七十、俺の言うことを聞け
和樹が入院してから、三週間が経った。
担当医の話によると、体力はすっかり元に戻り、二日後には退院も決まっていた。
そして、アルコール依存症を治療する病院も紹介してくれ、退院後はそこに転院することになっていた。
和樹は少し、ふっくらしたように思えた。
ブブブ・・
あれっ・・電話だ。
今は授業中だから、出れねぇよ・・
誰だ・・?
番号を見ると、和樹からだった。
えっっ・・マジかよ!
和樹から電話なんて・・マジかよ・・
「先生!」
「はい、時雨くん、なんですか」
「あの、トイレ行ってもいいっすか」
そこで、クラスのみんなが笑った。
「時雨くん~、トイレは先に済ませてくださいね」
「はい・・すみません」
「いいわよ。行ってらっしゃい」
俺は急いで教室を飛び出した。
その際に、翔が不安そうな顔をして俺を見ていた。
俺は廊下に出て、すぐに電話に出た。
「もしもし!和樹か!なんかあったのか!」
「相変わらず、うるさい声だな」
「え・・」
和樹の声じゃねぇ・・誰だ、こいつ。
「お前・・誰だよ」
「久しぶりだな、時雨」
「え・・誰だよ!ってか・・この電話、和樹のじゃねぇのか!」
「あはは、酷い慌てようだな」
「おい!和樹はどうした!お前、誰だよ!」
「まだわからないのか」
「わからねぇよ!」
「成弥だよ」
え・・成弥って・・嘘だろ・・
俺は絶句した。
なんで成弥が・・しかも和樹の電話でかけてんだよ・・
「お前・・成弥なのか・・」
「そうだよ」
「お前って・・豚箱にいるはずだろ・・」
「めでたく無罪放免ってわけさ」
「え・・だって・・まだ二年も経ってねぇぞ・・」
「模範囚とやらで、仮釈と相成ったわけだよ」
「嘘だろ・・」
「嘘なら、なんで俺が東雲の電話を使えるというんだ」
「それより・・なんでお前が和樹の電話を使ってんだ」
「さあね。無い頭を使って考えてみるがいい」
「おめぇ・・もしかして、和樹を誘拐したのか」
「誘拐?ヤダな~、人聞きの悪いこと言わないでくれるかな」
「おい、和樹はそこにいるのか!和樹を出せ!」
「和樹くんは~、おねんねしてまちゅよ」
「えっっ・・」
おねんねって・・嘘だろ・・マジかよ・・
「俺はさ、お前のおかけで臭い飯を食わされたよ。ほんと、不味かったよ」
「てめぇ・・」
「俺はお前を許さないからね」
「どういうことだ!」
「和樹を返してほしかったら、言うこと聞く?」
「なんだと!」
「だぁ~い好きな、和樹くんを返してほしくないのかな~」
「てめぇ・・」
「あ、言っとくけど、警察や東雲に話したら、大好きな和樹くんには二度と会えないからね」
「・・・」
「俺・・本気だから」
その瞬間、成弥の声は、氷のように冷たくなった。
くそっ・・どうすればいいんだ・・くそっ・・
「決心がつかないようだね」
「・・・」
「まあ俺も、鬼ではないので、考える時間くらいはあげるよ」
「頼む・・和樹の声を聞かせてくれ・・」
「それは、ダメ。きみの答えの方が先だよ」
「てめぇ・・地獄へ落ちろ・・」
「ヤダな~、地獄へ落ちるのはきみだよ。それと、俺に下品な言葉遣いをするたびに、和樹くんの指、一本ずつ折っちゃうから」
「なっ・・」
こいつは・・マジで狂ってる・・
「また連絡するよ。じゃあね」
そう言って電話は切れた。
どうしたらいいんだ・・どうしたら・・
サツに垂れ込んで・・それがバレたら・・あいつはマジで和樹を殺す・・
爺さんや柴中さんに話すと・・総出で和樹を助けに行く・・でも、その間にバレたら・・結果は同じだ・・
俺は廊下にへたり込んで、頭を抱えた。
「たけちゃん!」
そこに翔が走ってきた。
「たけちゃん、トイレから帰ってこないから、どうしたのかと思ったけど、ここでなにしてるの・・?」
「翔・・」
俺は顔をあげて翔を見た。
