六十七、変わり果てた姿
それから数日後・・
「時雨くん、朝桐くん」
紫苑が廊下で、俺たちを呼んだ。
俺と翔は、和樹のことだと思い、すぐに紫苑のもとへ駆け寄った。
「紫苑、和樹の居所がわかったのか」
俺は、せっつくようにそう言った。
「まあ、待て」
「紫苑くん、じらさないで!」
翔も同じようにそう言った。
「きみたちは、どうしてそう落ち着きがないんだ」
「落ち着けだと?バカ!早く言え!」
「東雲くんの居所だが・・歌舞伎町の近くにある、ボロアパートに住んでいる」
「まっ・・マジか!!」
「紫苑くん、それ、どうやって突き止めたの?」
翔がそう訊いた。
「僕はあれから、毎日あの界隈を探して歩いた。いわば一人ローラー作戦だ」
「お前・・すごいな」
「言ってくれれば手伝ったのに」
翔が済まなさそうに言った。
「いや、この作戦は感づかれちゃマズイ。だから僕一人の方が好都合だったのだ」
「それで、和樹は、そのボロアパートにいたんだな」
「部屋にいるかどうかまでは、確かめていない。しかしだ!東雲くんと思しき人物が、部屋に入って行くのは見た」
「わかった。じゃ、その場所を教えてくれ」
「今日は僕も行くぞ」
「え・・ああ・・わかった」
「なんだ。僕が部屋を見つけたのだぞ」
「うん、うん」
「じゃ、放課後、三人で行こうよ」
翔がそう言い、俺たちはアパートへ向かうことになった。
紫苑が案内したそのアパートは、築何年かもわからないほどオンボロで、和樹が住んでいるであろう部屋は二階にあった。
「201号室だ」
紫苑がそう言い、俺たちは階段を上った。
部屋の前に着いたが、中には人の気配が感じられない。
夕方だというのに、電気も点いてないし、音もしていなかった。
紫苑がドアノブに手をかけたら、ドアが開いた。
俺たち三人は、顔を見合わせ、入るかどうかためらっていた。
「入るしかない・・」
紫苑が小声でそう言い、玄関に足を踏み入れた。
俺と翔も、後に続いた。
「誰かいるか!」
紫苑はいきなり大声をあげた。
「お前な・・そんな声出して、和樹が逃げたらどうすんだ・・」
「そうだよ・・紫苑くん。ちゃんと確かめないと・・」
「東雲くん!いるのか!」
「ばっ・・バカ紫苑!黙れって・・」
紫苑はズカズカと、奥の部屋まで入って行った。
信じらんねぇな・・こいつ。
「あっ!」
いきなり紫苑が声をあげた。
「どうした!」
俺と翔も急いで奥へ入った。
するとそこには、畳で寝ている和樹がいた。
和樹は、以前の和樹とは思えないほど、痩せ細っていた。
「和樹!!」
俺はすぐさま、和樹の傍に駆け寄った。
和樹は酒臭かった。
「おい、和樹!和樹!」
「・・・ん・・?誰・・?」
「和樹くん!!僕、翔だよ!わかる?」
翔も駆け寄って、和樹の顔の傍でそう言った。
そこで紫苑が電気を点けた。
「和樹!!しっかりしろ!」
「・・・誰・・」
「俺だよ、健人だよ!」
「健人・・そうか・・」
和樹は全く元気がなく、目を瞑ったまま頼りなくそう言った。
部屋を見回すと、日本酒、焼酎、ビールの空き瓶が、そこら中に転がっていた。
「これは酷いな・・」
紫苑が呆れた風に、呟いた。
「和樹くん・・どうしたの・・こんなになって・・どうしたの」
翔は泣きながらそう言った。
紫苑は襖を開け、布団を取り出していた。
そして、すぐに畳の上に敷いた。
「東雲くん、ここで寝るんだ。時雨くん、きみは身体を抱えて。朝桐くんはこっち」
俺と翔は、紫苑の言う通りにして、和樹を布団へ寝かせた。
「和樹・・聞こえるか・・?」
「時雨くん、今は眠らせた方がいい」
「うん・・そうだな」
そして俺たち三人は、和樹が眠る傍で、呆然としていた。
いや・・紫苑は例外だった。
紫苑は台所へ行き、冷蔵庫の中を確かめていた。
「なんだこれは・・何も入ってないじゃないか」
翔も急いで冷蔵庫の前に行った。
「あ・・ほんとだ。何もない・・。和樹くん、もう何日も食べてないんじゃないかな・・」
