六十四、景須の弟
コンテストやらも終わり、なぜか俺とトモのペアが優勝した。
トモは「ご褒美がもらえる!」と言い、たいそう喜んでいた。
俺も、なんか高級時計をもらったが、封も開けずに鞄の中へ入れた。
そして俺はRの前で、景須を待った。
「よう、ルイ。待たせたな」
「いえ・・」
「じゃあ~、とりあえず、寿司でも食いに行くか」
「あ・・はい」
そして俺と景須は、近くにある寿司屋へ入った。
「おや、景須さん。こんな時間にお珍しい」
店主らしきジジイが、親しげに声をかけた。
「二階、空いてるか」
「はい。どうぞ」
店主は俺を、上から下まで舐め回すように見た。
キモっ・・見んなよ。
それから俺たちは、二階の座敷へ案内された。
大きな座卓を挟んで、俺たちはそれぞれに座った。
「さてと。おめぇ、特上でいいか」
「え・・別に俺は・・」
「遠慮すんな。なんたって、おめぇは優勝者だ。ご馳走してやるよ」
「そうすか・・じゃ、お任せします」
そして景須は、室内電話で特上二人前を注文していた。
「おめぇ、いくつだ」
え・・マジの年、言っていいのかな・・
「十六っす」
「げっ、マジかよ!」
「はあ」
「おめぇ、どう見たって二十歳は超えてるぜ」
「よく言われるっす」
「じゃ、酒はダメだな」
いや・・俺、さっき思いっきし、シャンパン飲んだんだけど・・
「で、おめぇ、なんで俺の兄貴と知り合いなんだ」
「それ、訊くんすか」
「なんだ、不都合なことでもあるのか」
「別に、そういうわけじゃないっすけど」
「おめぇ、本名はなんてんだ」
「時雨健人っす」
「ほう」
「景須さんは、ここら辺りを仕切ってんすか」
「そう大仰なもんでもねぇが、そんなとこっちゃぁ、そうだな」
「そうっすか」
「俺は景須組の傘下でな。兄貴がトップだ」
「へぇ」
「で・・水花田のことだったよな」
「はい」
「お待たせしました」
さっきの店主が、寿司桶を持って入ってきた。
「おお~、相変わらずネタがいいな」
「恐れ入ります。今朝、仕入れたものです」
「そうか。さ、時雨、遠慮せずに食えよ」
「はい」
座卓に並べられたその寿司は、俺が見たこともない、ましてや口にしたこともない高級品だった。
「それでよ、水花田のこったが、あいつぁ~いけねぇ」
景須は大きな口を開け、ウニを美味そうに食った。
「そうなんすか」
俺は大トロを口に入れ、うめぇなと思った。
「あの女は、てめぇの気に入ったホストを金で囲い、飼い慣らした後は、まるで下僕のように扱っているらしいぜ」
「下僕・・」
「今、傍に置いてるホストは、えっと、なんと言ったかな・・」
「リュウじゃないすか」
「おお、そうそう。リュウってやつだ。おめぇよく知ってるな」
景須は箸を俺の方に向け、指す形でそう言った。
「そいつ、俺のダチなんすよ」
「マジか!おめぇ、マジで訳ありな感じだな」
「訳ありっつーか、俺、リュウを探しにここへ来たんすよ」
「ほう。するとなにか、リュウが訳ありってことか」
「えぇ・・まあ」
「なるほどなぁ」
そこで景須は、室内電話で酒を注文した。
「俺、リュウを連れて帰りたいんすよ。どうしたらいいっすかね」
「連れて帰りてぇったって、水花田が離さねぇと思うぜ」
「そこを何とか・・」
「そのリュウってのか。べらぼうに頭がいいらしいじゃねぇか」
「うん。マジで秀才なんすよ」
「そこなんだよ。水花田がリュウを手放さない理由はよ」
「そうなんすか・・」
「水花田は、なんでも新しい事業を起こすってんで、リュウを右腕にしてぇらしいぜ」
「事業ってなんすか」
「ITとか、なんとか聞いたが、それも怪しいもんだ」
「なんでですか」
