五十二、E高校受験
やがて三学期も始まり、俺はE高校へ行くと、決心を新たにするのであった。
兄貴も、俺の合宿での成果を話したら、がぜん乗り気になっていた。
クラスでは、しきりに願書のことで、話題が持ちきりになっていた。
「時雨くん、E高校なんですよね」
由名見がそう言ってきた。
「たりめーだよ」
「すごいなぁ・・ほんと、尊敬しちゃいますよ」
「なに言ってんだか。由名見だって結構、レベル高いじゃん」
「いえいえ、時雨くんに比べれば、私なんて・・」
「ま、お互い頑張ろうぜ」
「はい!」
しかし、考えてみたら、ほんの数か月前までは、俺、全く勉強なんてできなかったのに、今じゃE高校だもんなぁ。
なにがきっかけで、こうなったんだ?
そんなことも忘れるくらい、俺は勉強に没頭していたもんな。
クズ野郎の俺がだよ・・信じらんねぇな・・
「時雨!ちょっと来い」
俺は、教室の前に立っている桃田に呼び出された。
「なんだよ」
「お前・・ほんとにE高校でいいんだな」
「そうだよ」
「そうか・・そこまで決心が固いなら、先生も反対はしない」
「うん」
「でも、併願にしないか?」
「しねぇ」
「そりゃ学費も大変だろうが、落ちたら元も子もないぞ」
「落ちたら働くよ」
「だから・・それではもったいないぞ。お前の成績なら、S高校、いや、もっと上のK高校だって行けるんだぞ」
「嫌だ。俺はE高校しか行かねぇ」
「まったく・・どうしてそこまで頑固なんだ・・」
「先生が心配してくれんのは、ありがてぇけど、俺もう、決めてるから。なに言ったって無理だぜ」
「はあ~~・・危なっかしいなぁ・・」
「そういうことだから」
「そっか。わかった」
それからほどなくして、願書を出す日がきた。
俺は翔と一緒に、E高校へ向かった。
「たけちゃん、一緒に合格しようね」
「たりめーだ」
「なんか、夢みたいだなぁ・・たけちゃんとE高校受けるなんて」
「だな。お前らのおかげだよ」
「そうだよ!絶対に無駄にしないようにね!」
「わかってるって」
そして俺たちはE高校へ着き、事務所へ行った。
するとそこには、紫苑がいた。
「あ・・きみ・・」
「よう。久しぶりじゃねぇか」
「僕・・負けないから」
「俺だって負けねぇよ」
「たけちゃん・・誰・・?」
翔が不安そうな顔をして、俺を見た。
「こいつ、ほら、合宿で一緒になった紫苑ってやつ。話しただろ。ケツの穴が小さいやつがいたって」
「ああ・・この子がそうなんだ」
「きみ・・相変わらず失礼だな」
「けっ。おめぇよりマシだぜ」
「僕、時雨くんの親友で、朝桐翔っていいます。よろしくね」
「きみは、時雨くんの友達なのか」
「そうだよ」
「ふん。馴れ馴れしいやつだ」
「え・・」
翔は、普通に挨拶しただけで、馴れ馴れしいと言われたことに、呆れていた。
「翔、こいつ、捻くれてんだ。気にすんな」
「うん・・」
「じゃ、僕はこれで失礼する」
「受験の日、逃げ出すんじゃねぇぞ」
「それはこっちのセリフだが。絶対に負けないから」
「おう。楽しみにしてるぜ」
そして紫苑は去って行った。
「たけちゃん・・紫苑って子、なんか・・変だね」
「そうなんだよ。でも、ぜっんぜん気にすることねぇから」
「それにしても、たけちゃんに対して、すごいライバル心むき出しだったね」
「俺、合宿であいつに勝ったんだぜ」
「そうなんだ」
「俺たち、三人とも合格したら、毎日あいつとケンカだな」
俺はそう言って笑った。
「そんなあ。せっかくの高校生活なんだよ、仲良くしなくちゃ」
「それは、あいつ次第だな」
「もう~たけちゃん」
そして俺たちは願書を出し終わり、校門の方へ向かった。
「そういや、和樹や島田は、まだ授業中か」
「そうみたいだね」
「んじゃ、帰るか」
そして俺たちはE高校を後にした。
俺が合宿から帰ってから、家での「塾」は、しなくなっていた。
というもの、翔も、由名見も自分の勉強があるし、和樹は電車通いで苦労をかけていることを考え、俺から断った。
それに俺は、合宿で習ったことを一からやり直すことに、力を注ぎたかった。
来る日も来る日も、俺は復習を繰り返し、頭に叩き込んでいた。
そして月日は流れ、やがて三月になり、いよいよ受験の当日を迎えた。
「健人、お前、大丈夫か?」
朝飯を食いながら、兄貴が心配そうに言った。
「大丈夫だよ。やるだけのことはやったから」
「そうか・・忘れ物とかねぇか?」
「はい、これ受験票、、はい、これ筆記用具」
「そか・・他に必要なもの、なかったか?」
「そんで、これ」
俺はマフラーを手にした。
「ああ・・うん」
「これ、マジであったけぇわ。翔も巻いて行くってさ」
「そうか。とにかく落ち着いてな」
「わかってるって」
「あ、ほら、時間がないぞ。さっさと食え」
「うん」
兄貴・・ありがとな。
俺、ぜってー合格して見せる。
そして俺は翔と待ち合わせ、一緒にE高校へ向かった。
揃いのマフラーが、なんだか照れくさかった。
「たけちゃん、緊張しないようにね」
「お前こそ、大丈夫か」
「うん!大丈夫!」
「よし、頑張ろうぜ」
俺たちはそれぞれの教室へ入り、試験を待った。
やがて先生が入ってきて、問題用紙が配られた。
さーーて、勝負の時だ!
