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俺たちを照らす夜明け  作者: たらふく
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四十七、蘇芳の話



数日後、俺と兄貴は桃田に呼び出された。

といっても、説教じゃねぇ。

一学期の進路相談を受けていなかったので、話を聞きたいとのことだった。


「時雨さん、わざわざご足労いただき、申し訳ありません」


桃田が兄貴に、丁寧に挨拶した。


「こちらこそ、いつも健人がお世話になってます」


兄貴も丁寧に返した。


「それでですね、時雨さん。健人くんは進学を希望されてるんですよね」

「はい。もちろんです」

「そうですか。まあ、最近の健人くんは、見違えるように成績も上がっていますので、進学も十分できますよ」

「そうですか!」


兄貴は桃田にそう言われ、身を乗り出して喜んでいた。


「で、時雨。志望校はどこなんだ?」

「E高校」

「えっ・・」


桃田の顔が曇った。


「先生、E高校ってのは、どんな学校なんですか」


兄貴が桃田に訊ねた。


「えっと・・E高校は、県内でも大変優秀な進学校でして、競争率も高いんですよ」

「そう・・ですか・・」

「時雨、E高校は難しいと、先生は思うぞ」

「ふーん」


俺はぶっきらぼうに答えた。


「こらっ!健人、ふーんじゃねぇだろ」


兄貴は俺の頭を小突いた。


「先生、俺、今めっちゃ勉強、頑張ってんだけど、無理なのかよ」

「はっきり言って・・大変厳しい・・」

「でも、やってみなくちゃ、わかんねぇだろ」

「あのな、時雨。先生はこれでもプロだぞ。確実に行けるところを指導するのが先生の役目だ」

「ふーん」

「あの、時雨さん。もしE高校をどうしても受けると言うなら、私立と併願ならいいと思いますが」


桃田は俺より、兄貴に説明していた。


「併願ですか・・それってE高校落ちたら、私立へ通うってことですよね」

「そうですが」

「うちは私立は無理です。学費が払えません」

「そうですか。ではやはりレベルを下げて、確実に行けるところを受験される方が良いかと思います」

「そうですよね・・」

「俺、E高校しか受けねぇからな」


俺はまた、そう言った。


「健人!じゃ、おめぇ落ちたらどうすんだ」

「落ちたら働くよ」

「バカっ!それじゃ、なんのために今まで勉強やってきたんだ」

「E高校へ行くために、決まってんだろ」

「だから、先生は難しいと仰ってるじゃないか」

「ヤダね。俺はE高校しか受けねぇ」

「健人!」

「まあまあ・・時雨さん」


桃田が見かねて制した。


「あ・・すみません」

「時雨、お前の気持ちもわかるがな、先生だってお前を不合格になんてしたくないんだよ。ちゃんと進学してほしいと思ってるんだよ」

「そうかよ」

「そりゃE高校に入れたら、すごいと思うよ。だけどな、どんな学校だって、どこの学校だって勉強はできるんだ。でも入れなかったらそれさえもできないんだよ」

「・・・」

「でもな、時雨。お前は本当に頑張ってる。お前の成績だと、E高校とはいかないまでも、かなり上位の高校でも合格できる学校はあるんだよ」

「そ・・そうなのかよ・・」

「ああ。例えば、S高校も進学校だ。それと・・T高校も。この辺りに合格すれば、大学へだって行けるぞ」

「大学ぅ??マジかよ。俺、高校だけでいいから」

「まあ、今はそうかも知れんが、とにかく高校へ行かんことには、勉強する場がないからな」

「・・・」


「時雨さん。また健人くんと話し合ってください。私はいつでも相談を受けますので」

「そうですか。ありがとうございます」


そして俺たちは、学校を後にした。


「健人」

「なんだよ」

「先生の言う通りだと思うぞ」

「は?」

「落ちたらどうしようもねぇ。行かなくちゃ意味がねぇんだ」

「・・・」

「学校へ行きさえすれば、どこだって勉強できる。おめぇ次第で頑張れるんだよ」

「・・・」

「俺はおめぇに、高校へ行ってほしい。俺の分まで勉強して賢くなってほしいんだ」

「俺、まだ諦めねぇからな。E高校」

「なっ・・」

「今から確実に行けること狙ったって、意味ねぇよ」

「なんでだよ」

「だってこれ以上、勉強しなくたっていいじゃん」

「はあ?」

「ギリギリまで頑張って、それでもダメなら考え直せるけど、今から諦めてどうすんだよ」

「健人・・」

「受験って来年だぜ?今はまだ十月じゃねぇか」

「そっか・・」

「俺には「先生」が三人もいんだぜ?教えてくれる「先生」に失礼じゃねぇか」

「そうか・・まあ、諦めずに勉強し続けるのはいいこった。目指すだけ目指してみるのもいいかもな」


