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俺たちを照らす夜明け  作者: たらふく
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五、兄貴の真人



「俺はなにをすりゃいいんだよ」

「まずは手始めに、組の「シマ」である地域を見て回り、跡目の存在を知らせることです」

「ふーん」

「跡目が入院しているのを知られることは、絶対に避けたいのですよ」

「でもさ、俺と和樹ってやつ、別人だろが。後になって偽物だったってバレるぞ」

「そこはご心配なく。年格好も、顔も、きみと和樹は似ていますから」


なっんだよ、それ。

ヤクザの世界って、そんなに温いのかよ。


「んでさ、お礼って金のことだよな」

「そうですが、他に何か所望とあらば、お聞きしますよ」

「いや、別にねぇし」

「きみの場合、好都合なのは根っからの不良であることです。言葉遣いは完璧です」

「ふーん。こんな俺が褒められるとはね」

「で、どうですか、お願いできますか」

「ああ」


俺はこうして、身代わりを引き受けることにした。

いいんだか悪いんだか、俺にはわからねぇが、刺激が得られることは確かだ。

くそつまんねぇ、家と学校の往復生活とはおさらばってわけだ。


柴中の話によると、とりあえず三日後、また事務所に来いとのことだ。

まっ、いっか。なるようになるさ。




「ただいまぁ」


やがて俺は帰宅し、兄貴にも今日の話は黙っておこうと決めていた。


「おい!健人!」


兄貴が血相変えて、いきなり怒鳴りつけた。


「っんだよ」

「お前、学校さぼっただろう!」

「はっ、それかよ」

「それかよ、じゃねぇ!ちゃんと学校は行けと何度も言ってるはずだ!」

「ちょっとだるかったんだよ」

「ったく・・あまり心配かけんじゃねぇよ」


兄貴の真人は、俺より四つ上の十九歳だ。

親がいない俺たちにとって、兄貴はなんとかして俺が立派な大人になれるよう、日頃から口うるさく言ってくるのだ。

自分が高校へ行けなかった分、俺には進学していほしいと望んでもいた。


年頃の兄貴は彼女を作るでもなく、毎日、必死に働いていた。

それもこれも、全てが俺のためなのだが、俺はそれが余計なお世話だと思っていた。

だから俺は中学を卒業したら、絶対に働くつもりでいた。


「健人、つまんねぇ人生は、俺一人で十分だ。お前はしっかり勉強しろ」

「うるせぇよ」

「晩飯、出来てるぞ」


小さな汚いちゃぶ台には、飯とみそ汁、サンマの開きを焼いたのが置かれてあった。


「はいはい」


俺は弁当箱を流し台に置き、部屋着のジャージに着替えてちゃぶ台の前に座った。


「明日はちゃんと行くんだぞ」

「うるせぇな、わかってるよ」

「ほら、食えよ、冷めるぞ」

「いただきまぁす」


俺と兄貴は手を合わせて、そう言った。

この「いただきます」は、親戚から教えてもらったものだ。

親はこんなことすら教えてくれなかった。


「兄貴さ、彼女とか作んねぇの?」

「は?いらねーし」


兄貴は俺が言うのもなんだが、超イケメンだ。

芸能人で例えると、山崎賢人に似ている。

背も俺と同じくらいで、180あるし。

ただ貧乏生活のせいで、身なりはいつも汚い作業服だし、私服もろくなもんがねぇ。


おまけに近眼で、牛乳瓶の底みたいなメガネをかけている。

髪も長めのボサボサで、いつも頭の後ろで括っている。

いわば、素浪人みたいな風貌だ。


「兄貴は俺のこと、いちいちうるさく言うけどさ、兄貴こそどうなんだよ、その汚い格好」

「うるせぇよ。お前こそなんだよ、その髭」

「関係ねぇよ」

「お互いさまってことだろ」

「ふんっ」


俺たちの会話は、いつもこんな感じだ。

実のある話をするわけでもなく、超くだらねぇんだ。

学や教養があるわけじゃなし、仕方ないといえばそうなんだが、あまりにも中身の薄い内容だった。


「健人」

「なんだよ」

「お前、スマホとか持ちたくねぇの?」

「いらねぇよ、そんなもん」

「でも学校じゃ、みんな持ってんだろ」

「兄貴が持ってるやつで十分じゃね?」

「今度ボーナスが入ったら買ってやろうか」

「いらねぇし」


俺は実際のところ、持ちたい気持ちもあったが、決して安くはない使用料で、家計に負担をかけたくないと思っていた。

どうせ卒業したら、自分で働いてすぐに持てるっての。

ってか、「バイト」で金をもらったら、何台でも買えるっての。ははっ。


「お前、なに笑ってんだよ」

「別に」

「なんか、いいことでもあったか」

「ねぇーよ、そんなもん」


あっぶねー。

堅物の兄貴に、ヤクザの身代わりバイトなんてバレたらぶっ殺されんぞ。


「さてと、風呂行くか」


俺たちは食事を終え、近所の銭湯に行くのが日課となっている。

銭湯代もバカにならないが、兄貴は毎日汗だくになるので、風呂に入らなければどうしようもない。

俺も風呂にだけは入りたかった。


いつものように洗面器に入れた、入浴グッズ一式を抱え、タオルと着替えを持ち家を出た。


「明日も天気だな」


夜空を見上げた兄貴は、たくさんの星が輝いているのを見てそう言った。


「天気なんて、どうでもいいよ」

「そうかー?晴れてると気分がいいもんだろ」

「晴れてようが曇ってようが、俺たちの暮らしには何の関係もねぇよ」

「捻くれてるなぁ、健人は」

「・・・」

「そういや、翔は元気にしてるのか」

「あ?ああ・・」

「たまには連れて来いよ」

「えぇー」

「あいつ、素直でかわいいじゃねぇか。なによりお前とダチってのがいいな」

「あいつはただの物好きなんだよ」

「まあそう言わずにさ。よろしく伝えてくれな」


翔は兄貴のお気に入りだ。

小学生の頃、よく一緒に遊んだし、いつも素直で明るい翔が俺のそばに居ることが、なにより兄貴は嬉しいらしい。

ま・・たまにはそれもいいか。

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