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俺たちを照らす夜明け  作者: たらふく
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四十九、短期合宿



それから、瞬く間に期末も終わり、三者面談も終わった。

俺の成績では、E高校は、やはり難しいらしく「S高校にしろ」と桃田は言うのだった。


でも、願書を出すのは来年だ。

俺はまだ、諦めきれなかった。

絶対に、E高校へ行く!


そのため俺は、冬休みもバイトしようと考えていたが、その時間を勉強に費やすことにしようと考えていた。

翔はE高校志望で、余裕とまではいかないまでも、合格ラインギリギリの成績をとっていた。

由名見は、都内の私立女子高校を志望していた。

俺はてっきり、和樹と一緒にいられるE高校志望だと思っていたが、そこは意外だった。


「健人、そう落ち込むなよ」


兄貴は晩飯の支度をしながら、台所でそう言った。


「落ち込んでねぇし」


俺も兄貴を手伝いながら、皿を出していた。


「S高校、いいじゃねぇか」

「俺はまだ、諦めてねぇから」

「お前な・・マジで落ちたらどうすんだ」

「落ちねぇように、頑張るんだよ」

「ったくな・・意気込みだけじゃダメだって、何度言えばわかるんだ」

「俺さ・・翔たちに教えてもらうより、この冬休みは塾へ行こうと思ってんだ」

「え・・」


兄貴は驚いて、焼きそばを炒めていた手を止めた。


「せっかくの冬休みを、俺のために使わせたら、申し訳ねぇしな」

「塾って、どこなんだよ」

「M進学塾ってあるんだけど、短期合宿があるんだ」

「ええっ!合宿??」

「兄貴、焦げんぞ」

「あ・・ああ・・」


兄貴は再び手を動かした。


「でさ・・金、なんとかなんねぇかな・・」

「いくら必要なんだ」

「六万円・・」

「げっ・・マジかよ・・」

「年末から正月にかけて、一週間なんだけど、これでも安い方なんだぜ」

「六万か・・」

「俺、バイト代、まだ残ってるから、四万貸してくれたらいいんだけど・・」

「そうか・・わかった。何とかする」

「そうか!ありがとな、兄貴!」

「お前、いつからそんなこと考えてたんだ?」

「桃田に「S高校にしろ」って言われた時」

「そっか・・自分なりに考えてたんだな」

「まあな・・」


こうして俺は、合宿に参加することになった。

M学習塾が主催する合宿は、それこそ朝から晩まで勉強詰めだ。

スケジュール表を見ても、いわゆる「遊び」の時間など皆無だった。


場所は東京都の外れにある、M塾が所有する、センターだった。

参加者は十数名で、俺たちは早速、教室に集められ、行程の説明を聞かされた。


「えー、私はこの合宿を取り仕切る責任者で、赤梅あかうめと申します。私の担当は数学です」


赤梅という男は、三十代前半くらいの、中肉中背、どこにでもいるような、普通の男だった。


「それでは、先生方を紹介します」


赤梅がそう言うと、四人の先生が入って来た。

あっっ・・!!あいつは・・げぇ・・嘘だろ・・

そう・・

そこには、あの奈津子が入って来たのだ。

マジかよ・・あいつ・・塾の先生だったのかよ。

奈津子は、俺に気がついていない様子だった。


「まず、国語担当の真朱まそお先生です」

「真朱です。よろしく」


真朱は、二十代後半くらいで、小柄で美人な女性だった。

葵ちゃんと同い年くらいかな・・


「では、次は、英語担当の大家先生です」

「大家です。みなさん頑張りましょうね」


うはぁ・・英語かよ・・


「では、次は、理科担当の海棠かいどう先生です」

「海棠です。よろしく」


海棠は中年男性で、五十代くらいか・・

頭も剥げていた。

なんか・・坂田利夫に似ているな・・


「では、最後。社会担当のはぎ先生です」

「萩です。志望校に絶対行かせてあげますよ」


萩は、年齢不詳、というか、今にも消えそうな影の薄い、中性的な男性だった。


「では、みんなにも自己紹介をしてもらいます。そっちの端から」


そして俺たちは一人ずつ、各々自己紹介を始めた。

うわっ・・次は俺の番だ・・奈津子・・嫌だなぁ・・


「時雨健人です。ここに来た目的はE高校へ進学したいためです。よろしくお願いします」


俺が挨拶を終えると、予想通り奈津子は目を輝かせていた。


「ヤダ!時雨くんじゃない!赤梅先生、私、時雨くん知ってるんですよ~~」

「そうでしたか」

「はい~~、もう知ってるも何も」

「大家先生、そこまで」


赤梅が食い気味に、奈津子を制した。

そうか・・赤梅は奈津子の性格を知ってんだな・・


やがて自己紹介も終わり、早速、授業が始まった。

さあ~~、気合い入れてやるぞ!


