四十六、三人の先生
「気楽にしてくれな。由名見先生」
俺たちは部屋に上がり、窮屈そうにしている由名見に、俺はからかって見せた。
「時雨くん・・先生だなんて、やめてください」
「あはは。ま、いいじゃねぇか。汚ねぇとこだけど、楽にしてくれな」
「はい・・ありがとうございます」
そして翔と由名見は、ちゃぶ台の前に座った。
「たけちゃん、今日も、まさくん遅いの?」
「なんだかな~、ここんとこずっと残業続きでさ」
「そっかぁ。まさくんも大変だね」
俺は台所へ行き、翔と由名見にお茶を入れた。
「こんなもんしかねぇけど、どうぞ」
俺は由名見に、コップを差し出した。
「どうも・・」
「翔は慣れてっからな」
「あはは。いただきま~す」
「時雨くんは、料理とかしたりするんですか」
「うん。弁当なんて俺が作ってんだぜ」
「そうだったんですか・・」
「俺さ、親がいねぇだろ。だから家事は兄貴と分担してやってんだ」
「そうなんですね。大変でしょう?」
「いや、全然。もう慣れたし」
「こんにちは」
おおっ、来たぞ。和樹先生。
由名見は下を向いていた。
「和樹~いらっしゃーい」
「お邪魔します」
和樹は由名見を見て、驚ていた。
「静ちゃん・・」
「和くん・・」
おお・・なんだ、この雰囲気。
二人ともガチガチに固まってんじゃねぇか。
「和樹、ほら、座れよ」
「あ・・うん・・」
和樹は翔の横に座った。
「和樹、今日から由名見も先生になってくれたから」
「え・・そうなんだ」
「ほら、俺、由名見とクラスメイトだろ。で、由名見って超頭いいし、それで加わってもらおうと思ってな」
「そっか・・わかった」
和樹も由名見も、互いを見ることはなかった。
ん・・やっぱり和樹も由名見のこと、好きなんじゃねぇの?
「さあ~~特訓開始ぃ!」
翔がそう言って、地獄の特訓が始まった。
「翔、コンビニ行くから、着いてきて」
特訓開始から一時間ほど経って、俺は翔に声をかけた。
「あ、そうなの。わかった」
「和樹、由名見、留守番頼むぜ」
和樹と由名見は何か言っていたが、俺たちは無視して外へ出た。
「たっけちゃ~ん。粋な計らいだね」
「まあ、二人にしてやんねぇとな。俺たちがいたんじゃ話もできねぇだろ」
「さすが~たけちゃん」
俺たちは、夏休みにバイトしていたコンビニに向かった。
「いらっしゃいませ。あっ!時雨くんじゃないか」
「店長~~お久しぶりっすね」
店長は嬉しそうに笑っていた。
「ほんと、久しぶり過ぎるよ。もっと通ってよね」
「あはは。すみません」
「なにか買いに来たの?」
「うん、まあ」
「そっか。ゆっくり見てってね」
そして俺と翔は、雑誌コーナーへ行った。
「あっ、新刊出てる~~」
翔は一冊の漫画を手にして、そう言った。
あ・・あのヤクザの本か。
「僕、これ買おうっと」
「お前、ほんと、それ好きな」
「そうだよ~だって面白いもん」
「ふーん」
俺はその場を離れ、ペットボトルのジュースを手にした。
「時雨くん・・」
店長が俺の傍でそう言った。
「なんすか」
「聞いたよ。会合での活躍」
「え・・マジっすか」
「よく、あの景須さんを説得できたね」
「まあ、説得ってか・・言いたいこと言っただけっすけどね」
「東雲さん、喜んでいたよ」
「そうっすか・・」
喜んでいたってことは・・柴中、まだ話してねぇのかよ・・
「それ、いつの話っすか」
「えっと、一週間前くらいかな」
一週間前・・
柴中、なにやってんだ。
俺が話してから、二週間は経ってんぞ。
あのおっさん・・腹が決まらないようだな・・
「そうっすか。まあ喜んでくれてよかったっす」
「西雲も解散させられたし、和樹くんも元気みたいだし、一件落着だね」
「はい」
そして俺と翔はコンビニを出たところで、しばらく話をした。
「まだ三十分くらいしか経ってないね」
