六十一、リュウの情報
それから間もなく、夏休みに入り、俺は歌舞伎町の一角にある、ラーメン屋でバイトをすることにした。
ここのラーメン屋は、ホストやキャバクラの女たちが、仕事終わりによく立ち寄る店であることを、俺は事前に調べていた。
「時雨くん!出前入ったよ!」
店長の七両が、汗を垂らしながらそう言った。
「はい!どこっすか」
「いつものホストクラブRだ!」
いつものホストクラブというのは、和樹が勤めているところとは別のホストクラブだ。
ここのホストは、よく出前を注文する。
「はい、行ってきます!」
俺は岡持ちを持って、Rへ向かった。
俺がバイトを始めて、一週間が過ぎていた。
「まいど~埴輪です~」
埴輪というのは、ラーメン屋の店名だ。
俺は裏口のドアを開け、そう言って中へ入った。
「どうも、ご苦労さん」
ラーメンを待っていたホストが、そう言った。
「こちらに置きますね」
俺はテーブルに、ラーメンを置いた。
「ありがと。いつも通り、つけといてね」
「はい、わかりました」
「それにしても、きみさ~、ラーメン屋のバイトにしておくのは、もったいないねぇ」
「そんなことないですよ」
このホストは、俺をホストクラブで働くよう、何度か誘っているのだ。
「そんなにイケメンなのにさ、ここならすぐにNo.1間違いなしなんだけどな」
「俺には向いてないっす」
「そっかぁ~。ま、その気になったらいつでも言って」
「ありがとうございます」
そして俺は、裏口から店を出た。
俺はもう、何度も和樹を目撃していた。
もちろん和樹は、俺がラーメン屋でバイトしてることは知らない。
「時雨くん!餃子、あがったよ。三番テーブルね」
「はい!」
この店は客も多く、繁盛していた。
最初、兄貴に相談した時は反対されたけど、俺はどうしても和樹を連れて帰りたい、その一心で頼み込んだら、兄貴は許してくれた。
そこにホストが二人入ってきた。
この二人は、和樹と同じ店で働くホストだ。
「いらっしゃいませ。なににしますか」
俺は注文を取りに行った。
「えっと~塩ラーメン二つね」
「はい、かしこまりました」
この二人は仲がいいのか、いつも二人で来店する。
さすがホストだけあって、二人ともイケメンだが、和樹ほどではなかった。
「でさ・・昨日、やばかったよな・・」
「ああ。リュウがあんなに切れるとは思わなかったぜ」
リュウ・・和樹のことだ・・
切れたって・・あの和樹が切れたってのか・・
「でもあれは、ジョーが悪いんだぜ」
「それな。ジョーはリュウに嫉妬してんだよ」
「男の嫉妬は、醜いよな。ああ~こえぇぇ~~」
「お前は嫉妬されないから、ぜっんぜん怖がる必要ねぇし」
「うるせー!」
和樹・・ジョーってやつに嫌がらせでもされたのか。
「塩ラーメン、お待たせしました」
俺はホストのテーブルに、塩ラーメンを運んだ。
「あいっ。どうも」
二人は箸を持ち、ラーメンを美味しそうに食べていた。
「それにしてもさ~、リュウって頭いいのな」
「それな。嫉妬の原因は、それもあんだよ」
「俺さ、こないだリュウと同じテーブルに着いたんだけどさ、ほら、確か学校の先生が来てただろ。大学の教授?ってのか」
「ああ。法学部だっけか。その教授な」
「リュウって、その教授と対等に議論してんだぜ」
「だろうな」
「でさ、教授、喜んじゃって。もうあれは、リュウにぞっこんだな」
「だな」
俺は二人の会話を聞いて、やたらと「リュウ」と呼ばれることに嫌悪感を覚えていた。
っんだよ・・リュウって・・
「でも男ってのが、ヤベーよな」
「そうそう」
え・・大学教授って・・男なのか・・
嘘だろ・・
和樹・・大丈夫なのか・・
「いらっしゃーい」
店長がそう言って、また一人お客が来た。
その女性は若く、小柄で細く、見た目もキャバクラの女には見えなかった。
珍しいな・・この手の普通の客。
「いらっしゃいませ、なににしますか」
俺は注文を訊いた。
「時雨くん・・」
え・・?この女、俺のこと知ってんのかよ・・誰だ・・
「はい・・」
「僕だよ・・僕」
「え・・」
「紫苑だよ」
げっ!!
マジかよ!!