やがて五教科全ての試験が終わり、俺は胸をなでおろしていた。
手応えはあった。
確実にあった。
偶然にも、合宿でやった問題も出ていたし、俺は全力が発揮できたと確信していた。
「たけちゃん、どうだった?」
廊下で翔が俺を見つけ、急いで駆け寄ってきた。
「へっへー、できたぜ」
「マジっ?すごいじゃん」
「翔はどうなんだよ」
「うーん・・そこそこできたけど・・あまり自信がないんだ」
「っんなこと言って。合格発表までわかんねぇだろ」
「そうなんだけど・・」
「やあ、きみたち」
そこに紫苑がきた。
「よう。逃げなかったんだな」
「ふっ。偉そうに」
「どうだったよ、試験」
「できたに決まっているじゃないか。きみこそ、どうなんだ」
「できたに決まっているじゃないか」
俺はそう言って笑った。
「そっちのきみは、どうなんだ」
紫苑は翔に話しかけた。
「僕は・・そこそこかな・・」
「そこそこか。それは残念だったな」
「・・・」
「これで一人落ちたってことだな」
「え・・そんな・・」
「おめぇ・・くだらねぇこと言ってんじゃねぇよ」
「この世界は食うか食われるかだ。甘い考えの者は、蹴落とされて当然だが」
「蹴落とされるのは、てめぇだよ」
「まあいいじゃないか。発表の日を待とうじゃないか」
そう言い残して、紫苑は去って行った。
「翔・・気にすんなって」
「うん・・」
翔の表情は、暗かった。
こいつ・・マジで、できなかったってのか・・嘘だろ・・
「僕、私立は合格してるし・・ここを落ちても私立に行けるし・・」
「翔・・そんなこと言うなよ」
「僕・・自信ないんだ・・」
「なに言ってんだ。発表までわかんねぇって」
「僕・・たけちゃんと同じ学校へ行きたいよ・・」
「俺だってそうだよ!」
「和樹くんも・・島田くんもいるのに・・」
「だから、翔だって行くんだよ」
「僕・・ちゃんと勉強したんだけどなぁ・・」
そう言って翔は泣き出した。
俺は翔を校舎から連れ出し、人がいないところまで歩いた。
「翔・・お前らしくねぇぞ」
「ん・・」
「大丈夫だって」
「僕・・受かるのかな・・」
「受かるって!」
「たけちゃんは・・きっと受かるよね・・」
「翔!今、そんなこと考えたってしょうがねぇだろ」
「僕・・たけちゃんに、言ったよね。たけちゃんがE高校受けるって言った時に、僕・・「無理だ」って」
「翔・・」
「その僕が・・たけちゃんに追い抜かれて・・僕の方が自信なくて・・」
「バカっ!なに言ってんだ!」
「僕・・たけちゃんより僕の方が勉強できるって自惚れてた。追い抜かれるなんて思わなかったよ・・」
「翔・・」
「でも僕・・たけちゃんと同じ学校へ行きたいよ・・」
「・・・」
「もっと勉強すればよかった・・合宿にも行けばよかった・・」
「翔!いい加減にしろ!今更そんなこと言って、どうなるってんだ。俺だって受かるかどうかわかんねぇんだよ。手応えがあっても、こればっかりは蓋を開けてみねぇとわかんねぇだろ。それはお前だって同じじゃねぇか」
「うん・・ごめん・・」
「元気だせよ」
「うん・・うん・・」
翔は、泣き続けるだけだった。