五十九、奈津子の捜索
俺は次の日、早速、奈津子に電話をかけた。
「もしもし、俺、時雨だけど」
「ヤダ~~、時雨くん?お久しぶりね」
「ああ」
「で、なになに?」
奈津子は早くも、嬉々とした声でそう言った。
「あの、頼みがあるんだけどさ」
「なになに~~」
「新宿のホストクラブへ行ってほしいんだけど」
「えっ・・なにそれ」
「そこで働いているホストが、俺のダチかどうか確かめてほしいんだよ」
「どういうこと?」
「うん・・ちょっと探してんだ。そのダチ」
「そうなんだ~」
「で、俺、男だし、店に入るの無理だし」
「そうなんだ。いいよ!」
「写真送るから、切るぞ」
そして俺は、一旦電話を切り、和樹の写真を奈津子の携帯に送信した。
すると、すぐに奈津子からかかってきた。
「あら~、この子、時雨くんに似てるわね」
「でさ、そいつ和樹ってんだけど、名前は出さねぇでほしいんだ」
「そうなんだ・・。なんか訳ありな感じね」
「まあな。んじゃ頼むな」
「わかった。また連絡するね」
よし・・これでとりあえず、和樹がいるかどうかは、確認できるな。
それから数日後、奈津子から電話がかかってきた。
「時雨くん!行ってきたわよ」
「そうか。で、どうだった」
「いたわよ・・和樹くん」
「やっぱり・・」
「でね、ちょっと込み入った話になるから、会って話したいんだけど」
「そうか。わかった」
そして俺と奈津子は、会うことになった。
「時雨くん」
俺が電話を切ったとたん、後ろで紫苑が声をかけてきた。
「っんだよ、お前。いたのか」
俺は校庭を歩いていた。
「きみが・・勝手に行動するのではないかと思ってね。目を光らせていたんだよ」
「お前・・ストーカーかよ」
「今、電話をしていたね」
「なんだよ」
「もしや、東雲くんの新たな情報がとれたのか」
「ああ」
「きみ・・この件から僕を外そうとしていないか」
「今までありがと!あとは、俺がやっから!」
俺は、少しからかったように、紫苑を突き放した。
「そうか。きみが僕を外すなら、単独行動するまでだ」
「お前な・・」
「僕は、東雲くんの謎が解明されるまで、手を引くつもりはないからね」
「お前、勘違いしてんじゃねぇよ。これはあくまでも、俺と和樹の問題なんだよ。おめぇは、もういい」
「心外だな。僕が東雲くんの居場所を突き止めたんだぞ」
「それは感謝する。ありがとな」
「感謝など無用。僕は女装してでもあの店に行く」
「はあ??」
「それを止める権利は、きみにはないはずだ」
こいつ・・マジだからな・・
こいつがあの店へ行ってみろ・・また「はい!」と手をあげて、「きみは東雲くんだね」とか言うに決まってんだ・・
それじゃ、何もかも台無しだ。
和樹に逃げられてしまう。
「しょうがねぇな・・わかったよ」
「それで、電話の件だが・・」
「お前、大家先生、知ってんだろ」
「ああ。きみを贔屓していた先生だな」
「いや、してねぇし。で、大家先生が店へ行ったんだよ」
「ほう。そういうことか」
「で、明日会うから」
「了解した」
そして次の日の放課後、俺と紫苑は奈津子との待ち合わせ場所へ向かった。
「大家先生は、たいそうきみのことが気に入っていたな」
俺と紫苑は、待ち合わせの場所に着き、そんな話をしていた。
「俺、関係ねぇし」
「生徒に、ああも色目を使うのかと、僕は寒気を覚えたよ」
「知らねぇし」
「まあいい。それが結果的に幸運をもたらしたわけだ」
「はあ?」
「大家先生は、きみの言うことならば、何でも受け入れるということだ」
「そんなもんかねぇ」
「あっ、来たぞ」
そこに奈津子が、また変なお洒落をして走ってきた。
「うわあ・・なんだ、あの下品な身なりは・・」
奈津子は白いフリルのついたミニスカートを穿き、大きな花をつけたピンクのブラウスを着ていた。
さすがの紫苑も、唖然とするほどだった。
「時雨くん~~!」
「よう」
「え・・あれっ?紫苑くんじゃないの」
「どうも、先生」
「なんで紫苑くんがいるの?」
奈津子は合宿の時に、紫苑に冤罪を吹っ掛けられたこともあって、不機嫌になった。
「俺と紫苑、E高校合格したんだよ。ほら、この制服な」
「えっ!時雨くんはともかく、紫苑くんも・・?へぇ~」
「意外だと言いたいように、聞こえますが」
「きみ、合宿のテストで、散々だったじゃない」
奈津子は、嘲笑した。
「先生、その身なりはなんですか。お年を考えられた方がよいかと」
紫苑は奈津子の嘲笑をかき消すように、反撃した。
「放っといてよね。でも、なんで紫苑くんがいるのよ」
「先生がホストクラブへ行った件。僕も若干ながら関係しているのです」
