四十三、筋を通す
「健人」
「なんだよ」
「俺、ちょっと今日さ・・帰りが遅くなるから」
俺と兄貴は、朝飯を食べながら話をしていた。
「残業か?」
「いや・・その・・」
「あっ・・はいはい~デートっすね~」
「あ・・うん、まあ・・」
「もう~今更、照れんなよ」
「で、お前、ちゃんと戸締りして寝ろよ」
「わかってますよ~ぷぷぷ」
「おめぇ、なんか変な想像してんだろ」
「とんでもないっすよ!ごゆっくりね~」
「バカめ」
兄貴はせっせと、私服の用意もしていた。
あ・・こないだ買ったやつだな。
いいねぇ~春だねぇ~
「んじゃ、行って来る」
「はーい、いってらっさぁ~い」
ん・・?兄貴の帰りが遅いってことは、俺・・会合へ行こうと思えば行けるじゃねぇか。
あ・・でも翔だよ・・
あいつ、ずっと俺といるって言ってたな。
くそっ・・どうすっかな・・
「たけちゃん、おはよう」
通学途中、翔が声をかけてきた。
「おはようー」
「今日は、放課後、残って特訓だよ」
「あ・・うん」
ぐっ・・早速、念押しかよ・・
「二学期の中間、頑張らないとね」
「そだな」
「たけちゃんって、受験する高校、決めてるの?」
「いや・・まだ。あんま知らねぇし。そのうち桃田に相談するかも」
「僕ね、E高校へ行こうと思ってるんだ」
「えっ・・E高校って和樹と同じじゃねぇか」
「そうだよ」
「そっか・・E高校か・・」
「たけちゃんも、そうする?」
「じゃ、俺もそうする」
俺が簡単にそう言ったことで、翔は半ば呆れた顔をしていた。
「たけちゃん・・」
「っんだよ」
「あのね・・E高校って、進学校なんだよ」
「へ・・?」
「試験も難しいし、競争率も高いの!」
「マジかよ・・」
「今のたけちゃんじゃ無理!」
「お前な・・はっきり言い過ぎ」
「だって現実を知っとかないとね」
「そりゃそうだけどよ・・。それって今からでも間に合うのか」
「相当、めちゃくちゃ、すごーく頑張らないと無理だよ」
「マジか・・」
和樹と同じ学校に通えたら、楽しいだろうな。
島田もいるし。
翔は、そこそこ勉強できるし、行こうと思えば行けるんだろうな。
そうなったら、俺だけハブかよ・・
「でもさ、和樹くんにも教えてもらえるんだし、希望はあるよ」
「そっか・・ダメ元でE高校、目指してみるか」
「そうだね!じゃ、放課後ね」
翔はそう言って、教室へ行こうとした。
「翔!」
「えっ・・なに?たけちゃん」
「あの・・今日の特訓は、勘弁してくんねぇか」
「どうして?」
「あっ・・兄貴がデートでさ」
「それで?」
「俺、留守番頼まれたんだ」
「そうなんだ」
「それで、早く帰らなくちゃいけねぇんだ」
「そっかぁ・・それなら仕方がないね」
「うん、わりぃな」
「いいよ。じゃ明日の放課後ってことで」
「わかった」
ああ~~・・よかった。
突っ込まれたら、どうしようかと思ったぜ。
会合に行っても、参加できるかどうかわかんねぇけど、とりあえず俺は行くと決めていた。
放課後になり、俺は和樹に電話をかけた。
「もしもし、俺」
「あ、健人ん。どうしたの?」
「今日の会合って、何時からだ?」
「えっと、午後六時からだけど。それがどうかしたの?」
「いや、はっぱをかけようと思ってな。頑張れよ、和樹」
「うん、ありがとう」
六時か・・まだ時間はあるな・・
俺はとりあえず、老舗料亭の近くまで行き、お茶を飲んで待つことにした。
カフェの中へ入り、俺は作戦を考えていた。
しかし・・何一つ思い浮かばねぇ・・
もう突撃しかねぇか・・
でもそんなことしたら、和樹や東雲に迷惑がかかるといけねぇしな。
ああ~~・・どうすりゃいいんだ・・
「た・け・ちゃ・ん」
げっ・・この声は・・
振り向くと、当然のように翔が立っていた。
「お・・お前な・・」
「やっぱりね。こういうことだろうと思った」
翔はそう言って、俺の前に座った。
「お前・・わかってたのか・・」
「当然!たけちゃんは、すぐ顔に出るんだよねぇ」
「あのな・・今日は、お前は関係ねぇから」
「どうして?僕だって和樹くんの友達だよ」
「そうだけど、お前、助け舟、出したらダメだって言ってたじゃねぇか」
