四十八、団らん
「もしもし」
俺は翌日、柴中に電話をした。
「おう、時雨か」
「柴中さん、あの話、爺さんにしたのかよ」
「・・・」
「してねぇんだな・・」
「・・・」
「もしもしっ!」
「ああ・・聞いてる・・」
「してねぇんだな」
「ああ・・」
「なんで、しねぇんだよ」
「お前な・・こんな重大なこと、そう軽々しく言えるかってんだ」
「重大なことだからこそ、言わなきゃいけねぇんじゃねーか!」
「っんなこと言ってもよ・・」
柴中の声は元気もなく、困り果てている様子だった。
「時雨・・」
「なんだよ」
「坊ちゃんが、せめて高校を卒業するまで、待とうや」
「待とうやって・・一年以上もあるじゃねぇか」
「・・・」
「由名見の爺さんだって、いつ死ぬかわかんねぇぞ。由名見の爺さんは、唯一の証人なんだぞ」
「・・・」
「由名見の爺さんが死んじまったら、いくら俺たちが話したとこで、誰も信じちゃくれねぇよ」
「時雨・・」
「なんだよ」
「今はDNA鑑定ってのが、あんだよ」
「はあ?」
「たとえ、証人がいなくても、遺伝子を調べれば、血縁関係かどうか、すぐにわかんだよ」
「ふーん」
「だから、焦る必要はねぇんだ」
なに言ってんだ・・柴中・・
「柴中さん・・あんた逃げてんな」
「お前な!俺の気持ちもわかってくれよ!」
「なんだよ、それ」
「御大が、どんな思いで坊ちゃんを、ここまでお育てになったか・・。俺はそれを全部、この目で見てきた。本当に実の孫のように大切にお育てになった。おまけに坊ちゃんは身体が弱かった。それだけに目一杯、愛情を注いでこられた。それがだぜ・・実の孫は生きていた・・、しかもそれが、あの成弥だぜ。こんなショックなことあるか・・?」
「・・・」
「言えねぇ・・俺はとてもじゃねぇけど、言えねぇよ・・」
「じゃあ、和樹はどうなるんだ!あいつは跡目でもなんでもねぇんだよ!」
「だからそれは・・何度言えばわかるんだ」
「お願いだよ、柴中さん。和樹のことを考えてやってくれよ」
「・・・」
「あいつを自由にしてやってくれ・・」
「あ、今から出かけないといけねぇ。切るぞ」
そう言って電話は切れた。
くそっ・・柴中のおっさんめ・・
そりゃ、言いにくいことはわかるよ。
でもそれじゃ、和樹はどうなるんだ。
それから俺は、何もできないまま、時間は過ぎ去るばかりだった。
今日も「塾」がある。
季節は十一月に入っていた。
「たけちゃん、もうすぐ期末だね」
「うん」
俺と翔は、和樹と由名見が来るのを、部屋で待っていた。
「三学期に入ると、願書出さないといけないし、この期末の成績で志望校を決めなくちゃいけないね」
「そうみてぇだな」
「たけちゃん、大丈夫?」
「大丈夫もなにも、やるしかねぇだろ」
「僕、たけちゃんと一緒にE高校へ行きたいから、頑張ってね」
「おめぇこそ、どうなんだよ。人の心配してる場合かよ!」
「あはは。だね」
「こんにちは」
和樹と由名見は、一緒にきた。
この二人は、どうやらうまくいってるようだ。
こうして俺んちへ来る時も、二人そろって来ることが多くなった。
「おう~和樹、由名見。いらっしゃーい」
「こんにちは~和樹くん、由名見さん」
和樹と由名見は、鞄を置き、ちゃぶ台の前に座った。
「もう外は寒くなったね」
和樹が上着のコートを脱いだ。
「今日は特に寒いですよね。天気予報では十二月並みの寒さと言ってましたよ」
「だな。もうコタツがいるよな」
「さ~~早速、今日も特訓開始~~」
翔がそう言い、いつもの「授業」が始まった。
以前までは、俺にとっちゃ地獄の時間だったが、今ではそうでもない。
やっぱりちゃんと勉強して、理解できるようになると、辛くないもんだと実感する。
そういや、兄貴がさんざん言ってたな・・