やがて昼飯の時間がきた。


俺たちは食堂へ移動し、それぞれ席に着いた。


「時雨くん~~、久しぶりね!」


早速、奈津子が声をかけてきた。


「ああ・・久しぶり」

「ヤダ~、ここの塾生だったなんて知らなかったわ」

「いや、俺、短期合宿だけなんで・・」

「そうなのー?で、E高校志望って、時雨くん秀才だったのねー」

「いや・・無理って言われてんだけど、俺が行きたくて」

「そうなんだ~、よーーしっ、先生がしっかり教えてあげるからね!」

「・・・」


うわあ~~・・マジかよ・・最悪じゃねぇか・・


「大家先生、個別の生徒に肩入れは禁物ですよ」


赤梅が奈津子を制しにきた。

いいぞ、赤梅。もっと言ってやれ!


「そんな~、肩入れだなんて滅相もないですよ~。ただ私は」

「はいはい。それまで。先生はこちらへ」


赤梅は奈津子を連れて、先生たちが座っている席に行った。

いいぞ、赤梅。今後もその調子で頼む。


「はじめまして。僕、紫苑しおん慶太けいた。よろしく」

「ああ。俺、時雨健人。よろしくな」


俺の隣に座った、紫苑と名乗るそいつは、いかにも真面目を絵にかいたような、がり勉風の男子だった。

身体も、モヤシみたいにガリガリで、今にも倒れそうな感じだった。


「時雨くんは、E高校なんだとか」

「うん」

「すごいじゃないか。僕はランクが一つ下のK高校だよ」

「へぇ」

「僕もね、いや、負け惜しみではないのだが、確実路線を行くべきだと判断したわけだよ」

「ふーん」

「K校なら、僕のレベルだと、トップで入れると分析したわけだよ」

「ふーん」

「時雨くんは、余裕っていうわけかい?」

「いや、ちげーし」

「ち・・ちげ?」

「お前な、ごちゃごちゃ言ってねぇで、さっさと食えよ」

「え・・うむ・・」


こいつ・・ややこしそうなやつだな・・

自分がE高校、諦めたもんだから、その言い訳をわざわざ俺にしにきたのか。

小せぇやつ。

えっとー、昼からは・・数学か。

俺はスケジュール表を見ながら、おかずの唐揚げを口に入れた。


「きみの、将来の展望ってなんだい」


また紫苑が話しかけてきた。


「はあ?」

「人生設計とか、しているんじゃないのか」

「っんなもん、ねーよ」

「えっ!こ・・これは、驚いた。自分の将来も決めないで、無鉄砲に、かつ、無計画なまま流されるというのか」

「なに言ってんだよ」

「そんなきみがっ・・E高校などと・・無茶にもほどがあると思うのだが」

「お前に関係ねぇだろ」

「けれども、それでは時間を無駄に浪費するだけで、けっして良い選択ではないと思うのだが」

「うるせぇな。俺はE高校に行きてぇんだよ。それだけだ」

「きっ・・きみっ!行きたいから行くなどと。僕がどれほど苦渋の選択で・・K校を・・」

「お前は、Kに行きたいからそうしたんだろが。それだけじゃねぇか」

「しかしだなっ・・!きみがE校で・・なぜ僕がK校なんだ・・」

「知るかよ!おめぇの学力不足なんだろ」

「なっ・・なんということを。失礼する!」


紫苑はそう言って、荒々しく席を立った。

バカじゃねぇのか。

てめぇが行きたければEでもKでも、どこでも行けばいいだけのことじゃねぇか。

こんな合宿に参加するやつって、勉強一筋で、他に何もやってこなかったんだろうな。


まあ俺は、その逆だけどさ。


十数名ほどいる塾生は、俺以外は全員、紫苑と似たり寄ったりだった。

女子も何名かいたが、みんながり勉がり子だった。

俺は、全く気の合わねぇやつらの方が、勉強に集中ができ、返って好都合だった。


それにしても、さすが金をとってるだけのことはあって、和樹たちに特訓してもらった何倍もの厳しい内容で、嫌でも俺は頭に叩き込むことができた。

そして奈津子は相変わらず、俺に色目を使って憚らなかった。

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