五十六、知る権利
そして翌日・・
投票も済み、結果が校庭の掲示板に貼られた。
俺と翔は、急いで掲示板を見に行った。
すると結果は、和樹は最下位だった。
そっか・・最下位か・・
一年はまだしも、二年三年には反発があったのかも知んねぇな。
拍手だって起きてなかったし・・
和樹、ショックだろうな・・
「和樹くん・・残念だったね・・」
「そうだな・・」
「和樹くんなら、いい会長になったと思うのに」
「まあ、これも仕方がねぇ。結果は結果だ」
「うん・・そうだね」
「残念だったな」
紫苑も掲示板を見に来ていた。
「おめぇは、嬉しいだろ」
「別に。僕には関係ないことだ」
「しかしお前、ちょくちょく俺たちの前に現れるよな」
「なにを言っている。偶然だ」
「そうかなあ、偶然にしちゃよく会うよな」
「まあいい。それより朝桐くん」
「え・・なに・・」
翔は、紫苑に話しかけられて、顔が引きつっていた。
「きみ、授業についていけてない様子だが」
「え・・」
「この間も、先生にあてられて、答えに窮していたな」
「・・・」
「あの程度の問題に手こずっているようじゃ、先が思いやられるね」
「・・・」
翔は何も言えず、下を向いているだけだった。
「紫苑、こいつだって頑張ってんだよ。そんなこと言うなよ」
「僕は、自分の思ったままを言っただけだ」
「だから、それはおめぇが言うことじゃねぇだろ」
「また友達特有の「優しさ」かい」
「おめぇには一生、縁のねぇことだけどな」
「まあいい。朝桐くん、同じクラスメイトとして忠告するが、クラスの平均点を下げることだけはやめてくれ」
「・・・」
「僕は、言ったはずだ。足を引っ張らないでくれ、とね」
紫苑は捨て台詞を吐いて、去って行った。
俺は超ムカついたが、こいつは攻撃は効かねぇんだ。
俺も対応に苦慮し、見ているだけしかできなかった。
「翔・・大丈夫か」
「うん・・」
「お前、勉強、できてんのか」
「僕・・実は、紫苑くんの言う通りなんだ・・」
「え・・」
「着いていけてないんだ・・」
「そ・・そうなのかよ・・」
「僕・・どうしたらいいのかな・・」
「どうしたらって・・」
俺は正直、翔が悩んでいるとは知らなかった。
「あっ!そうだ!」
「なに・・」
「お前、M塾通えよ」
「え・・」
「ほら、俺が合宿参加したやつ」
「ああ・・」
「俺みてぇなバカに、たった一週間で頭に叩き込ませた実績がある塾だぜ。ぜってーいいって」
「そ・・そうなんだ・・」
「あそこはいい。俺が保証する」
「そっか・・なら・・僕、通ってみようかな・・」
「うん、それがいいって」
それから翔は、すぐにM塾に通い始めた。
なので学校が終わると、翔は先に帰るようになっていた。
これも仕方がねぇ。
留年なんて、マジ、シャレになんねぇしな。
ある日の放課後・・
俺は爺さんの見舞いへ行こうと決めた。
和樹は精密検査だけで、心配ないと言ってたが、実際、和樹のこともあるし、俺は柴中にも話をしたいと思っていた。
A総合病院へ到着し、病室を訊いて俺はそこへ向かった。
601号室か・・
俺はそっとドアを開けた。
すると、そこには由名見の爺さんも来ていた。
「あ・・時雨くん」
東雲の爺さんが俺を見つけ、驚いてそう言った。
虎雄も同じ様子だった。
「よくここがわかりましたね」
東雲の爺さんは、少しやつれていた。
「あ、和樹に聞いて」
「そうですか。まあ、お掛けなさい」
そして俺は、虎雄の横に座った。
「これは私の兄の虎雄です」
東雲の爺さんはそう言って、俺に虎雄を紹介した。
爺さん・・俺と虎雄が知り合いだってこと、知らねぇんだな・・
俺と虎雄は、互いに軽く会釈をした。
「爺さん・・具合はどうなんだ」
「大したことはありませんよ。単なる老化です」
「そっか・・」
俺は虎雄に、声をかけようかどうか迷った。
虎雄も、どこか戸惑っている様子だった。
「時雨くん、E高校へ入学したのですね。よく頑張りましたね」
「あ・・ええ、まあ」
「和樹は大変喜んでいますよ」
「はあ・・」
「龍太郎・・私はもう行くよ」
「兄さん。そうかい。わざわざありがとう」
「龍太郎、身体を大切にしなさい」
「ああ」
「あ・・俺、この爺さんを玄関まで送ってくよ」
「そうしてくれると助かります」
東雲の爺さんはそう言った。
そして俺は、虎雄に付き添うことにした。
「爺さん・・」
俺は廊下に出て、早速声をかけた。
「時雨くん・・龍太郎の見舞いに来てくれて、ありがとう」
「いや、それはいいんだ。それよりさ・・」
「わかっています」
爺さんは俺の話を遮るように、強い口調で言った。
「私は、あのことを告げに来たつもりでした・・でも・・言えませんでした・・」
