四十五、動かぬ歯車
俺は数日後、柴中に電話をした。
やっぱり和樹のことを相談するには、柴中しかいねぇと思った。
「柴中さん、俺、時雨」
「おう、時雨ぇ。先日はご苦労さんだったな」
「いや、それはいいんだよ」
「なんか用か」
「実は、相談したいことがあってさ」
「相談?おめぇ、もう東雲とは関わりを持っちゃいけねぇぜ」
「それはわかってる。だけど大事なことなんだ」
「そうか・・んじゃ、駅前で待ってろ」
「わかった」
そして俺たちは、駅前で落ち合うことになった。
今日は「塾」も休みだし、俺はこの日しかチャンスがないと思っていた。
やがて柴中が到着し、俺は車の助手席に乗った。
「で、相談ってなんだ」
「和樹のことなんだけどさ・・」
「ほう、坊ちゃんがどうかしたか」
「柴中さんも知ってるよな。和樹が捨て子だったってこと」
「ああ」
「実は、そのことには、他の事実が隠されてんだよ」
「はあ?他の事実?」
柴中は俺の顔を見て、一抹の不安を感じたようだった。
「あのさ・・由名見の爺さん、知ってんだろ」
「あ・・ああ、もろちんだ」
「その爺さんから聞いたんだけど・・」
「いや、ちょっと待て。おめぇがなんで由名見さんを・・あっ、そうか。おめぇ、由名見の孫と同級生だったな」
「うん。それはそうなんだけど、今から話すことは、静香も知らねぇんだ」
「・・・」
「東雲の爺さんも、和樹も、誰も知らねぇことなんだ」
「おめぇ・・なんだってんだ・・」
「だから、ちゃんと聞いてくれな」
「あ・・ああ・・」
そして俺は、由名見の爺さんから聞いたことを、すべて話した。
「おめぇ・・それ、マジな話か」
「マジだよ。こんなこと嘘言ってどうすんだよ」
「なっんてことだ・・実のお孫さんが・・生きてるのか・・。それが成弥とは・・」
柴中は頭を抱え込んでいた。
「でさ・・俺、和樹を東雲から解放してやりてぇんだ」
「そっ・・そんなことできるか!」
「だってさ、和樹は東雲と何の関係もねぇんだぜ」
「なにをっ!関係ねぇと言いやがったな!」
「だって、関係ねぇじゃん!んで、あいつはヤクザになんか向いてねぇよ!」
「おめぇ・・勝手なことぬかすんじゃねぇぞ」
「柴中さん・・」
「なんだよ」
「和樹のこと、考えてやってくれよ。あいつは跡目を継がなくていい立場なんだ。んで、クズ野郎だけど、実の孫はいるじゃねぇか」
「っんな!あんな成弥ごときに、東雲の跡目を継がせるわけにはいかねぇ!」
「でもさ、成弥だって、ある意味被害者じゃねぇ?由名見の爺さんのせいで、成弥は西雲みてぇなクズに育てられ、ああなっちまったんだよ」
「そんなこと、今更どうすることもできねぇよ!」
「西雲は解散させられた。成弥はもう跡目でもなんでもねぇ。しかし、あいつはこの先、ますますクズ人間のままだぜ」
「・・・」
「西雲にいる限り、成弥はまた犯罪をやらかすかも知れねぇ。そうなったらあいつは、もう終わりだぜ?」
「おめぇ・・何が言いてぇんだ」
「成弥を東雲で引き取ったらどうだ」
「バカなっ!あり得ねぇよ」
柴中は、ハンドルを叩いて、その勢いでクラクションが鳴った。
「柴中さん、俺さ・・」
「なんだよ!」
「俺も一つ間違えば、成弥みたいになってたかも知んねぇんだ」
「どういうこった」
「俺、自分を産んだクソババアのことを恨み、何もかもがウザかった。楽しいことなんて一つもねぇし、生きる意味なんてねぇと思ってた。でも、俺には唯一、翔ってダチがいた。俺は翔のおかげで道を踏み外さずに済んだ。これは伊豆見にも言われたことだ。「こいつに感謝しろ」って。そんな時、俺は柴中さんや和樹や爺さんに出会ってスリリングなことに関わり、俺の日常が一変した。ひょんなこととは言え、俺はそんな日常の中でダチの大切さを学んだんだ」
「おめぇ、なに言ってんだ」
「だから、成弥だって環境が変われば、クズじゃなくなるんじゃねぇか?」
「けっ!そんな簡単なことじゃねぇ。そもそも御大が受け入れるかどうかもわからねぇし、西雲がこの話を聞いて、「はい、そうですか」と納得するわけねぇだろ」
「そりゃそうだけどよ・・」
「それ以前に、このことを坊ちゃんが知れば、どれだけショックをお受けになるか・・」
「・・・」
「自分が捨て子なんてよ・・。俺はとてもじゃねぇが言えねぇ・・」
「でもそれじゃ、和樹をずっと騙すってことになるんだぞ。柴中さん、それでもいいのか!」
「・・・」
「柴中さんが話せないなら、俺から話す」
「おめぇ・・なに言ってやがる」
「柴中さん!このままでいいはずがねぇだろ!実の孫は生きてんだぜ!そしたら実の孫を跡目にするべきだろが!」
「・・・」
「和樹を自由にしてやってくれ!頼むから!」
