六十六、新たな情報
それから、約一年の月日が流れた・・
俺は和樹を連れ戻すことを諦め、ラーメン屋のバイトも、とっくに辞めていた。
東雲の爺さんたちにも、俺が和樹を見つけたこと、でも和樹は帰る意思が全くないことを伝えた。
爺さんたちも、和樹を無理やり連れ戻すことには、二の足を踏んでいた。
俺は高校二年生になっていた。
翔は、毎日塾通いをしたおかげか、成績は良くなっていた。
クラス替えもあり、俺は翔と同じクラスになっていた。
紫苑もあれから、和樹が帰る意思がないことを受け入れ、これといった得策も見つからず、和樹の件からは手を引いていた。
「和樹くん・・今頃どうしているんだろうね」
翔がポツリと呟いた。
「さあな。俺はもう、和樹のことは考えないようにしてる。あいつはあいつなりに、生きる道を決めたんだろうよ」
「そうだね。考えても仕方がないことだよね」
「うん」
俺と翔は教室で、そんな話をしていた。
「それより知ってるか、翔」
「なにを?」
「島田・・あいつT大学に合格したんだぜ。しかも法学部だぜ」
「えっ・・T大学法学部って、あの超~~難関の?」
「そうなんだよ。あいつ、すげーな」
「ひゃ~~すごいね~~!」
「学生寮に入ってよ、バイトしながら通ってるらしいぜ」
「偉いなあ~~、僕、尊敬しちゃうよ」
「なんでも、弁護士になりてぇらしいぜ」
「へぇ~弁護士かぁ」
「俺たちも負けてらんねぇな」
「そうだね!」
それから俺たちは教室を出て、帰ることにした。
「やあ、きみたち」
廊下を歩いていると、前から紫苑がやってきた。
「おう」
「どうだい。勉学に励んでいるか」
「けっ。お前はどうなんだよ」
「心配無用。きみはどうなんだい。朝桐くん」
「おかげさまで。紫苑くんに心配してもらうことはないよ」
翔は、自分の成績が上がったことで、紫苑に対して以前のように、弱腰ではなかった。
「そうか。それはなによりだ。ところで・・」
紫苑は何か言いた気だった。
「ある情報を耳にしたんだが、聞く気はあるかい?」
「なんだよ、情報って」
「東雲くんのことだよ」
「え・・」
俺と翔は顔を見合わせた。
「聞くかい?それとも見送るかい?」
「言えよ・・」
「言え、とはなんだ」
「わかったから。聞くっつーの」
「きみは、どうする」
紫苑は翔に向かって、そう言った。
「僕も聞くよ」
「そうか。わかった。では、帰りながら話すとしよう」
そして俺たち三人は、校門を出て駅に向かった。
「紫苑、早く話せよ」
俺は、紫苑が話をじらしていると感じ、イラついてそう言った。
「ああ。東雲くんだが、かなりヤバイことに手を染めているぞ」
「えっっ!」
俺と翔は、顔を見合わせ、互いに驚いていた。
「なに・・そのヤバイことって・・」
翔は、恐る恐る訊ねた。
「まだ確実とは言えないんだが、東雲くんは、このままでは・・」
「なんだよ!はっきり言えって!」
俺は更にイラついた。
「いや・・その前に、水花田という女性がいただろう」
「ああ」
「水花田は東雲くんと手を切ったぞ」
「えっ!マジかよ!」
「見限った・・と言うべきだな」
「どういうことだ!」
「東雲くんは、ドラッグに手を染めているかも知れない」
「なっ・・なんだと!!」
「ドラッグって・・」
翔は唖然としていた。
「ってか、お前、和樹のことから手を引いたんじゃなかったのかよ」
「引いたさ。表立ってはね」
「はあ?」
「だから、僕はホストクラブへ行くのはやめたが、追跡調査は怠ってなかったのだよ」
「そ・・そうか・・」
「はっきり言って、東雲くんは孤立しているぞ」
「ま・・マジかよ・・」
「このままだと、ホストも追われるんじゃないか」
「じ・・じゃあ、和樹はどこで住んでるんだ」
「それは今、調査中だ」
和樹・・あの女と手が切れたのはいいとしても・・でも、自分から切ったんじゃなくて、見限られたんだよな・・
どういうことだよ・・
それほど、荒んでしまったということなのかよ・・
ドラッグって・・
「紫苑」
「なんだ」
「ドラッグって・・覚せい剤か」
「いや、そうではないようだ。今は脱法ドラッグ程度だが、このままだと覚せい剤に手を出しかねないぞ」
「マジかよ・・」
「たけちゃん・・」
翔が口を開いた。
「なんだよ」
「新宿へ行ってみない?」
「え・・」
「和樹くん・・このままだと死んじゃうよ」
「う・・うん・・」
「店へ行ってみようよ」
「そうだな・・」
「今回は、きみたち二人で行ってくれ」
「紫苑、お前、それでいいのか」
「僕は東雲くんの住居を調べる」
そして俺と翔は、その足で歌舞伎町へ向かった。
「たけちゃんは、一年前、ここでバイトしてたんだよね」
翔は歌舞伎町に着き、周りを見渡しながらそう言った。
「うん」
「派手な街だね」
「そうだな」