「そうか・・」
「どうしたものか・・」
「東雲の爺さんの、精密検査の結果はどうなんだ?」
「龍太郎は、ああ言ってましたが、どうやらガンのようですね・・」
「えっ・・」
「胃がんです」
マジかよ・・
「そ・・そっか・・」
「しかもかなり進行しているようで、全摘出しなければなりません」
「マジか・・」
え・・待てよ。
もし・・爺さんが死んだら、和樹はその時点で組長になるってことじゃねぇか。
「爺さん、それなら早く言った方がいいんじゃねぇか」
「はい・・私もそう思いまして・・来てはみたものの、いざとなると決心が鈍ります」
「あのさ・・俺が横にいてやるから、話してくれよ」
「それは・・」
「俺がちゃんと、フォローするから」
俺は繰り返し、爺さんに頼んだ。
「そうですか・・わかりました。戻りましょう」
虎雄はようやく決心がついたようで、振り返って病室に向かって歩き出した。
俺もすぐに後を着いて歩いた。
そして再び病室の中へ入った。
「あれ・・どうしたのですか。忘れ物?」
東雲の爺さんは、手にしていた本をベッドの上に置いて、そう言った。
「いや、そうじゃないんだ」
虎雄は椅子に座り、爺さんの顔をじっと見つめた。
「龍太郎・・実はお前に大事な話があるんだ・・」
「大事な話?」
「ああ。落ち着いて聞いてほしい・・」
そこで爺さんは俺の方を見て、なにか言いたげな様子だった。
「この子はいいんだ。もう知っています」
虎雄は、爺さんの表情を見て察したのか、そう言った。
「兄さん、時雨くんが知ってる大事なことって、なんですか」
「実は・・」
そこで虎雄は、丁寧に、静かに語り始めた。
話が進むうち、次第に爺さんの顔から血の気が引いていくのがわかった。
「兄さん・・なんの冗談ですか・・」
「冗談で、こんなこと言えるわけがないだろう」
「信じられない・・なんてことだ・・」
「龍太郎・・許してくれ・・この通りだ・・」
虎雄は泣きながら、爺さんに頭を下げていた。
「成弥が実の孫とは・・西雲の成弥が・・」
「龍太郎・・」
「しかし・・私は和樹を実の孫として育ててきた。今更、成弥が実の孫と言われても、私は受け入れられない・・」
「・・・」
「和樹が私にとって、たった一人のかわいい孫です・・和樹以外に孫など・・あり得ない」
「龍太郎・・でも、和樹くんは跡目を継がなくてもいい子じゃないか」
「兄さん!私に和樹を捨てて、成弥を引き取れと言うのか!」
「そうじゃない。成弥を引き取れとは言ってない。でも、和樹くんは解放してやってくれないか」
「そうなると、東雲はどうなる!」
「もう・・龍太郎の代で終わらせればいいじゃないか・・」
「なんて無責任なことを!それでは組の者はどうなる?商店街の人たちはどうなる?兄さんが面倒見てくれるとでも言うのか!」
「龍太郎・・」
「私の跡目は和樹だ。和樹だけだ」
爺さんは頑として聞き入れなかった。
「なあ、爺さん・・」
俺はそう言った。
「なんですか、時雨くん」
「俺、和樹のダチとして言わせてもらうけど、和樹はヤクザに向いてねぇよ」
「どういう意味ですか」
「しかも和樹は東雲と血が繋がってねぇ。あいつは自由な立場なんだ」
「・・・」
「本当なら、自分のやりてぇことを、できる立場なんだよ、あいつは」
「きみに、何がわかると言うのですか」
「爺さんの気持ちはわかる。でも、それは全て組の存続を考えてのことだろ。それなら和樹じゃなくて、成弥だろう」
「成弥などと・・私には関係ありません」
「ちげーんだよ!成弥が実の孫で、和樹が関係ねぇんだよ」
「私の孫は和樹ただ一人です!きみに、言われる筋合いはない!」
「この・・頑固ジジイ!分からず屋!なに勝手なこと言ってんだよ!」
「時雨くん・・」
「和樹はおめぇらヤクザの、ロボットじゃねぇっつってんだよ!爺さん、このままでぜってー後悔しねぇんだな。このまま和樹を跡目にして後悔しねぇんだな」
「・・・」
「爺さん・・こんなこと言いたくねぇが、爺さんが死んだら、和樹は一生ヤクザをやらなくちゃいけねぇ。爺さんは真実を知って、そのことを和樹に伝えないまま、あの世に行っちまったら、和樹は一生苦しむことになるんだぞ!」
「・・・」
「和樹の人生は、和樹が決めるこった。和樹が本当のことを知ってもなお、跡目やるってんなら俺は反対はしねぇ。でも、せめて和樹に選択肢を与えてやってくれよ」
「・・・」
「本当のことを知るのは、和樹にとって、最低限の権利じゃねぇのか・・」
ダダダ・・
えっ・・今、誰かいたのか・・?
振り返ると、病室の扉が開いていた。
俺は急いで廊下に飛び出すと、和樹が走って行く後姿が見えた。