頭に叩き込むだけで、金はかからねぇって。
こういうことだったんだな・・
やがてあっという間に二時間が経過し、今日の特訓は終わった。
「和樹」
「なに?」
「島田は元気にしてるのか?」
「うん。学校でもよく話すようになったよ」
「そっか。元気ならいいんだ」
「でもね、島田くん、バイトが大変みたいで、学校終わったら、すぐに帰ってしまうんだ」
「そっか・・あいつの家、貧乏だからな・・」
「でもなんか、家に帰るより、バイトへ行く方が楽しいって言ってたよ」
「そっかあ・・そりゃそうだな」
「たけちゃん、期末が終わったら、みんなで会わない?」
翔がそう言った。
「みんなでって?」
「たけちゃん、和樹くん、島田くん、由名見さん、僕」
「え・・私は・・遠慮します・・」
「ええ~いいじゃん。由名見さんも一緒に会おうよ~」
「だって私・・島田さんって知らないし・・」
「誰でも最初は知らないんだよ?」
「そうですけど・・」
「静ちゃん、遠慮しなくていいんだよ。僕もいるし」
「和くん・・」
かあ~~また熱くなってめぇりやした~~
「翔、窓を開けろ!窓をっ!」
「ええ~~だって寒いよー」
「暑くてしょうがねぇ」
「健人くん・・どうしたの?風邪でも引いた?」
かっ。なに言ってんだ、和樹。
おめーらのせいだっての!
ったく~~鈍いったらありゃしねぇぜ。
「ただいまー」
おっ、兄貴が帰って来た。
「おかえりー、今日は早ぇんだな」
「おおーみんないるな~」
兄貴はみんなの姿を見て、それぞれの頭を撫でていた。
「まさくん、おかえりー、お勤めご苦労様でした!」
「翔、その言い方な・・ちげーぞ」
そこでみんなは爆笑した。
「健人、これ、みんなに食わせてやってくれ」
兄貴は俺に袋を手渡した。
「なに、これ」
「肉まんだよ、肉まん」
「おおお~」
俺は袋から肉まんを出し、みんなの前に配った。
兄貴は服を着替え、台所へ行った。
「兄貴、ありがとな」
俺は兄貴の傍へ寄り、礼を言った。
「タダでお前の先生やってくれてんだ。これでも足りねぇくらいだ」
「うん」
「お前、お茶入れろ」
俺はコップにお茶を注ぎ、みんなに出した。
みんなはそれぞれに、肉まんを頬張りながら、美味しそうに食べていた。
俺はその姿を見て、絶対にE高校へ行くと決心していた。
バカでどうしようもなかった俺が、みんなのおかげで勉強するようになった。
そして今では、E高校を目指すまでになった。
感謝してもしきれねぇ・・
「和樹~~、このバカをなんとかE高校へ入れてやってくれな!」
兄貴は台所で叫びながら、そう言った。
「はい、お兄さん!任せてください!」
和樹も嬉しそうに、返事をしていた。
兄貴が和樹を「和樹」と呼ぶ日が来るとはなぁ・・
「静香、お前、こんな男ばっかりの中で息苦しいだろ」
兄貴は由名見のことも「静香」と呼ぶようになっていた。
「いいえ・・とても楽しいです」
「今度、俺の彼女連れてきてやるからな」
「はい!楽しみにしています」
兄貴・・優しいなぁ・・
由名見のことも、ちゃんと気を使ってさ。
兄貴はコンタクトを外し、メガネをかけた。
「あ・・すごいですね・・そのメガネ・・」
由名見は兄貴のメガネ姿を初めて見た。
「だろ。俺、ずっとメガネだったんだぜ」
「それも・・いいですね」
由名見は笑いをこらえながら、そう言った。
「静香、おめぇ笑ってんだろ」
「い・・いえっ!大変お似合いだなぁ~~って思いまして・・」
「お前、かけてみろ」
そう言って兄貴は、由名見にメガネを渡した。
「え・・そうですか・・」
由名見はメガネをかけた。
すると漫画に出てきそうな、がり勉女子になった。
その姿を見た俺たちは、声をあげて笑い、由名見は顔を真っ赤にして照れていた。