「ふぅ~ん」
「で、先生。話を聞かせてくれよ」
「ああ・・そうだったわね。お茶しながら話すわ」
そして俺たちは、近くにあるカフェに入った。
「三名です」
紫苑は、店員が訊ねる前に、先にそう言った。
「時雨くんだけが来るかと思ってたのに・・」
奈津子は小声で、俺にそう言った。
「別にいいじゃねぇか。さ、座ろうぜ」
紫苑はとっとと先に座り、俺たちも後に続いた。
「で、どうだった」
「時雨くん、先に注文しないと、肝心な時に話の腰を折られてしまうぞ」
俺が早速、話を聞こうとしたら、紫苑がそう言った。
「お前は・・ほんと細けぇのな」
そして俺たちは、コーヒーを三つ注文した。
「それで、どうだった」
「時雨くん、きみはどうしてそう急くのだ」
「話を聞きに来たんだぜ?たりめーだろが」
「コーヒーが来てからにするべきだと、思うのだが」
「紫苑くんって相変わらずね」
奈津子が呆れたように、ため息交じりにそう言った。
「どういう意味ですか」
「物事、なんでも杓子定規にいかないのよ」
「当然ですよ。しかしながら、まずは、より合理的に、かつ、ロジカルに考えるべきだと思うのですが。その上で、非合理的なことが発生すれば、そのつど事象に則した対応をすべきかと」
「こんな高校生、ヤダ~」
「先生、僕の持論は間違っていないと思うのですが。異論があるなら仰ってください」
「いや・・もういい・・」
「お待たせしました」
そこにコーヒーが運ばれてきた。
「さあ、先生、話していただきましょうか」
紫苑は、店員が去ったと同時に、そう言った。
「ちょっと待ってよ。お砂糖とミルク入れるんだからね」
「先生、それくらいは、話しながらでもできると思うのですが」
「もう~~、時雨くん~。この子、なんとかしてよ~」
「まあまあ・・。紫苑、お前、うるせぇぞ。ちょっとは黙ってろ」
「心外だな。僕の発言権を奪うと言うのか」
「っじゃなくて・・」
奈津子は、話をする前から、もう疲れていた。
「んじゃ・・話すよ」
奈津子は、コーヒーを一口含んで、そう言った。
「結論から言うと、和樹くんはあの店のNo.1よ」
「えっ・・マジかよ」
「私、一人で行ったんだけど、No.1の子、お願いしますって頼んだの。そしたら和樹くんが来てね。もうびっくりしちゃったわ」
「東雲くんの源氏名は?」
「東雲くんって、和樹くんの苗字?」
「そうです」
「そうなんだ。えっと、源氏名はリュウっていうの」
「ほう・・リュウですか」
紫苑は、名探偵よろしく、勝手に推理している風だった。
「和樹くんって、時雨くんと似てるよね」
「ああ・・まあ。よく言われる」
「で、それとなく、年はいくつとか、どこに住んでるのとか、いつからこの仕事やってるの、とか訊いたんだけど、全部、はぐらかされちゃってね。でも、和樹くんってすごく上品で優しい人だったわ」
「そうか・・和樹、元気にしてるんだな」
「うん。元気は元気みたいよ。でもね、パトロンっていうのかな・・なんかそんな人がいるみたいよ」
「げっ・・マジかよ」
「ふむ・・東雲くんはパトロンの世話になっているのか」
「それって・・女?」
「うん。どうも中年の金持ちみたいよ」
「マジかよ・・和樹・・」
「私と和樹くんが話している途中でね、その女が来店したらしく、名前は聞き取れなかったんだけど、ボーイみたいな人が和樹くんを呼びに来て、二人でどっか行っちゃったのよ」
「・・・」
「で、次に私のテーブルに来たホストに訊いたの。あの女性は誰?って。そしたらリュウの特別な人だって言ってたわ」
和樹・・お前、なにやってんだよ・・
そんなババアの世話なんかになりやがって・・
「時雨くん、和樹くんって、どういう子なの?」
「どういうって・・」
「東雲くんは、ヤクザの子なんですよ」
紫苑・・てめぇ・・余計なことを。
「えっ・・そうなんだ・・」
「ヤクザっていっても、家がそうだってだけで、あいつはいいやつなんだよ」
「うん、それはわかる。すごくいい子だったもん」
「しかし・・彼は三か月前、突然失踪した。優等生で真面目な彼に、なにか問題が発生したと考えるのが、妥当だと思うのですが」
「失踪・・そうだったんだ・・」
「紫苑、余計なこと言うんじゃねぇ!」
「きみ・・先生に大枚を使わせて、事情を説明しないのでは、筋が通らないと思うのだが」
「いいのよ、時雨くん。私はきみの役に立てたことが嬉しいんだから」
「わりぃな・・先生」
「これ以上、訊かないから安心して」
よし・・明日にでも、店へ行く。
今度は、俺一人で行く。
紫苑は、ぜってー連れてかねぇからな。