「そうだよ」
「だったら、なんでここに来たんだよ」
「会合が終わった後の和樹くん、心配でしょ」
「え・・」
「話を聞こうと思ってね」
「そっか・・」
「だって、和樹くん、辛くても誰にも相談できないんだよ」
「うん・・」
「じゃ、僕たちが話を聞いてあげるしかないでしょ」
「そうだな・・」
「たけちゃんも、そう考えて来たの?」
「俺は・・」
俺が正直に話したら、翔はぜってー、止めるに違いねぇ。
「たけちゃん・・別のこと考えてるね」
「ち・・ちげーしっ」
「うっそ。あわよくば、参加しようと思ってるでしょ」
「なっ・・」
「やっぱり・・」
「ちげーっつってんだろ」
「ほんとに・・たけちゃんには、困ったもんだ」
「っんだよ」
「もし・・もしよ?参加できることになったら、電話は通話のままね」
「え・・」
「たけちゃん、止めたって行くんでしょ」
「翔・・」
「で、たけちゃん、ある意味、当事者だし」
「・・・」
「ケツ拭かないとね」
翔はそう言って笑った。
「翔・・俺は無茶はしねぇ。約束する」
「うん」
「余計な口出しもしねぇ」
「うん」
「ただ、景須のおっさんに一言詫びなくちゃな・・」
「うん、わかった。でも気をつけてね」
それからほどなくして六時が迫り、俺たちは料亭の前まで行った。
すると黒塗りの車が停車した。
そこから柴中と、和樹が下りてきた。
和樹は黒いスーツに身を固め、背筋も伸びて、いかにも跡目らしい風貌だった。
「あっ!時雨じゃねぇか!」
柴中は俺と翔に気がつき、驚いてそう言った。
しまった・・見つかってしまった。
「柴中さん・・久しぶり・・」
「健人くん・・翔くん・・」
和樹も驚いて俺たちを見た。
「時雨・・お前、来てくれたのか」
「え・・?」
柴中・・なに言ってんだ・・
「実は・・今日、お前も参加することになってんだ。でも、御大はおめぇが参加できねぇことを、今から、景須親分に話すところだったんだ」
「ど・・どういうこと?」
「景須親分は、坊ちゃんも、もちろんのことだが、おめぇにもお怒りでな。だから絶対に連れて来いと仰ってんだ」
「そうなのか」
「でもおめぇは帰れ。御大もおめぇを巻き込むつもりはねぇと仰っている」
「いや、俺、参加するし」
「えっっ!」
「俺、そのために来たんだよ。景須のおっさんにも謝りてぇし」
「おめぇ・・いいのか」
「いいに決まってんじゃねぇか」
ひょんなことから、俺は堂々と参加することになった。
翔は料亭の外で待ち、中の会話を電話で聴くことになっている。
「健人くん・・いいのかい?」
「いいんだって」
「でも、それじゃあまりに迷惑が・・」
「ちげーって。俺も当事者なんだぜ。一言くらい詫びねぇとな」
ほどなくして、爺さんの乗る車が到着した。
爺さんは俺を見つけ、なぜ来たんだ、という風な表情を見せていた。
「時雨くん・・どうしてきみがここにいるのですか」
「爺さん、今日は俺も参加させてもらうぜ」
「なにをバカなことを!早く帰りなさい!」
「俺も当事者なんだよ。男ならてめぇのケツくらい、てめぇで拭かせてくれよ」
「時雨くん、私はきみのお兄さんと約束したのです。裏切るわけにはいきません」
「爺さん・・その気持ちはわかるし、ありがてぇよ。でもな、俺だって男なんだ。ヤクザの世界ってのは筋を通すもんじゃねぇのか」
「時雨くん・・」
「だから、景須のおっさんに詫びを入れさせてくれ。それだけでいいんだ」
「そうですか・・それだけですよ、いいですね」
「わかった」
そして俺たちは中へ入った。
「和樹・・緊張すんなよ」
「健人くんもね」
俺たちは長い廊下を歩きながら、互いを気遣いあった。
大広間に入ると、もう西雲のギョロメおっさんは座っていた。
ふーん、今日はおっさん一人なんだな。
そして俺たちも、それぞれ座布団の上に座った。
ほどなくして、恐ろしい形相をした景須のおっさんが入ってきた。
ひゃ~~・・めっちゃ怒ってんじゃん。こえ~~・・
景須のおっさんは、俺を睨みつけていた。
マジか・・俺かよ・・
怒りの矛先は、爺さんと和樹じゃねぇのかよ・・