「お前!」
「しっ・・声が大きいよ・・」
「お前・・なにやってんだよ・・」
「行ってきたんだよ・・」
「え・・それって・・」
「察しの通りだ」
こいつ・・女装して・・
ほんとに行きやがったんだ・・バカめ!
「味噌ラーメン一つ」
「え・・?」
「なにをやっているんだ。きみは、注文を訊きにきたんじゃないのか」
「あ・・ああ」
そして俺は、味噌ラーメンを通した。
「お前・・話がある。バイトが終わるまで待ってろ」
「当然だ。そのために、ここに来たんだよ」
そして俺は紫苑と、24時間開いてるファストフード店で、待ち合わせをすることにした。
それにしても、あいつの女装・・まったく本人とはわからなかったぞ・・
よくあこそまで、化けたもんだ・・
俺がファストフード店へ行くと、紫苑は本を読みながら待っていた。
「紫苑」
「あっ、来たね」
そう言って紫苑は、本を鞄にしまった。
「お前な・・なにやってんだよ」
「なにって、そのままだよ」
「だから・・どうして店へ行ったんだよ」
「きみは、どうしてあの店でバイトしているんだ」
「それは・・」
「きみは、バイトという方法で東雲くんを監視。僕は客という形で店へ潜入捜査。なにか問題でもあるのか」
「お前・・監視とか捜査とか、「ごっこ」やってんじゃねぇんだよ」
「きみ・・コーヒーの一つでも注文しないと、この店に失礼だぞ」
「はあ?」
「タダで、この店で居座ろうと言うのか」
「はっ。ちげーしっ!」
俺はカウンターへ行き、コーヒーを頼み、それを持って席へ戻った。
「で、和樹と話したのか」
「話したよ」
「マジかよ!お前、余計なこと言ったんじゃねぇだろうな」
「僕を見くびってもらっちゃ、困るね」
「どういう意味だよ」
「僕がわざわざ女装した意味を、どう考えているんだ」
「それは、正体を隠すためにだろ」
「あの店は、どうやら男性客もOKのようだ。それならば僕はわざわざ女装する必要もない。その僕がわざわざ女装したということはだな・・」
「わかった!わかったから、話を進めろ」
周りの客は、俺たちを見て、痴話げんかをしているカップルに見えている風だった。
「僕はリュウを指名した」
「それで?」
「東雲くんは、僕とは全く気がつく様子がなく、僕はまず、他愛もない話から進めた」
「うん」
「東雲くんはNo.1だけあって、それはすごい人気だったよ」
「そうか」
「そして間もなく・・パトロンと思しき女性が現れ、東雲くんは女性が座る席へ移動した」
「うん」
「僕はその後、二人の様子をずっと見ていた。僕の目から見て、あの二人の関係は、決して男女のそれとは思えなかった。例えるならば、上司と部下、若しくは友人関係に近いものを感じたぞ」
「そうなのか・・」
俺はそれを聞いて、少し安心した。
「しかしだ・・東雲くんは人気があるのだが、どうも同僚から嫌がらせを受けているな・・」
「そっ・・そうなんだよ!俺もそれを聞いた」
「誰から?」
「ラーメン屋の客から」
「ほう、そうか。まあいい。それでだ。なぜ僕がそう感じたかというと、東雲くんを見る、同僚たちの冷たい視線だ。まるでカエルを睨む蛇のようだったぞ」
「そっか・・」
「僕が推察するに・・東雲くんはパトロンの女性が着いているから、大事に至っていないのでは、とね」
「え・・」
「それと店長だ。あ、きみも知っているだろう。あの日、僕たちに嘘をついた男。あれが店長だ」
そうか・・あの男、店長だったのか・・
「店長は東雲くんを可愛がっている風だった」
「そうか・・」
「店長、それと上客である、あの女性。このツートップがいる限り、東雲くんの身は、とりあえず安全だ」
「そっか・・」
「それにしてもきみ、よくも僕を出し抜いて、勝手に行動してくれたな」
「出し抜いてなんかねぇよ」
「この僕に一言の相談もなしに、バイトなどと・・」
「いいじゃねぇか。俺にできるのは、このくらいのこった」
「まあいい。それでだ。僕は今後もあの店に通う」
「え・・マジかよ!」
「二学期に入ると、さすがに無理だが、少なくとも夏休みの間は時間があるからな」
「お前、勉強はいいのかよ」
「心配無用。きみこそ、どうなんだ」
「余計なお世話だよ」
「じゃ、そういうことだ。また新たな情報が得られれば、ラーメン屋に寄る」
そして俺と紫苑は別れた。