それから俺たちは、晩飯を食うため、ファミレスへ寄った。

晩飯時とあって、店内は混雑していて、俺たちも名前を書いて入口の椅子に座って待った。


蘇芳すおう様、蘇芳様」


店員が名前を呼んだ。

蘇芳って・・西雲のやつと同じ名前だ。


名前を呼ばれて立ち上がった男は、まさしくあの蘇芳だった。

げっ・・マジかよ・・

あいつ・・そういや実刑にならなかったんだな・・

ってことは、執行猶予期間か。


蘇芳は二人連れだった。

もう一人の男は見覚えがない。

でも、いかにもチンピラという風貌だった。


蘇芳は俺に気がつかず、店員に案内されるまま、奥へと入って行った。

しばらくして、俺たちも呼ばれた。

席へ案内されると、偶然にも蘇芳たちに背を向ける形で、後ろの席に着いた。


「健人、なににする?」


兄貴はメニューを俺に差し出した。


「えっと・・ハンバーグ定食」

「え・・これ、見なくていいのか」

「うん」


俺は飯より、蘇芳のことが気になった。


「じゃー、俺はなににすっかな~」


兄貴はメニューをペラペラめくり、写真に見入っていた。


「蘇芳・・で、お前これからどうすんだ」


俺の背中越しに、チンピラの声が聞こえてきた。


「どうするったってよ・・放り出されたもんは、どうしようもねぇな」

「で、その親分とやらは、今、なにやってんだ」

「知らねぇ。俺たちを放り出すだけ放り出して、あとは知らねぇってことだろ」

「酷でぇ話だな。お前がどんだけ、組に尽くしてきたと思ってんのかね」

「さぁな。使い捨てみたいに思ってんだろ」


そうか・・蘇芳は放り出されて、今はプー太郎ってことか。


「健人・・?」

「え・・なに?」

「ドリンクバーは、どうする?」

「あ・・俺はいいよ」

「そっか。じゃ、注文するぞ」


兄貴は店員を呼び、ハンバーグ定食とカレーライスと、ドリンクバー一つを頼んだ。


「ああ、そういえばな・・」


頼むよ、兄貴。今は話しかけんなよ・・


「なに・・?」

「来月、葵ちゃんの誕生日なんだよ」

「へぇ」

「それで、家へ連れてこようと思ってんだけど・・」

「へぇ」

「へぇって・・」

「へぇ」

「健人、お前、俺の話聞いてるか?」

「へぇ」

「おい、健人!」

「えっ・・あ・・なにっっ?」

「お前な・・今の話、聞いてたか?」

「えっと・・学校の話・・?」

「ちげーよ。バカ」

「ごめん、なんだっけか」

「ったく・・もういいよ。また今度話す」


兄貴は、やれやれといった風に、ため息をつきながら、ドリンクバーの方へ行った。


「それで成弥ってやつは、どうしてんだ?」

「それも知らねぇ。豚箱でよろしくやってんだろ」

「よろしく、か」

「あいつは酷でぇやつだった。唯我独尊とは、あついみたいなことを言うんだ。まさに独裁者だな。そういう意味では、組は潰れてよかったんだ。あいつが頭になると、今よりもっと酷でぇことになってただろうぜ」

「ほう。独裁者か」

「金は持ってる。おまけにイケメンときてる。そりゃもう、手あたり次第女をたぶらかしてよ。さすがの俺も見るに堪えなかったぜ」

「へぇ、そうなんだ」

「あいつは独裁者だが、結局、孤独なやつなんだよ。誰からも愛されねぇやつだった」

「ほう。親にも愛されてなかったのか」

「ああ。放任主義ってやつか?聞こえはいいが、単に好き勝手、やりたい放題させてただけだな」

「そりゃ成弥も、そうなるな」


成弥は独裁者。でも孤独。

まあ、そうだろうな・・

あいつ、豚箱から出てきたら、どうすんだよ。


「健人!お前、何やってんだ」

「え・・」

「ハンバーグ、来てんじゃねぇか」

「あ・・」


目の前を見ると、ハンバーク定食が置かれていた。

いつの間に・・気がつかなかった・・


「さっさと食えよ」

「あ・・うん」


「まあ、それにしても、結局はよかったんじゃねぇか?」


チンピラ男がそう言った。


「どういうこった」

「お前は自由じゃねぇか。好きに生きられるってこった」

「まあな」

「でも、もう二度とヤバイことすんなよ。今度やったら実刑だぞ」

「わかってるさ」

「俺が今度、いい仕事見つけてきてやるよ」

「すまねぇな」

「いいってことよ。現場は人手不足でな。お前みたいなおっさんでも働き口はあるぜ」

「おめぇだって、おっさんじゃねぇか」

「ちげぇねぇや。わはは」


俺はハンバークを食べながら、何ともいえない複雑な気持ちになった。

蘇芳はもう、別の道を歩み始めている。

でも成弥はどうなるんだ・・

俺は成弥になんか同情はしねぇ。

でも、あいつは東雲の実の孫なんだぞ・・


あっ・・柴中・・爺さんに話したのかよ・・

ぜってー、まだだな・・

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