五十八、和樹に似た男
俺と紫苑は歌舞伎町に着き、俺はその派手さに驚いていた。
「和樹がいたのって、どこなんだよ」
「焦る必要はない」
「いやいや、俺は和樹を探しに来たんだよ。特定の場所とやらを、早く教えろよ」
「きみ・・この現状を見るがいい」
「は?」
「まだ夕方だ。よって人も疎らだ。まだ陽も沈んではいない」
「だから、探しやすくていいんじゃねぇかよ」
「浅はかだな」
「はあ?」
「考えても見ろよ。東雲くんは失踪したんだ。その意味をどう捉えているのだ」
「どうって・・」
「失踪。つまり、みんなの前から行方をくらますことだ。しかも彼は三か月も行方不明だ。その彼が、我々の姿を見たらどうなると思う?」
「そりゃ・・逃げるかもな・・」
「当然だ。で、きみは、逃げられてもかまわないと言うのか」
「っんなわけねぇだろ」
「だから、陽が落ちて、我々の姿を容易に見つけにくい時間帯を待つというわけだ」
「おめぇな・・もっとサッと喋れよ」
「これでも、だいぶ簡潔に説明したつもりなんだが」
「まあ、いいよ。で、夜まで待つんだな」
「その通りだ」
うっぜ~~
理屈っぽいの、うぜ~~
「で、今からどうすんだよ」
「それだ。東雲くんが現れる可能性のある場所の近くに、いい店がある」
「いい店?」
「カフェだよ、カフェ」
「ふーん」
「今からそこへ移動する」
げぇ~~こいつとカフェでお茶かよ。
悪夢だ・・
俺たちは、紫苑の言う「場所」の近くまで行き、カフェに入った。
「ここへ座ろう」
紫苑は外がよく見える、窓際の席に座った。
俺はテーブルを挟んで、紫苑の向かい側に座った。
「きみ、何を注文するんだ」
「何でもいいよ」
「きみは、本当に投げやりだな。まあいい」
紫苑はそう言って、コーヒーを二つ注文した。
「で、ここに和樹が来んのかよ」
「ああ。あっちの店を見るがいい」
紫苑はそう言って、まだ開店前のホストクラブを指した。
なにっ・・ホストクラブって・・マジかよ!
「おい・・ほんとに和樹があの店に来るってのか」
「おそらくだが、十中八九、間違いない」
「なんで、わかんだよ」
「今朝も話したと思うが、僕はあの日、彼があの店から出てくるのを見たのだ」
「げっ・・マジかよ・・」
「彼はあの店で、ホストとして働いていると推察する」
「信じらんねぇ・・」
「まあ、その目で見なければ、おおよそ信じ難いだろうな」
そこで店員が、コーヒーを運んできた。
とても不愛想な女性店員で、カップも雑に置いた。
「あの態度、労働者としてあるまじき行為だな」
「労働者って・・」
「なんだ。労働者は労働者だと思うのだが」
あっ・・そう言えば・・
こいつ、始業式の時、翔をトイレに閉じ込めた疑惑が残ってんだ。
「紫苑、訊きたいことがあるんだけどさ」
「なんだ」
「お前さ、翔をトイレに閉じ込めただろ」
「は?どういう意味だ」
「始業式の日、翔は誰かに閉じ込められたんだよ」
「その犯人が、僕だと疑っているのか」
「そうだよ」
「僕は、そんな暇人ではない」
紫苑は真っすぐ、俺の目を見てそう言った。
「お前じゃねぇのかよ」
「心外だな。名誉棄損で訴えるぞ」
「はあ?」
「きみ、合宿の時に、僕にも同じことを言ったじゃないか」
「え・・ああ~~・・」
「とにかく僕ではない。僕は言いたいことがあれば、直接本人に言う。これまでずっとそうしてきた」
確かにこいつは、平気で空気をぶっ壊すほど、本人の目の前で言いたいことを言うやつだ。
だとしたら・・誰なんだ。
「翔をトイレに閉じ込めたやつ、お前、心当たりがねぇか」
「うーん、さすがに僕でも、始業式という登校初日に、人間関係の全てを把握できるわけではないからな」
「そっか」
それから、小一時間ほどが過ぎた。
「さあ・・夜になったぞ。きみ、目はいい方か」
「まあ、普通かな」
「視力はどれくらいだと、訊いているのだが」
「1.0くらいかな」
「そうか。僕は1.5だ。勝ったな」
「バカじゃねぇのか。くっだらねぇ」
「まあいい」
紫苑はそう言って、和樹が来るであろう店の方へ視線を向けた。
俺も目を凝らして、その方向を見た。
「あっ!来たぞ。東雲くんだ」
「マジか!」
しかし、その若い男は、和樹とは似ても似つかない風貌だった。
マジかよ・・あれが和樹ってか・・嘘だろ。