「和樹くん・・こんなところで、もう一年以上も働いてるんだ・・」
「・・・」
「大変なことになってなきゃ、いいけど・・・」
俺たちは、和樹が勤めるホストクラブの前まできた。
「たけちゃん、ここなの?」
翔が店を見て、不安そうに言った。
「うん」
「ここで待つの?」
「いや、あそこのカフェに行くか」
俺は、紫苑とよく通ったカフェを指した。
「そっか。わかった」
「あれ・・また、きみ来たんだね」
俺たちがカフェへ向かおうとすると、店長が話しかけてきた。
「あ・・どうも」
「きみ、ラーメン屋のバイト辞めたんだね」
「はい・・」
「で、今日はなに?」
「和樹・・いや、リュウは、どうしてるかなと思って」
「リュウ?とっくに辞めてもらったよ」
「え・・」
俺と翔は、顔を見合わせ、お互いの表情には不安が見て取れた。
「辞めたって・・今はどうしてるんすか」
「知らないな」
「え・・」
「彼ね、店で問題、起こしちゃってさ」
「どういうことっすか」
「店の男の子と揉めてね。で、ケガさせちゃって。それで」
「それって、リュウが嫌がらせを受けてたんじゃないんすか」
「それもあるけどさ、やっぱり手を出したらダメだよ」
和樹が暴力を・・マジかよ・・
「あの・・リュウはどこに住んでるんすか」
「さあ。あの子はずっと特定の人と住んでいたけど、その関係も今では過去のことだし。家を追い出されたと思うよ」
特定の女って・・水花田だな・・
和樹、追い出されたのか・・
「だからもう、ここにはリュウはいないよ」
「そうっすか・・」
そして店長は、店の中へ入って行った。
「たけちゃん・・」
「和樹・・どこへ行ったんだ・・」
「その、水花田って人のところへ行こうよ」
「え・・でも、和樹はいねぇんだぜ」
「居場所くらい知ってるかも」
「ああ、そっか。よし、行ってみようぜ」
そして俺たちは、水花田のマンションへ向かった。
階段で三階まで上がり、やがて306号室の前まできた。
俺はインターホンを押した。
「はい」
すぐに水花田は反応した。
「あの・・俺、一年前にリュウとダチだった者です」
「え・・どなた?」
「ラーメン屋でバイトしていた、時雨といいます」
「ああ・・あの生意気な・・。で、今日はなにかしら?」
「和樹、いや、リュウの居所は知りませんか」
「ちょっと待って」
水花田はインターホンを切り、すぐにドアを開けて出てきた。
俺と翔は、軽く会釈をした。
「リュウの居所なんて、知らないわよ」
「どこか、心当たりとか、ないんすか」
「知らないわ。あんな子」
水花田は、突き放すように言った。
「リュウと何があったんすか」
「あの子さ、散々ダメだって言ったのに、ドラッグに手を出しちゃってさ。おまけにお酒に溺れてさ」
「えっ・・」
「あの子、アル中よ」
「そんなっ・・」
アル中って・・マジかよ・・
翔は、驚きのあまり、手で口を押えていた。
「最初はね、よかったのよ。頭もいいし、優しいしね」
「・・・」
「それで私の仕事を手伝ってもらおうと、目をかけてあげたんだけどね。段々様子が変わっちゃってね」
「それで・・そんな状態のリュウを、あんたは追い出したのか」
「だって仕方がないでしょ。言うこと聞かないんだから」
「酷でぇじゃねぇか!なんでそんなになるまで、放っといたんだよ!」
「私は、役に立たない子を面倒見るほど、お人好しじゃないのよ」
「なっんで・・なんで追い出したんだ!俺に言ってくれりゃあ、引き取ったのに!!」
「ちょっと、大声出さないでよ。近所迷惑でしょ」
「知るかよ!クソババア!」
俺はそう言って、その場を立ち去った。
「たけちゃん!」
翔がそう言って、すぐに後を追いかけてきた。
「たけちゃん、待ってよ」
「くそっ・・くそっ・・」
「たけちゃん、落ち着いて」
「和樹、ドラッグやってアル中だってよ・・」
「うん・・」
「あいつ・・まだ十八だぜ・・」
「うん・・」
「なにやってんだよ!クソ和樹!」
俺はマンションの壁を、何度も叩いた。
「たけちゃん、やめて!ケガするよ!」
「ちくしょう・・ちくしょう・・」
俺の手から、血が流れた。
「たけちゃん!」
「なんだよ!」
「たけちゃんが、やけになってどうするんだよ!血まで流してさ!」
「こんなもん、どうでもいい!バカ和樹め・・ぶっ殺してやる!」
「たけちゃん!落ち着こうよ。今すべきことは、和樹くんの居所を見つけることだよ」
「わかってらぁ・・」
「紫苑くんが調べてくれてるんだし、それを待とうよ」
「翔・・」
「なに?」
「俺・・やっぱり去年・・無理やりにでも連れ戻すべきだった・・」
「たけちゃん・・」
「あの時、首に縄をつけてでも、連れ戻すべきだったんだ・・」
「そんなこと、今更言ってもしょうがないよ。大事なのはこれからでしょ」
「・・・」
「さあ、帰ろう」
そして俺たちは、新宿駅へ向かった。