五十三、合格発表
そして、いよいよ合格発表当日を迎えた。
俺は朝から、翔と駅前で待ち合わせた。
卒業式は、既に二日前に終えていたが、合否の結果は、桃田に報告しなければならない。
俺はやっと、中学生活を終えたことにホッとしていたが、その時間をほとんど無駄に過ごしたことを、後悔するのだった。
今日は俺と翔が、これからの三年間、同じ高校へ通えるかどうかが決まる日だ。
というか、翔は合格しようが落ちようが、高校進学は決まっている。
問題は俺だ。
不合格ならば、俺は働く。
これはE高校を受けると決めた時から、覚悟していたことだ。
落ちたからといって、今まで勉強してきたことは、無駄じゃねぇ。
「たけちゃん、おはよう」
翔が走ってきた。
「よう。おはよ」
「ごめん、待った?」
「待ってねぇよ。さ、行くか」
そして俺たちは電車に乗り、やがてE高校へ着いた。
校門を入ると、親が着いてきてる生徒もいた。
ひゃ~~、過保護かよ。
俺は受験番号を握りしめ、掲示板の前へ立った。
俺の番号は、125番だ。翔は130番だ。
掲示板の周りは、番号を確かめるための生徒や親で溢れかえり、騒然となっていた。
「たけちゃん・・番号、見える?」
翔は、さほど背が高くないので、飛び跳ねながらそう言った。
俺は余裕で見ることができた。
「ちょっと待ってろよ・・えっと・・お前、130番だったよな・・えっと・・130番・・130番・・」
俺は目を凝らして翔の番号を探した。
「あっっ!あったぞ!翔、お前の130番、あったぞ!」
「えっっ!ほんと??」
翔は人を掻き分けて、前の方に行った。
俺は・・俺の番号は・・えっと・・125番・・125番・・
俺の心臓は、破裂するかと思うくらい、鼓動が激しくなった。
えっと・・120番・・122番・・126番・・
え・・嘘だろ・・俺の番号がない・・
俺はもう一度確かめた。
しかし、俺の番号はなかった。
あんなに頑張ったのに・・マジかよ・・
俺は全身の力が抜けていった。
くそっ・・くそっ・・
「やあ。時雨くん。結果はどうだった」
そこに、ニヤケた顔をして、紫苑が現れた。
「・・・」
「僕は、合格したよ」
「そうかよ・・」
「きみ・・その顔、どうやらダメだったようだな」
「・・・」
「やっぱり僕の勝ちだったな」
「・・・」
「やはり、きみ如きに、僕が負けるわけはないんだ」
「・・・」
「僕の勝ちだ」
俺は一言も返せなかった。
「たけちゃん・・」
翔が戻ってきた。
翔は俺の様子を見て、結果を察したらしく、何も言えないでいた。
「翔、合格おめでとう」
「たけちゃん・・」
「よかったな」
「・・・」
「俺、ダメだったけど、後悔してねぇよ」
「・・・」
「俺の分まで、勉強してくれな」
翔は何も言えず、俺の腕を掴んでいた。
「翔・・俺、先に帰るな」
「たけちゃん・・」
「お前、入学手続きの書類もらったりとか、あんだろ」
「そうだけど・・」
「ごめん。また連絡するな」
そう言って俺は、学校を後にした。
仕方ねぇ・・これが俺の実力だったんだ。
正面から受け入れるしかねぇ。
兄貴・・ごめん・・
もう俺は、くよくよ考えることはやめた。
よし、ちゃんと働いて、兄貴を助けなくちゃな。
桃田にも悪いことをした。
ちゃんと合格できる学校を薦めてくれたのにな・・
「たけちゃん!たけちゃーーん!」
振り向くと、翔が必死に俺を追いかけてきた。
「翔、お前、なにやってんだ」
「た・・たけちゃん・・ハアハア・・なにって・・たけちゃん、合格だよ!」
「はっ??なに言ってんだよ。俺の番号はなかったんだよ」