その男の髪は金髪、光沢のある黒いスーツを着て、派手な女性と歩いていた。
「あいつ、和樹じゃねぇぞ」
「いや、確かに東雲くんだ」
「確かに体つきは和樹とそっくりだけど、あれはちげーよ」
「じゃ、行ってみようじゃないか」
俺たちは店を出て、その男の後を着けた。
俺は、その二人の横を通り過ぎ、振り向いて顔を見た。
「にいちゃん、なに見てんだよ」
男が言い寄ってきた。
やっぱり、ちげーし。
顔も声もちげーーよ。
「いや、知り合いかなと思って」
「俺は、おめぇなんか知らねぇよ」
「悪かった。人違いだった」
その二人は歩いて行った。
「おい!紫苑!ちげーじゃねぇかよ!」
「おかしいな。たしかに東雲くんに見えたんだが」
「くそっ・・ガセかよ!」
「まあ待て」
「うるせぇよ。俺は帰る」
「今のは確かに、僕の見間違いだった。それは認めよう」
「だからなんだよ」
「この界隈を往来する連中は、みな似ている。でも僕があの日見た青年は、確かに東雲くんだった。僕の勘違いという可能性も、まだ捨てきれないことは確かだが」
「ったくよー、俺、マジで帰るから」
「あっ!きみっ、こっちへ来い!」
紫苑はいきなり、俺の腕を引っ張って、路地のわきへ入った。
「なんだよ!」
「今度こそ、彼だ」
紫苑はそう言って、ある男を指した。
そこへ目をやると、その男は確かに和樹に似ていた。
でも、距離が遠くて確認できない。
その男は、さっきの店へ入って行った。
「くそっ・・入られてしまったか・・」
「俺、確認してくる」
「えっ・・きみだということを、知られてもいいと言うのか」
「いいよ」
「でも、逃げられたらどうするんだ」
「逃がさねぇよ」
そう言って俺は、店の前まで行った。
紫苑も後を着いて来た。
「時雨くん・・入ると言うのか」
「ああ」
「まず、責任者に確かめてみようじゃないか」
「っんな、まどろっこしいこと、してられっか」
「きみたち、ここでなにしてるの?」
振り向くと、長身でイケメンの、いかにも「ホスト」という風貌の男が立っていた。
「あの、ここの店の方ですか」
俺は少し遠慮気味に訊いた。
「そうだけど?」
「ここに、和樹ってやつ、働いてないっすか」
「それ、源氏名?」
源氏名ってなんだ?
俺は紫苑を見た。
「源氏名ではありません。本名です」
紫苑がそう言った。
「で、その和樹って子が、どうかしたの?」
「俺、ダチなんすよ」
「ほう」
「で、探してたんすよ」
「残念だけど、ここに和樹って子はいないよ」
「え・・そうなんすか・・」
「きみたち、その制服、学生さんだね。早く帰りなさい」
「でも・・さっき入って行った人が、俺のダチに似てたんすよ」
「さっきも言ったけど、和樹って子は、いないから」
「はい!」
そこで、いきなり紫苑が手を挙げた。
「えっ・・なに?きみ、どうしたの?」
「訊きたいことがあります」
「なに・・?」
その男は、モヤシみたいな紫苑の妙な様子に、少し引いていた。
「あなたは、嘘をついていませんか」
「え・・どういう意味かな」
「嘘をついてませんか、と訊いているのですが」
「どうして僕が、嘘をつくの?」
「嘘をついてないと言うなら、さっきここへ入った男性を連れてきてください」
「それはできないね」
「どうしてですか」
「ここは、きみたちが来るところじゃないんだよ、さ、帰りなさい」
「僕の質問に、あなたは答えていませんが」
「答える必要はないよ」
「答える必要はないと。それは嘘を認めたということですね」
「どうしてそんな理屈になるのかな」
「僕の要望は、さっき入って行った彼が、知り合いかそうでないかを、確認したいと言ってるだけなのですが」
このホストは、確かに紫苑の言う通り、なにか隠してるな。
でも、このままじゃ、ホストは折れないな・・
「紫苑、帰ろうぜ」
「え・・時雨くん、なにを言うんだ」
「和樹は、ここにはいねぇよ・・」
俺は紫苑に目配せをした。
「そうか。わかった」
「迷惑かけた、すまなかったな」
俺はホストにそう言い、その場を去った。
「時雨くん、なにか策があるとでも言うのか」
「あのホストは、あれ以上訊いても、ぜってー言わねぇよ」
「では、今後、どうするつもりだ」
「俺、ちょい、考えが浮かんだ」
「え・・どうしようと言うのだ。聞かせてくれ」
俺は、奈津子に電話しようと考えていた。