「っんなもん、表向きはなんとでも言えるさ。俺らヤクザと同じだよ」
「お待たせしました」
そこで店主は、日本酒の熱燗を運んできた。
「時雨、おめぇもどうだ」
「いや、俺はいいっす」
「そうか。ま、未成年だしな」
そう言って景須は独酌で、美味そうに呑んでいた。
「あっああ~~、うめぇ。たまらねぇな」
「日本酒って、そんなに美味いんすか」
「うめぇのなんのって。やっぱり寿司には、これがなけりゃ始まんねぇってもんよ」
「ところで、景須のお兄さんって、いい人っすね」
「だろ?兄貴は男気があってな。つか・・おめぇどういう知り合いなんだ」
俺は身代わりのことくらい、話してもいいかと思った。
もう、景須のおっさんにもバレてることだしな。
「俺、ヤクザの身代わりやったことあるんす」
「はあ??」
「ってか・・そのヤクザってリュウなんすよ」
「え・・なにっ!おめぇ・・それって東雲のことか」
「うん」
「おいおい、おめぇだったのかよ!あははは、マジかよ!」
景須は驚きと同時に、腹を抱えて笑った。
「知ってるんすか」
「あははは!こりゃ~~たまげた。おう、知ってるともよ!」
「そうすか・・」
なんか、めちゃ嬉しそうなんだけど・・
「おめぇ、兄貴の前で、えらい啖呵切ったらしいじゃねぇか」
「まあ・・」
「兄貴よ・・正直、東雲の跡目より、おめぇの方がいいっつってたぞ。ここだけの話だぜ・・」
「マジすか・・」
「いやあ~~おれぁ~一度会ってみたかったんだ。おめぇに」
「はあ・・」
「そうか、そうか。おめぇだったのか」
景須は超ご機嫌になり、さあ食え、食えと、しつこく勧めてくるのだった。
「で、そんなおめぇが・・東雲の跡目を探しに・・か。これぁ~かなり深刻だな」
「でも、リュウが失踪したこと・・お兄さんには言わないでほしいんだ」
「ほうー」
「だってさ、跡目が失踪したなんてこと知れたら、東雲は解散しなくちゃなんねぇだろ」
「なるほど」
「だから、俺が必ずリュウを連れて帰るから、黙っててくれな・・」
「よしっ!わかった」
景須のおっさんも、物分かりがいい人だったけど、弟も似てるな・・
「おめぇ、ラーメン屋なんて、しけたところで働いてないで、俺の店で働けよ」
「いやいや、それはいいっす。マジで」
「そうかあ・・まあいい。で、俺にできることがあれば、いつでも言えよ」
「景須さんの力で・・水花田とリュウを引き離すことって、できないすか」
「それゃぁ~無理ってもんだ」
「え・・」
「この世界もな、もう昔みてぇにカタギを脅してどうこうなんて、できねぇんだよ。すぐに訴えられちまうからな。で、お縄だ」
「そうっすか・・」
「おめぇの力で、連れ戻せ。そのためなら俺は協力するぜ」
「うん。ありがとう」
それから景須は、また特上を二人前注文し、俺たちは全部平らげて、店を後にした。
そして二日後、また紫苑が女装して、ラーメン屋へ来た。
「いらっしゃーい」
店長は、餃子を焼きながらそう言った。
「なんにしますか」
俺は注文を訊いた。
「味噌ラーメン一つ」
「はい。かしこまりました」
「時雨くん・・後で話がある」
「わかった」
それにしても、紫苑の女装は、マジの女子にしか見えねぇな。
小柄だし、細いし、顔はいまいちだけど、それなりに化粧もして、なんだったらナンパもされんじゃねぇのか。
「時雨くん・・僕の顔になにかついているのか」
「いや、別に」
「仕事をしたらどうなんだ」
「言われなくてもするっての」
「持ち場へ行け」
「ぷぷ」
「なにを笑っている。不謹慎だぞ」
「ファストフードでいいんだな」
「ああ」
紫苑は味噌ラーメンを、美味そうに食っていた。