「今日、集まってもらったのは他でもない。前の集会の時、あろうことかこの俺を騙しやがった連中がいた。それとだ。跡目が犯罪をやらかして、現在、豚箱に入ってるという不祥事を起こしやがった。これらについて話をする」
景須のおっさんは、部屋中に響き渡るようなドスの利いた声でそう言った。
「東雲。大体のわけは事前に聞いて知っている。おめぇは組存続のためにそこまで仕組みやがった。この俺を騙してまで。どういう了見だ」
「誠に言い訳の余地もございません。大変申し訳なく存じております。浅知恵とは思いましたが、組存続のためにはああするより他に策が見つからず、あのように至った次第にございます」
「東雲の若いの。おめぇはどうなんだ」
「はい。わたくし、東雲の四代目にございます、和樹と申します。親分さんにはお初にお目にかかり、光栄に存じております。この度はわたくしの身体が弱いため、あの日の集会にどうしても参加させていただくことができず、ここにおります時雨くんに頼んだ次第にございます。わたくしも東雲の跡目ならば、地を這ってでも来させていただくべきでしたが、甘い考えに至り、大変申し訳なく思っております」
和樹・・なんか、すげーぞ・・リハして来たのか・・
「時雨とやら。おめぇカタギの身でありながら、この俺を騙す手口に一枚噛むとは、てぇした度胸だ。おめぇみたいなガキに騙されて、俺も焼きが回ったもんだ」
「景須さん、あの日は騙して悪かった。それは素直に謝る。申し訳ない。でも俺がこの話に乗ったのは、決して騙してやろうとか、そんな汚ねぇ考えからじゃねぇんだ」
「ほう。じゃ、なんだ」
「和樹や東雲の事情を知って、助けてやりてぇと思ったんだよ。そしてあの商店街の人たちと東雲の関係は、マジでいいんだ。でも東雲が潰れれば、商店街の人たちは西雲に乗っ取られ、酷い目に遭うのはわかっていた。俺はそれが嫌だったんだ。かわいそうだと思ったんだよ」
「おめぇ、あの日もそんなこと言ってたな」
「そうだよ。それとだ!おい、西雲!」
俺はギョロメに怒りをぶつけた。
「おめぇんとこの成弥。あれは酷でぇやつだ。俺は成弥に殺されそうになったんだぞ。島田ってやつもだ。親ならちゃんと躾をしろ!」
するとギョロメは、俺を睨みつけた。
「時雨とやら、その話はあとだ」
「あ・・はい・・」
「おめぇがやったことは、俺たちの世界じゃ通用しねぇんだ。道理を欠いちゃ生きていけねぇんだ」
「道理って・・ちゃんと道理はあるじゃねぇか!」
「ほう。どんな道理だ」
「商店街の人を思う気持ちだよ。それで十分じゃねぇか。それともなにか。西雲みてぇなクズ集団に、商店街を潰されてもいいってのか。あの人たちが路頭に迷ってもかまわねぇ道理ってなんだよ!っんなもん俺にとっちゃクソなんだよ!」
「時雨とやら・・」
「なんだよ」
「おめぇ・・カタギにしとくのは勿体ねぇな」
「え・・」
「おめぇ、俺が怖くねぇのか」
「怖いけど・・でも俺はあの日、景須さんは話せばわかる人だと思ってたぜ。少なくとも西雲みてぇなクズだとは思ってねぇよ」
「ははは。うめぇこと言いやがる。まあいいだろう。今回のことは大目に見てやる」
「えっ・・ほんとっすか・・」
「ああ。男に二言はねぇよ」
マジか・・許してもらえたぞ・・俺。
「なあ、東雲。この時雨って野郎、なかなかじゃねぇか」
「はい・・わたくしもそう思っております」
「それでだ。西雲」
「はい・・」
「おめぇんとこの成弥がしでかした不祥事。これは看過できねぇぞ」
「・・・」
「事情は全て耳に入ってる。よって西雲。おめぇの組は解散だ」
「えっ・・ちょ・・ちょっと待ってください・・」
「うるせぇ!言い訳無用!」
「そ・・そんなっ・・」
ギョロメは、酷くうろたえていた。
「じゃ、今日はこれにて解散」
「親分・・我が東雲の存続は、どうなるのでしょうか」
爺さんが不安げに訊いた。
「存続だ」
「そっ・・そうですか。ありがたき光栄に存じます」
「親分さん、わたくし和樹も精一杯四代目として精進いたします。今後ともご指導ご鞭撻のほどをよろしくお願い申し上げます」
ご・・ごべんたつ・・ってなんだ・・?
そして会合は終わった。