「たけちゃん・・一体、どうしたの・・?具合でも悪いの?」
「翔・・大変だ・・」
「えっ・・なにっ?」
「和樹が・・攫われた・・」
「え・・なに言ってるの?どういうこと??」
「成弥が・・出所して・・和樹をどこかへ連れてったみてぇだ・・」
「え・・」
翔も絶句していた。
「翔・・どうしたらいい・・?なあ、翔・・」
「どうしたらって・・」
翔も頭が混乱して、呆然としたままだった。
それから昼休みになり、俺と翔は屋上にいた。
「それで、また成弥が連絡するって言ったんだよね?」
「あいつ・・和樹を返してほしかったら、俺の言うことを聞けって言ってた・・」
「・・・」
「それで・・サツに垂れ込んだり、東雲に言うと、和樹を殺すって・・」
「う・・うそ・・」
「俺、どうしたらいいんだ・・」
「たけちゃん・・くれぐれも言っとくけど、絶対に勝手な行動しちゃいけないよ」
「じゃあ・・どうしたらいいんだ・・」
「とにかく・・連絡はあるんだから、今はそれを待つしかないよ」
「和樹・・大丈夫なのかな・・あんな身体で・・」
「成弥の狙いはたけちゃんなんだから、それまでは大丈夫だよ。和樹くん、きっと大丈夫だよ」
「うん・・うん・・」
そして俺たちは、屋上から下りた。
「やあ、きみたち。久しぶり」
廊下を歩いていると、紫苑が声をかけてきた。
紫苑は俺たちの様子を見て、すぐに何かを察したようだった。
「きみたち・・どうかしたのか」
「いや・・」
俺は力のない声で、そう言った。
「紫苑くん・・」
翔がそう言った。
「なんだ。一体どうしたというのだ」
「放課後・・話を聞いてほしいんだけど・・」
「また事件か・・」
「うん・・」
「わかった。それじゃ放課後、校門で待っている」
そう言って紫苑は歩いて行った。
「翔・・お前、紫苑なんかに話して大丈夫なのかよ」
「紫苑くんって、ここぞって時に、いい案を思いついたりするし・・かと言って、他の誰にも相談できないし・・」
「そうだけどよ・・」
「紫苑くんは、あんなだけど、誰にも言わないと思うよ」
「うん・・」
「ここは、紫苑くんの知恵を借りるべきだと思うんだ」
「そか・・」
そして放課後、俺と翔は校門へ向かった。
すると紫苑は、もう待っていた。
「それで、早速話を聞こうじゃないか」
そして俺は、和樹が誘拐されたことを話した。
「そうか・・今度は誘拐事件か」
「紫苑くん、力を貸してくれない?」
翔が縋るようにそう言った。
「もちろんだ。僕にとって、またとない話だ」
俺はその言葉にムカついたが、それより紫苑の力を借りたい気持ちの方が強かった。
「思うに、東雲くんが失踪した件と、今回の誘拐と、繋がりがあるんじゃないのか」
「うん・・」
俺は頷いた。
「やはりな。で、成弥という男は、出所したばかりなんだな」
「うん・・」
「仮釈と言ったな」
「そう言ってた・・」
「なるほど。仮釈の場合、必ず身元引受人がいるはずだ。身柄引受人とも言う。通称「ガラ受け」だ」
「さすが紫苑くん・・詳しいね」
翔が感心したように、そう言った。
「まず、ガラ受けに僕が接触してみる」
「え・・そんなの、わかるの?」
「任せてくれ。あてならある」
「え・・すごいな・・」
「それで、時雨くんだ」
そこで紫苑は、人差し指を立てて、そう言った。
「なんだ」
「きみは、成弥の言う通りにするんだ」
「え・・」
「東雲くんの身柄を確保するまでは、言う通りに動くんだ。けっして逆らうな」
「そか・・わかった・・」
「虚を衝こうなどと、浅はかな考えは禁物だ」
「ああ・・」
「そこは絶対に守ってくれ。でないと僕は東雲くんを守れないぞ」
「うん・・」
「僕は、なにをすればいいの?」
翔がそう訊いた。
「きみは、時雨くんから目を離さないように」
「うん、わかった」
こうして紫苑を中心とした、「和樹奪還作戦」が動き始めた。