六十三、コンテスト
それから三日後、R店における、ホストコンテストの日がやってきた。
「じゃ、店長。俺、行きますけど、店、大丈夫っすか」
俺はバイトを昼に切り上げ、店を出る前に店長にそう言った。
「ああ。大丈夫だ。行ってらっしゃい」
「あ、俺、コンテスト終わったら、戻ってきますんで」
「そんな。今日はもういいよ」
「そうっすか」
そして俺はRへ向かった。
俺を推薦したホストは、源氏名が「トモ」。
つーか、源氏名しか、知らない。
年は二十代の後半で、さほどイケメンではないが、優しい人だった。
俺は出前の時と同様、裏口から入った。
「まいど~埴輪です~」
「あはは。今日は埴輪じゃないよね」
トモは椅子に座って待っていた。
「いつものクセっすかね」
「来てくれてありがとう。じゃ、早速、この服に着替えてね」
トモが白のシャツと黒スーツを俺に差し出した。
俺はそれを受け取り、着替えた。
「おお~、思った通り、似合ってるね。でも、もっと、胸をはだけてね」
トモが、シャツのボタンを、もう一つ外した。
「そうっすか・・」
「じゃ、僕が髪をセットしてあげるから、ここに座って」
トモは鏡の前の椅子に、俺を案内した。
俺は言われるがまま、椅子に腰かけ、頭のセットをしてもらった。
「ほーら、素敵だね」
トモは鏡越しに、そう言った。
俺の短い髪は、ジェルを塗られて、それなりに形になっていた。
「どうも・・」
「あまり緊張しなくていいよ」
「あ・・はい・・」
「じゃ、お店に行こうか」
トモはそう言い、俺も後に続いた。
店の中は、それぞれホストがペアになっていて、俺はトモの横に並んで立った。
「えー、それでは、みんな揃ったところで、コンテストを始めたいと思います」
店長と思しきホストがそう言い、コンテストやらが始まった。
「さ、時雨くん、行くよ」
トモが俺の手を引き、あるテーブルに着いた。
そこに客人がたくさん入ってきた。
うわあ~~・・ババアばっかりじゃねぇか・・
ぐはっ・・吐きそうだ・・
「お客様。本日はようこそRへお越しくださいました。どうぞ夢のひと時を、ゆっくりとご堪能ください」
店長がそう言い、ババアたちはそれぞれに、好きなテーブルに着いた。
「お嬢様・・ようこそいらっしゃいました。わたくしトモと申します。こちらはルイでございます」
トモが席に来たババアに、そう挨拶した。
ってか・・俺ってルイなのか・・ルイってさ・・
「こんにちは。トモくん、ルイくん。よろしくね」
そのババアは、いかにも今日のために、朝から美容室へ行ってきましたよ、というヘアスタイルで、ラメも振りまくられていた。
ドレスってのか・・ひらひらしたイカみたいな服を着ていた。
「お嬢様・・なんなりと御申しつけください」
「そうね。じゃ、シャンパンを」
「かしこまりました」
トモは慣れた手つきで、ボーイにシャンパンを注文していた。
俺・・なにすりゃいいんだ?
「ルイくん、年はいくつなの?」
ババアが気持ち悪くそう言った。
え・・まさか十六って言えねぇしな・・
「えっと・・二十三です」
「まあ~~!お若いのね」
「どうも・・」
「あら~~シャイなのねぇ~」
いやいや・・そうじゃねぇし・・
気持ちわりぃんだよ・・
「お嬢様、シャンパンがまいりました。さ、グラスをお持ちください」
トモがそう言い、ババアは嬉しそうにグラスを持った。
ババアは、シャンパンが注がれている最中も、俺を見ていた。
キモイんだよ・・ババア。あっち向け。
「トモくん」
「はい、なんでございましょう。お嬢様」
「あとで・・ルイくんと踊りたいのだけれど・・」
「はい、かしこまりました」
トモは俺を見て、済まなそうにしていた。
マジかよ・・嘘だろ・・こんなババアとダンス・・?
