五十四、登校初日
それから俺と翔は、晴れてE高校へ入学し、今日は初登校日だった。
真新しい学生服に身を包み、翔はなんだか、少し大人びたように見えた。
「たけちゃん、さすがイケメン長身、かっこいいね」
「なに言ってんだよ。翔もすごく似合ってるじゃねぇか」
「そう?なんだか僕、この制服が誇らしいよ」
「だな」
E高校の制服は、男子の場合、上着はグレーのブレザー、ズボンは紺色、ネクタイは空色だった。
一目見て、E高校とわかる制服だった。
だからなのか、通りすがりの人にも、度々注目されるほどだ。
「健人くん、翔くん」
俺たちは校門で、和樹に声をかけられた。
「和樹ぃぃ~~」
「和樹くん!」
「制服、似合ってるよ」
和樹は、俺たちが合格したことを知らせた時、泣いて喜んでくれた。
一年間だけど、同じ学校の生徒としていられることが、すごく嬉しいと喜んでくれた。
だから、和樹が俺たちの制服姿を見る目は、この上なく優しかった。
「それにしても、健人くん。成績優秀者って、すごいよ」
「そっかなー・・ははっ・・」
俺はなんだか、照れくさくて笑って誤魔化した。
「もう健人くんは、僕たちの力を借りなくても、立派にE校生としてやっていけるね」
「っんなぁ~、見捨てないでくれよ~」
「見捨てるだなんて。僕も健人くんに負けないように頑張らないとね」
「僕も~~!」
俺たち三人は、桜の花が咲き誇るように、まさしくこの世の春を謳歌するようだった。
「時雨くん!!」
そこに島田がやってきた。
「島田ぁぁ~~~!」
「合格、おめでとう!」
「ありがとな」
「翔くんも、おめでとう!」
「島田くん、ありがとう~~!」
「まさか同じ学校に通えるなんてね。まだ信じられないよ」
「だな~~。これからもよろしくな」
「僕と島田くんは、同じクラスになったんだよ」
和樹がそう言った。
「マジかよ!」
「そうなんだよ。最後の一年間、同じクラスに友達がいるなんて、こんな嬉しいことはないよ」
島田が嬉しそうに言った。
そうか・・和樹はここでは、ダチが一人もいないんだった。
島田だって同じだ。
家は貧乏で、こいつはバイトに追われて、ダチどころの話じゃねぇもんな・・
クラスで話し相手がいるってのは、心強いだろう。
「たけちゃん、僕たちもクラスを見に行こうよ。同じだといいんだけどな~」
「おう。行くか」
俺たちは和樹たちと別れ、校舎の前の掲示板を見に行った。
えっと~~・・時雨・・時雨・・あった!一組だ。
「翔、俺、一組だぜ。お前は?」
「えっとぉ~~・・朝桐・・朝桐・・あっ!僕、三組だぁ」
「マジかよ~。別のクラスかぁ」
「あ・・紫苑って子・・僕、同じクラスだ・・」
「げっ・・そうなのか?」
三組を見ると、確かに紫苑慶太と書いてあった。
なっんで翔と同じなんだよ。
「きみ・・同じクラスなんだ」
そこに紫苑が現れた。
「え・・うん・・」
翔は、どうも紫苑が苦手っぽい。
こいつ・・嫌な思いすんじゃねぇのか・・
「ま、僕には関係ないけど。足さえ引っ張らなければね」
「ど・・どういう意味・・」
「勉強の邪魔にならないように、って意味」
「・・・」
「てめぇ・・それ、そっくりそのまま返してやるよ」
「きみには関係ないだろ」
「関係あんだよ!てめぇ、先に言っとくがな、翔に嫌な思いさせてみろ、ただじゃ置かねぇからな」
「またその口調。下品だ・・聞くに堪えない」
「うるせぇ!モヤシ野郎が」
「たけちゃん・・もういいよ。僕、平気だから」
「翔・・」
「麗しき友情か・・。朝から茶番を見せられるとはね」
紫苑はそう言って、校舎の中へ入って行った。
「翔、お前、なんかあったら、すぐに言うんだぞ」
「うん。ありがと。でも平気」
「そっか・・」
そして俺は一組の教室へ入った。
どこに座ればいいのかわからないので、俺はとりあえず、窓際の一番後ろへ座った。
ここが、俺にとっちゃ定位置。居心地がいいんだよな。
「みんな揃ってますね」
そう言って担任の先生が入ってきた。
「おはようございます。私はきみたちの担任で、鳥羽二郎です。演歌歌手みたいな名前とよく言われます。一年間よろしく」
