は、少しだけ和樹の首に傷をつけた。
そして血が流れた。
「てめぇ~~!やめろ!!」
「あはは、楽しいな~」
「クソが・・」
「俺、そういう顔好きだよ。怒りに震える顔って、たまんないよね」
「・・・」
「成弥!もういい加減にしろよ!」
翔が怒鳴った。
「あら~、俺、きみに呼び捨てされる覚えはないんだけどな」
「もうやめて!もう十分だろ?もう僕たちは十分、きみの望み通り、きみに振り回されたよ!」
「あはは、きみ、名前は?」
「翔だ!」
「翔くんか。きみの気持ちはわかるけど、俺はぜっんぜん、満足してないの。わかるかな?」
「もういいじゃないか!和樹くんを放してくれ!和樹くんは僕の大切な友達なんだ!」
「あははは!いいね、いいね~~。もっと狂ってごらん」
「なっ・・」
「それとも?狂わせてあげようかなぁ~」
「なんだよ!」
「東雲が来るまで、時間もあるし。ちょっと遊ぼうか」
「えっ・・」
翔は、成弥の言葉に、後ずさりした。
「翔・・黙ってろ。こいつは狂人だ。相手にするな」
「たけちゃん・・」
「成弥。てめぇの相手は俺だ。忘れんなよ」
ルルル・・
柴中から電話がかかってきた。
「もしもし」
「時雨・・御大は行くと仰せだ」
「マジかよ・・動けるのか?」
「俺が近くまで連れていく。後は、一人で行くと仰せだ」
「そうか・・」
「場所を教えろ」
「うん」
そして俺は場所を教えた。
「わかった」
そして電話は切れた。
「さっすが~東雲の親分だ。実の孫でもないのに、なんと麗しき愛情なんだ」
「お前・・知ってるのか・・」
「和樹くんさ~~、さんざん愚痴ってたよ。かわいそうにね」
和樹・・お前、もしかして、成弥が実の孫ってことも喋ったのか・・?
「捨て子だったなんてさ~、酷いよね。親分も」
「・・・」
「そりゃ俺でも、こうなっちゃうよ」
「おめぇと和樹では、雲泥の差があるぜ」
「あはは!俺が雲ってことかな」
「お前さ・・西雲の親分はどうしたんだよ」
「親父?さあねぇ・・組を解散させられて、どっか行っちゃったよ」
「お前を見捨ててか・・」
「そうなんじゃないかな。薄情な親だよね」
こいつは、ギョロメのことを親父だと思ってんだ・・
ってことは・・和樹はそこまでは話してないんだな・・
「そう考えるとさ、こいつは実の孫でもないのに、親分が助けに来てくれるんだもんなあ」
「・・・」
「ってか・・こいつ、いつまで寝てるんだよ」
成弥はそう言って、和樹の頬を軽く叩いた。
「やめろ!叩くな!」
「どうして?永遠に眠っていた方がいいのかな?」
「和樹の身体は普通じゃねぇんだ。そっとしてやれよ」
「あ~~あ。みんな和樹、和樹。和樹くん愛されてるね~」
「・・・」
「俺なんかさ、めっちゃかわいがっていた蘇芳でさえ、姿を消す始末だよ。誰も助けに来てくれないんだよ」
「長田って男がいたじゃねぇか」
「ああ。あいつね。あれは組の残りカスみたいなもんさ」
「残りカス・・」
「いてもいなくても、どっちでもいい存在」
俺も親に捨てられたけど、俺には兄貴がいたし、翔もいた。
こいつは・・親もいたし、組の者だっていたはずなのに、結局、誰にも愛されてなかったんだな・・
「成弥くん」
そこで紫苑が口を開いた。
「なんだよ、電気屋さん」
「きみは僕が、電気屋だと言うことに、いつ気がついたんだ」
「は?それ、今更、聞く意味があるのか」
「いつ気がついたんだ」
「さっき、お前の姿を見た時だよ」
「そうか。では僕がブレーカーの検査に行った時は、電気屋だと思っていたわけだな」
「まあな」
紫苑は、妙に納得した風だった。
おい・・紫苑・・なんで今、それを訊くんだよ・・
やっぱり、こいつは変わっている・・
「それにしても、東雲くんが捨て子だったとは・・これは意外だった」
紫苑は、少し驚いたように言った。
「電気屋さんって、探偵ものとか好きなの?」
「ああ」
「ふーん。見るからにそんな感じだね」
「そうか。それは光栄だ」
「今回の件さ、相当きみの悪知恵が活かされてるよね」
「悪知恵だと?心外だな。インテリジェンスと言ってもらおうか」
「大した自信だね。でもちょっと甘いな」
「ほう。その甘さとやらを、聞かせてもらおうじゃないか」
「俺なら、三人で部屋に侵入するんじゃなくて、一人は俺たちの後をつけさせたね」
「ほう」
「もっと危機管理を徹底しないと」
「しかしあの場合、三人で東雲くんを連れ出す方が、物理的にも有効だ。僕はそれに賭けたのだ」
「でも、結果、失敗してるじゃないの」
「それは認めよう。しかしだ!」
「紫苑・・もうやめろよ・・」
俺は紫苑を制した。
「時雨くん、どういうことだ」
「今更、こんなやつと議論したところで意味なんてねぇよ」
「無意味だと?僕にとってはそうではない」
「それは、単にお前の探偵好きが高じた、好奇心だろ」
「・・・」
「そんなことは、家に帰って分析しろ」
「そうか、わかった」
コツン・・コツン・・
えっ?なんだ、この音は・・
振り向くと、そこには爺さんが杖をつきながら、歩いてくるのが見えた。