「んだな。せめて一時間くらいは二人にしてやんねぇとな」
「なに話してるんだろうね~あの二人」
「もじもじしてるだけなんじゃね?」
「たけちゃんって、好きな子いないの?」
「はっ。なに言ってんだよ。っんなもん、いねぇよ」
「そっかあ」
「翔こそ、どうなんだよ」
「僕もいないなあ」
「お前って、けっこーモテんじゃん」
「モテてないよ」
「告られたりしねぇの?」
「うーん、あるけど、僕、別に彼女とかほしいって思わないんだあ」
「マジかよ!」
「たけちゃんや、和樹くんといるほうが楽しいんだあ」
「変なやつ」
「なんだよ~変って。たけちゃんはどうなのさ」
「まあ、そうだな。俺もお前らといるのが一番楽しいかな」
「でしょ~~、ほらね」
「時雨くん」
店長が外に出てきた。
「これ、食べて」
店長は、ソフトクリームを、俺と翔に渡してくれた。
「えっ・・でも」
「いいんだよ。僕の奢りね」
「そうっすか。ありがとうございます」
「すみません~僕まで。ありがとうございます」
「その代わり、店に来てね」
店長は笑いながら手を振って、中へ入って行った。
俺たちはソフトクリームを舐めながら、ぼちぼち歩き出した。
「店長って、いい人だね」
「うん。俺、冬休みもあそこでバイトしようと思ってんだ」
「そっかー。じゃ僕もそうしようかな」
「おお、いいんじゃね?」
そして俺たちは、やがて家に着いた。
二人は、なにしてっかな・・ぷぷぷ・・
「ただいまー」
俺たちが部屋に上がると、二人は向かい合って笑っていた。
「あっ・・おかえり」
「おかえりなさい」
二人は急に、真顔になった。
「ジュース買ってきたぞ~」
「和樹くん、僕、新刊買っちゃった」
翔はそう言って、和樹に漫画を見せていた。
「あっ、新刊出たんだね。僕も帰りに買うよ」
「また話しようね」
「うん、そうだね」
「おーい、由名見、ジュースいれんの、手伝って」
俺は台所から由名見を呼んだ。
「はーい」
由名見はすぐに、俺の傍まで来た。
「由名見・・話はできたか・・」
「あ・・はい・・」
「和樹もお前と会えて、嬉しそうだな・・」
「そんな・・」
「お前ら、いい感じだぜ・・」
由名見は顔を真っ赤にして、コップにジュースを注いでいた。
「さっ、運んでくれ」
「はい」
由名見はお盆にコップを乗せ、ちゃぶ台に置いて配っていた。
「あ、オレンジジュース、静ちゃん好きだったよね」
「え・・うん・・」
「ありがとう」
和樹は自分の前に配られて、嬉しそうに由名見の顔を見ていた。
かあ~~見ているこっちが恥ずかしくなるぜっ。
翔も二人を見て、嬉しそうに笑っていた。
「さーて、これ飲んだら、続きやりますか~~!」
翔はそう言って、ジュースをゴクゴクと飲み干した。
そして再び、地獄の特訓が始まった。
和樹が中心になって教え、俺たち三人がまるで塾生のようだった。
和樹は俺のために、受験に対応できるような問題を出し、しかも簡単なものから、徐々にレベルアップしていくという、巧みに計算されたやり方をとっていた。
俺にとっては地獄に変わりはないが、それでも学校で先生に習うより、よっぼど和樹の方がわかりやすく教えてくれた。
「和くん・・ここの方程式なんですけど、これでいいのかな・・」
「ちょっと待ってね。ええっと・・。あ、ここはxとyが逆だね。だから、ここがこうなって・・」
「あっ、そっか。あはは。私ったら初歩的なミスを・・」
「ドンマイ。ありがちなミスだよ。気にしないで」
「はい」
くわあ~~あちぃ~~あちぃ~~やってらんね~~
「たけちゃーん、さぼっちゃダメだよ」
「翔!窓を開けろ!窓をっ!」
「たけちゃん、なに言ってんの。もう夜は冷えるよ?」
「暑くてかなわねぇ~~」
俺が冗談を言っても、和樹と由名見は知らん顔をして、勉強を続けていた。
こいつら・・わかってねぇ・・