鳥羽という担任は、三十代半ばくらいの長身の細身で、顔も長身っつーか、馬面だった。
ってか・・演歌歌手みたいな名前なのか・・知らねぇし・・
「それでは出席を取ります」
鳥羽はそう言って、一人ずつ名前を呼んでは、顔の確認をしていた。
「時雨くん」
「はい」
「おお~きみは超イケメンだね」
「は・・?」
「よしっ。もう覚えたぞ。では次」
なんだよ、その覚え方。
ま、別にいーけど。
「きみ・・時雨くんなんだね」
隣の席の男子が、声をかけてきた。
「ああ」
「きみのこと知ってるよ。入学試験十七位だったんだよね」
「え・・まあ・・」
そいつは、丸々と太っていて、アンパンマンに似ていた。
「僕、今鶴楓。よろしく」
「俺、時雨健人。よろしく」
「それにしてもすごいよね。実は僕、ここにはギリギリで入ったんだ」
「ふーん」
「中学の先生にも無理って言われてたんだけど、受けてよかったよ」
「そっか。俺も無理って言われてたんだぜ」
「えっ、そうなの?」
「うん」
「じゃ・・なんで成績優秀者に・・?」
「塾の合宿行ったり、頭のいいダチに教えてもらったりでな」
「そうなんだ。じゃ、きみは、元々頭がいいんだね」
「え・・っんなわけねぇし」
「っていうか、きみの喋り方、おもしろいね」
「そうかー?」
「不良みたい~」
今鶴は、妙に嬉しそうだった。
変なやつ・・
それから始業式が始まり、俺の高校生第一日目は終わった。
帰りは翔、和樹、俺の三人で帰ることにした。
島田は相変わらず、バイトで忙しかった。
「翔、遅せぇな」
「そうだね」
俺と和樹は、校門で翔を待っていた。
「あ、ところで爺さん、元気にしてるのか」
「それが・・今、入院してるんだよ」
「えっ!マジかよ!」
「この間、具合が悪くなって、病院へ行ったら精密検査するって、そのまま入院ってことに・・」
「そうだったのか・・それってどこの病院だ?」
「A総合病院。僕が入院していたところ」
「そっか・・」
「でも心配ないよ。これまで検査らしい検査もしてこなかったし、ちょうどいい機会だってことだから」
「そっか・・それならいいんだけどな」
「それにしても、翔くん遅いね。とっくに終わってるはずなんだけど」
「なにやってんのかなぁ~」
俺は翔に電話をかけてみた。
しかし、いくら待っても出ない。
どういうことだ・・?
「翔、出ねぇよ」
「えっ・・ちょっと行ってみようか」
「うん」
俺たちは一年三組の教室へ行った。
しかし誰もいない・・
おかしい・・これは何かあったに違いねぇ!
「翔!翔!」
俺は廊下を叫びながら探した。
「翔くん!どこにいるんだ!翔くん!」
和樹も同じように、叫びながら探した。
ドスンッ!
あっ、なんだ、今の音は。
「トイレから聞こえたよね」
和樹がそう言い、すぐにトイレへ走った。
「翔!どこだ!」
「翔くん!返事して!」
「ここ、ここだよ!たけちゃん、和樹くん、開けて!」
すると三番目のドアから翔の声がした。
ドアの前に行くと、取っ手は細い紐で、グルグル巻きにされていた。
っなんだよ、これっっ!
「翔、待ってろ。今開けてやるからな!」
俺は急いで紐を解き、中から翔が飛び出してきた。
「たけちゃ~~ん!」
翔はそう言って、俺に抱きついた。
「翔、大丈夫か!」
「翔くん、何があったの?」
「ううう・・わからないけど・・僕がここに入ったとたん・・誰かが・・」
「なんだとっ!誰かわかんねぇのか」
「うん、わからない。そいつ黙っていたから・・」
「なんて酷いことを・・許せないね」
俺は、紫苑だと思った。
証拠はねぇが・・学校始まって、いきなりこれはねぇよ。
いじめがあるとしても、もっと日が経ってからだろ。
翔を狙ったということは、紫苑だ。あいつしかいねぇ。
「俺、電話したんだぜ」
「えっ・・そうだったんだ。気がつかなかった・・」
「よっぽど気が動転してたんだな・・」
「うん・・」
「翔くん、大丈夫?」
「うん・・ありがとう、和樹くん」
「さ、帰ろうぜ」
俺は翔の肩を抱き、校門まで歩いた。
翔は、かなりショックだったらしく、一言も口を開くことがなかった。