五十七、失踪
あの日から、和樹は消えた。
どこを探しても見つからない。
きっと、俺たちの話を聞いていたんだろう・・
和樹は、ショックで消えたに違いない。
もちろん、電話にも出ない。
というか・・そもそも繋がらない。
電源を切っているに違いない。
俺たちは心当たりを探し回ったが、あれから四日が経つ・・
和樹・・一体どこへ行ったんだよ・・
「健人、その後も和樹は見つからないのか」
俺と兄貴は晩飯を食いながら、その話をしていた。
「うん・・」
「ってか、和樹に何があったんだ」
「それは・・」
「お前、なんか知ってんじゃねぇのか」
俺はこれまでのことを、兄貴に洗いざらい話そうかとも思ったが、そうなると今度こそ、和樹との関係を断たれる気がしてためらっていた。
「知らねぇ・・」
「あの冷静な和樹が、いきなり何も言わずに消えるなんて、何かあったに違いねぇよ」
「・・・」
「東雲の親分は、どうしてんだ」
「え・・」
その話をすると、俺が病院へ行ったことがバレてしまう・・
「知らねぇ・・」
「そっか・・」
「なあ・・兄貴・・」
「なんだ」
「俺、E高校へ入るために、必死になって勉強した。和樹にも教えてもらった。そのおかげでE高校へ入れた。これからも勉強は怠らない。ずっと続ける」
「うん・・」
「ぜってー勉強は続けるって約束する」
「お前・・なに言ってんだ」
この後、無事に和樹が見つかったら、兄貴はきっと和樹を問い詰めるだろう。
そうなると、遅かれ早かれ、事実が知れてしまう。
俺はやっぱり先に、兄貴に話すしかないと覚悟を決めた。
「あのさ・・今から話すこと、落ち着いて聞いてくれるか?」
「は?どういうことだ」
「だから・・和樹のこと話すから・・」
「やっぱりお前、なんか知ってるんだな」
「うん・・」
「話してみろよ」
そして俺は、和樹が捨て子だったこと、実の孫は生きていて、それが成弥だったこと等、全部話した。
「おい・・その話、マジなのか・・」
「うん・・」
「それを、和樹が聞いちまったってことか・・」
「うん・・」
「そりゃ・・ショックだよな・・」
「・・・」
「なんてこった・・和樹、かわいそうに・・」
「兄貴・・怒らねぇのか・・」
「なにをだよ」
「だって俺・・兄貴に黙って由名見の爺さんや、東雲の爺さんに会ってたんだぜ」
「もう今更、そんなこと怒ったってしょうがねぇだろ。それより和樹のことだよ・・」
「うん・・」
「あいつ・・まさか変なこと考えてないだろうな・・」
「え・・」
「まあ、あいつに限って・・」
「そんなっ!縁起でもないこと言うなよ!」
「だって、もう四日だぜ?しかも音信不通だろ」
「・・・」
「警察に連絡した方が、いいんじゃねぇか」
「うん・・俺、東雲の爺さんに相談してくるよ」
「そっか・・」
そして俺は次の日、病院へ行った。
病室に入ると、柴中も来ていた。
「時雨・・」
「柴中さん、爺さんの容態はどう?」
爺さんは眠っていた。
「御大は・・坊ちゃんが失踪してから、ますます具合が悪くてな・・それで手術も早まったんだ」
「そうなのか・・いつ?」
「明後日だ」
「そっか・・。それで和樹から連絡は?」
「ねぇよ・・」
柴中はうな垂れて、頭を抱えていた。
「警察に知らせた方がいいんじゃねぇのか」
「もう手配してるよ」
「そうなのか・・。じゃ、警察からもまだ連絡がねぇのか・・」
「ああ・・」
「和樹が行きそうなとこって、ないのか」
「そうは言ってもなぁ・・」
「ほら、子供のころ、爺さんや柴中さんと、どっか行ったとか」
「坊ちゃんは身体が弱かったんで、あまり遠出もしなかったしな・・遊ぶっつったら、近所の公園くらいのもんさ・・」
「そうか・・」
思い出の場所もねぇのか・・
「その後、爺さんはどうなんだ」
「どうって、なんだ」
「成弥のことや・・跡目のこと」
「御大は、和樹だけが孫だと言い張っておられるよ」
「そか・・」
「おめぇこそ、坊ちゃんが行きそうな、心当たりはねぇのか」
「色々考えたけど、ねぇよ・・」
八方塞がりか・・
ったく・・和樹、どこ行ったんだよ・・
そして、和樹が失踪してから、三か月が過ぎた。
警察も捜索しているそうだが、杳として行方はわからなかった。
爺さんの手術は無事成功し、退院も済ませているが、家の中で塞ぎ込んでいることが多かった。
「時雨くん」
俺が教室で座っていると、紫苑が廊下で俺を呼んでいた。
なんだ・・あいつ。
「なんだよ」
俺は紫苑の前まで行き、ぶっきら棒にそう言った。
「ところで、東雲くんは、まだ見つからないようだが」
「それがどうした」
「ま、僕には何の関係もないが」
「だから、なんだってんだよ」
「僕の父は、官僚ということを知ってるね」
「はあ??」
「その官僚の父なんだが、ある接待でね・・酔い潰れてしまった日があってね」
「お前、なんの話してんだよ」
「話を聞くつもりがないなら、別に僕はかまわないよ」
こいつ・・何が言いたいんだ。
しかし紫苑がわざわざ、わけのわからない話を俺に聞かせることに、なにか意味を感じた。
「だからなんだよ。さっさと話せ」
「無礼だな。まあいい。でだ。酔い潰れた父から連絡があり、その日、母はあいにく留守でね。僕が迎えに行くことになったというわけだ」
「そうか」
「その場所なんだが、きみは、新宿歌舞伎町という歓楽街を知っているか」
「ああ・・聞いたことはある」
「そうか。それで、とある高級バーへ父を迎えに行った。するとその帰り、どうやら東雲くんと思しき青年を見た」
「え・・マジかよ!!」
「僕の勘違いかも知れないが」
「歌舞伎町のどこだよ!」
「まあ待て。きみは、どうやら歌舞伎町へは行ったことがないようだな」
「ねぇよ!」
「そこで、僕の提案なんだが、きみ、僕と一緒に歌舞伎町へ行かないか」
「え・・なんでお前と」
「実を言うと僕は、こういうサスペンスめいたことに興味があってね」
「サスペンス・・おめぇ・・和樹のこと、ドラマかなにかと勘違いしてんじゃねぇのか」
「その通りだよ。まさにドラマじゃないか。秀才で真面目な青年が、ある日突然失踪した・・もうこれだけで、謎に包まれているじゃないか。興味が湧かない方がどうかしてると思うが」
「てめぇ・・」
「しかもだ!東雲くんと思しき青年の、その風貌たるや、これがあの東雲くんなのか!と僕は目を疑うばかりだった」
「え・・和樹、変わってるのか」
「きみ・・謎は先に聞いたら台無しじゃないか。それでどうだ。僕の提案を飲むのか」
「別に俺一人で行けるから、却下」
「バカなことを・・むやみやたらに探すつもりか。それは時間を浪費するばかりで、得策とは言い難いと思うのだが」
「なっ・・」
「僕は、少なくとも場所は特定しているのだが」
こいつと歌舞伎町かよ・・
気が進まないが、和樹がいるなら行くしかねぇ。
「わかった。行くよ」
「よし。では放課後、早速、行こうじゃないか」
こうして俺と紫苑は、歌舞伎町へ向かうことになった。