柴中は顔をゆがめて、頭をハンドルに打ち付け、またクラクションが鳴った。
「どうすりゃいいんだ・・どうすりゃ・・」
「だから、何もかも明らかにすべきなんだよ。由名見の爺さんだって苦しんでる・・」
「ったく・・虎雄さん・・とんでもねぇことやらかしてくれたもんだ・・」
「俺から和樹に話してもいいな」
「それはダメだ。おめぇが話すことじゃねぇ」
「だったら、柴中さんから話してくれるのか」
「まず・・この話は御大のご沙汰を伺わねぇとな」
「・・・」
「俺一人が、どうこうできる話じゃねぇ・・」
「じゃ、頼んだぜ」
「ああ・・」
そして俺は車から降り、柴中は走り去って行った。
東雲の爺さん・・どうすんだろうな・・
もしかして、頭が変になるんじゃねぇのか・・
それからほどなくして、中間テストも終わり、俺の成績はなんと、クラス三十五人中、十二番だった。
かっんがえらんねー。
いつもビリの定位置にいた俺が・・十二番って・・
当然、トップは由名見だった。
「時雨くん、すごいですね」
教室で由名見が話しかけてきた。
「いや、まあ・・」
「このまま行けば、すぐにトップテン入りですよ」
「っんなあ~、まだまだだぜ」
「あの・・それと・・」
「なんだよ」
「お爺さんが、また遊びに来てほしいって言ってました」
「あ・・ああ・・そっか・・」
「以前、時雨くんに助けられて、それ以後、すっかり時雨くんのことがお気に入りみたいですよ」
「そ・・そっか・・」
由名見の爺さん・・なんか話でもあるのかな・・
「爺さん、元気にしてるのか」
「はい。元気ですよ」
「お前さ・・和樹と会わせてもらえねぇんだよな」
「はい・・」
そう言って由名見は俯いた。
由名見は和樹の話となると、様子が変わってしまう。
爺さんはヤクザを嫌ってる。
和樹は捨て子とはいえ、東雲の跡目なんだ。
そりゃ会わせたくねぇだろうよ・・
「お前、会いたいんじゃねぇのか」
「いえっ・・それは・・」
「お前さ、いくら止められてるからって、自分の気持ちってもんがあんだろ」
「そうですけど・・でも、和くんは私のことなんて・・」
「よしっ、わかった」
「え・・?」
「お前、俺んち来いよ」
「え??時雨くんのお家に、私が?」
「和樹に会わせてやるよ」
「ええっっ!!」
由名見が叫んでも、もうクラスのやつらは注目することがなかった。
これまで由名見は何度も叫び、その度なんでもないことがわかり、もう慣れてしまったのだ。
「俺んち「塾」になってんだよ」
「へ・・?塾?」
「和樹と翔が先生」
「ほ・・ほんとですか・・!?」
「あ・・お前も先生になってくれよ」
「わっ・・私もですか・・!」
「爺さんにもさ、俺の先生やるっつったら、反対しねぇんじゃね?」
「そっ・・それは、そうですけど・・」
「よしっ、決まりな」
「ええ~~!」
由名見はそう言いながらも、やっぱり嬉しそうだった。
和樹に会えることが、そんなに嬉しいんだな。
よっぽど好きなんだな。
そして放課後、俺は由名見と翔を連れて家へ帰ることにした。
「由名見さんって、頭いいよね~」
「朝桐くん・・別にそんなこと・・」
「それにしても、たけちゃん。先生が三人って、すごいよね」
「ああ。ありがてぇこった」
「僕なんか、先生といいながら、実は和樹くんに教えてもらってるんだ~」
「そ・・そうなんですね・・」
「役得ってやつだよ~」
「あの・・ちょっと家に電話します」
由名見は少し離れたところで、家に電話をしていた。
「たけちゃん」
「なんだよ」
「なんで急に、由名見さんも先生になったの?」
「そりゃ先生は多ければ多いほど、いいんじゃね?」
「まあね。でもこれまで由名見さんには、学校で教えてもらってたんでしょ?」
「まあな・・」
「それがまた、なんで」
また翔のやつは・・なんか勘ぐってるな。
「あのさ・・ここだけの話だぜ・・」
俺は翔の耳元で、小声で話した。
「実は、由名見は和樹が好きなんだよ」
「えっ・・」
「で、会わせてもらえなくてな・・」
「なんで?」
翔は、和樹と由名見が遠縁にあたることも知っていたし、俺はその訳を話した。
「なるほど~。たけちゃんがキューピット役ってことだね」
「まあな」
「そういうことなら、了解!」
「お待たせしました」
由名見が戻ってきた。
「爺さんか?」
「はい」
「で、なんて?」
「粗相のないように、って」
「あはは。爺さんらしいな」
「え・・たけちゃんって、由名見さんのお爺さん知ってるの?」
げっ・・しまった・・この話は翔にしてなかったな・・
「時雨くんね、私のお爺さんが倒れそうになったところ、助けてくれたんですよ」
「へぇーそんなことがあったんだ」
そう言って翔は、俺を疑いの目で見ていた。
でもそれ以上は訊いてこなかった。