「それが・・ち・・違うんだよ!」
「違うって、なんだよ」
「いいから、来て!」
そう言って翔は、俺の手を引っ張って学校へ戻った。
「なんだってんだよ、翔!」
「あ・・あのね・・ハアハア・・ほら、あのボード見て」
そう言って翔は、掲示板の横に立てられたボードを指した。
「あのボードに、たけちゃんの名前が載ってるんだよ!」
「はあ?」
「なんでも、ここの恒例らしく、成績優秀者は掲示板に載ってるんじゃなくて、別のボードに書くらしいんだ。それがさっき運ばれて来たの!」
「お・・おい、マジかよ!!」
「マジマジ!」
俺は耳を疑ったが、ボードの前に走り寄った。
すると確かに翔の言う通り、「成績優秀者---以下二十名」と書かれ名前が載っていた。
そして「十七位・・時雨健人」と書かれているのを、俺は見つけた。
ま・・マジかよ!!俺・・合格したのか・・
しかも十七位って・・マジかよ・・
「たけちゃん!すごいよ。しかも成績優秀者だよ!」
翔は飛び上がって喜んでいた。
「あ・・うん・・」
「僕、嬉しい!たけちゃんとまた、一緒に通える!」
「俺・・合格したんだ・・」
「そうだよ!しかも十七位だよ!僕、尊敬しちゃうよ!」
「よかった・・俺・・よかった・・」
俺は自然と涙が溢れてきた。
兄貴・・俺、合格したよ・・しかも成績優秀者だってよ・・十七位だってよ・・
「きみ如きが・・成績優秀者とはな・・」
また紫苑が、言い寄ってきた。
「なんだよ」
「まあ、flukeなんて、あることさ」
「なんとでも言え。お前には合格自体がflukeだな」
「ふんっ・・すぐに追い抜いてやるさ」
「望むところだぜ」
「ところで・・きみもflukeだったんだ」
紫苑が翔に向かってそう言った。
「別に・・flukeでもいいじゃないか・・」
「きみみたいなのは・・これからが大変だと思うのだが」
「どういう意味?」
「ついていけるのかって意味」
「大きなお世話だよ」
「入学を取り消した方が、きみのためだと言ってるんだが」
「なんだよ!」
「もしかしたら・・留年の繰り返しで、成人になっても高校生のままじゃないのかな」
紫苑は、蔑むように翔を嘲笑した。
「てめぇ・・相変わらずだな」
「ふんっ」
「せいぜい虚勢張ってな」
「なんだとっ!」
「てめぇこそ、留年しないように、せいぜい頑張るんだな」
「う・・うるさい!」
そう言って紫苑は、走り去って行った。
「翔、あんなやつのこと、気にすんなよ」
「うん。気にしてないよ!」
「そっか」
「それより僕は、たけちゃんの合格が嬉しくって!」
「俺もだよ。翔、よく頑張ったな」
「ありがとう!僕、自信なかったから、もう夢みたい!」
「あはは」
俺たちは心底喜び合い、中学へ向かった。
「先生!」
俺と翔は職員室へ入り、俺は桃田の傍へ行った。
「時雨!どうだった?」
「合格っすよ!合格!」
「ほんとかっっ!お前、すごいじゃないか。やったな!」
「しかも俺、成績優秀者で十七位なんすよ!」
「ええええ~~、ほ・・ほんとかっ!」
「マジっす!」
「時雨・・お前、ほんとに・・よくやった・・やったな・・」
桃田はそう言って、俺のために泣いた。
「先生・・」
「先生は・・嬉しい・・ほんとに嬉しいよ・・」
「うん・・ありがとな、先生」
「早く帰って、お兄さんに報告しなさい」
「うん。でもまだ兄貴、仕事中だし」
「あ、そうか」
「翔も合格したし、帰りに飯でも食ってくよ」
「そうか。うん。それがいい」
「じゃ、先生、ありがとな」
そして俺と翔は学校を後にし、ラーメン屋へ寄った。