「アルコールばかり摂取していたのだろう」
「病院へ連れて行った方がいいんじゃないの」
「確かにそうだ。この痩せぶりは、尋常じゃない。おそらく栄養失調になっているかも知れない」
俺は眠る和樹の顔を見ながら、二人の会話を聞いていた。
「あ・・」
紫苑はそう言って、ハンガーに吊るしてある、和樹の服のポケットを確認しだした。
「とりあえず、お金には不自由していないみたいだな」
紫苑は和樹の財布の中身を確かめ、そう言った。
「それにしても、ホストとはボロい商売だな」
「え・・いくら入ってるの?」
「百万は入ってるな」
「えっ!」
翔が驚いて、財布の中身を確かめていた。
「うわ・・ほんとだ。札束が・・」
俺はずっと和樹の顔を見ていた。
ホストで稼いだ金が・・今は自分の身を滅ぼしてんだ・・
こんなに酒くらって・・こんなに痩せて・・
ほっんと・・バカだよ・・お前・・
なんで俺に・・なんで俺を頼ってくれなかったんだよ・・
俺たち、ダチじゃねぇのかよ・・
俺は和樹の手を握った。
なんだ・・この細い手は・・
今にも折れそうじゃねぇか・・
和樹・・和樹・・
俺は和樹がかわいそうでならなかった。
あんなに真っすぐで、純粋だった和樹・・
ダチができて、ほんとに嬉しそうに楽しそうにして、俺にもたくさん勉強を教えてくれて、兄貴は俺たちに揃いのマフラーくれてさ・・
お前・・泣いて喜んでたじゃねぇか・・東雲色のマフラーをよ。
今でも持ってんのか?捨てたのか?
翔と紫苑も和樹の傍へ座り、顔を見ていた。
「たけちゃん・・」
「なんだ・・」
「和樹くん・・死なないよね・・?ねぇ、死なないよね?」
「バカっ!死ぬもんか!」
「うん・・そうだよね・・」
そして、ほどなくして和樹が目を覚ました。
「和樹!俺だ、健人だ。わかるか?」
「和樹くん、僕、翔だよ!」
「きみたち・・なぜここにいるんだ」
和樹の声は枯れ、弱々しくそう言った。
「なぜもへったくれもねぇよ!バカ和樹!こんなに痩せて・・お前、なにやってんだよ!」
「なに、だと?僕は自分の足で・・ゴホッ・・自分の足で・・」
「和樹くん、もう喋らなくていいよ。それより病院へ行こうよ」
翔が和樹の肩に触れて、そう言った。
「病院・・?なぜだ」
「だって、こんなに痩せてしまってるじゃないか!このままだと死んじゃうよ!」
「別にいいじゃないか・・そうなってもそれは僕の運命だ・・」
「バカ!なに言ってるんだよ!和樹くんの人生これからじゃないか!」
「もういい・・疲れた・・」
「東雲くん」
そこで紫苑が口を開いた。
「きみ・・以前、生徒会長に立候補した時、演説でなに話したか憶えているのか」
「演説・・?」
「きみは、高校生活最後の年に、みんなを喜ばせたい、そう言ったじゃないか」
「・・・」
「今のきみは・・喜ばせるどころか、友達に悲しい顔をさせてしまってるじゃないか」
「・・・」
「きみに何があったのかは知らないが、きみの決意とは、そんなにも脆いものだったのか」
「・・・」
「僕は、きみが当選したら、徹底的に抵抗しようと考えていた。決意がどれほどのものか、試してみようと思った。しかし・・今から思えば試す必要もなかったってことだな」
「うぅ・・」
和樹は涙を流した。
「東雲くん、もう一度学校へ戻って、会長に立候補しないか」
「学校・・?僕はもう中退だよ」
「それは違う。きみの扱いは休学になっている」
「え・・」
「おい、紫苑、それってマジかよ!」
俺は思わず、そう叫んだ。
「そうだ。僕が休学届を出しておいたのだ」
「紫苑くん・・そうだったんだ・・」
翔が感心したように、そう言った。
「勘違いしないでくれ。情けをかけたわけではない。我が校でも群を抜いた優等生のきみが、中退という形で、学校に汚点を残してほしくなかっただけさ」
「・・・」
「だから病院へ行って、まずその身体を治すんだな」
「うんうん、紫苑くんの言う通りだよ。和樹くん、そうしようよ」
それでも和樹は、泣き続けるだけだった。