「時雨くん・・ごめん・・」
トモは俺の耳元でそう言った。
「トモさん・・俺、困りますよ・・」
「ごめん・・」
ったく・・仕方がねぇな・・
それからババアは、食いもんは注文するわ、おまけにドンペリも注文するわで、大盤振る舞いをしていた。
「よう、トモ。そっちの新人かい?」
そこで、とてもいかつい男がトモに声をかけてきた。
「あ、どうも、景須さん。お久しぶりです」
え・・今、景須って言ったよな・・
でも、あの景須と違う・・
同じ苗字なのか・・
「この子は今日のコンテスト要員です」
「ほう。いい男じゃねぇか」
「ルイくんです。ルイくん、こちらここのオーナーの景須さん」
「どうも・・ルイです」
「コンテスト要員か。お前、点数稼ごうとしたな」
おっさんがトモにそう言った。
「とんでもないですよ~、景須さん。ヤダな~」
「まあいいさ。しっかりやってくれ」
そう言っておっさんは、各々のテーブルを回っていた。
「トモさん」
「なに?」
「あの景須さんって・・何者ですか」
「何者って・・オーナーだけど」
「そうですか・・」
「怖いでしょ」
トモは笑ってそう言った。
「別に怖くないすけど」
「ま、実際、怖いんだけどね」
「え・・」
「その筋の人だから・・」
その筋って・・ヤクザか。
ひょっとして・・景須の親分と関係があるんじゃねぇのか。
それから、ダンスタイムが始まり、俺はババアと踊らされた。
もう・・この世の地獄としか思えないほど、苦痛極まりない時間だった。
しかしババアの顔は、俺をずっと見上げて、まさにこの世の春という感じだった。
やっと地獄の時間が終わり、俺はトイレへ行った。
トイレへ入ると、さっきのおっさんがいた。
「おう、ルイか」
おっさんは、タバコを加えて小便器に向かっていた。
「はあ・・」
俺はその横に立った。
「おめぇ、ここで働く気、ねぇか」
「いや・・あの、ちょっと訊きたいんだけど」
俺は景須のおっさんのことを、訊いてみようと思った。
「なんだ」
「景須さんって・・兄弟とかいますか」
「なんだ、それ」
「いや・・俺、景須さんって人、知ってるんすよ」
「えっ・・」
おっさんは俺の方を見た。
「ヤクザの親分なんすけど」
「おい・・それ、俺の兄貴だぜ」
「マジっすか!」
俺もおっさんの方を見た。
「おいおい・・どういうこった。なんで俺の兄貴を知ってるってんだ」
「まあ・・ちょっと」
「そうか。まあいい。で、おめぇここで働く気、ねぇか」
「いや・・それはないっす」
そんな話、関係ねぇだろ・・
「そうかぁ。もったいねぇな」
「景須さんって・・ホストクラブに来る客のこととかも、知ってんすか」
「ああ。知ってるよ」
「あの・・別の店の客もですか」
「まあな」
「じゃ・・水花田って人、知ってますか」
「知ってるとも。で、その女がどうかしたか」
「いや・・どんな人なのかなと」
「あいつぁ~、やり手だぜ」
やり手ババアか・・
「そうっすか・・」
「なんだ、おめぇ、訳ありか」
「いやいや、ないっす、ないっす」
「言っとくが、あいつには気をつけな」
「え・・」
「ここらのホスト、何人も手玉にとってな。今も、いいのがいるみたいだぜ」
和樹のことだ・・
手玉にとるだと・・?
和樹・・お前・・なにやってんだよ・・
「おめぇ、水花田のこと、知りてぇのか」
「はい・・」
「そうか。じゃ、俺が教えてやっから、ここが終わったら店の前で待ってろ」
そして俺は、景須の弟と、改めて会うことになった。