四十二、まさか・・そんな・・
俺は和樹とは、ずっとダチでいるが、東雲とはもう関わらないと、兄貴とも爺さんとも約束した。
しかし、だ。
明日に迫った会合に、実は、俺も参加したいと考えていた。
もちろん、これは俺の一存であり、翔や和樹にも話していない。
いわば俺は、あの日の集会に参加した当事者なわけだ。
俺が参加したって、なんら不思議ではないはずだ。
と・・ある意味、正論ぶって考えているようで、その実、俺は和樹が気になって仕方がなかった。
ここ一番で押しの弱いあいつのことだ・・
きっと、追い詰められるに違いないと思っていた。
そして由名見の爺さんだ。
あの爺さんだけが、真実を知っているはずなんだ。
そして俺の足は、由名見の家へ向かっていた。
どうか、静香が帰ってませんように・・
俺が家の前まで行くと、爺さんが花に水やりをしていた。
「爺さん」
俺が声をかけると、爺さんが振り向いた。
「おや、時雨くん」
「こんにちは」
「こんにちは。よく来てくれましたね。どうぞ入ってください」
「はい」
爺さんは、じょうろを物入れにしまい、俺を中へ案内してくれた。
「ほんとによく来てくれました。きみに来てもらうよう、静香に頼もうかと思っていたところなんですよ」
「そうっすか・・」
「楽にしてくださいね。今、お茶を淹れてきます」
そう言って爺さんは、台所の方へ行った。
爺さん、昼間はいつも一人なんだな・・
なんか、気の毒だな・・
ほどなくして爺さんが、お茶を運んで戻ってきた。
「こんな年寄りが飲むお茶しかないけど、すみませんね」
「いえ・・とんでもないっす」
そう言って爺さんは、湯飲みを差し出してくれた。
「この間の、話の続きを訊きに来られたのですよね」
「あ・・はい・・」
「どこまで話しましたかね・・」
「えっと・・良子さんって人が出産したって、ところっすかね」
「ああ・そうだった」
「あの・・ちょっと気になることがあるんすけど」
「なんでしょう」
「由名見って苗字と、東雲って苗字、違うっすよね。これはなんでなんすか」
「ああ・・それね。私は元々東雲でした。東雲虎雄です」
なに・・?どういうことだ?
「私は由名見へ婿養子に入ったのですよ」
「へぇ・・」
「本当は、長男の私が跡目だったんですが、私はそれが嫌でね。家を出たんです」
「そうなんすか・・」
「それで龍太郎が継ぐことになりましてね・・」
なるほど・・そういうことか。
「だから私は、良子の気持ちが痛いほどわかったんです」
「なるほど・・」
「良子は出産しましたが、その子を跡目にすることは嫌がっていました」
「あ、この間の話、そこまででしたよね」
「ああ・・はい。それで私は・・見るに見かねて・・」
爺さん・・またそこで止まってしまうのかよ・・
早く話してくれないと、静香が帰ってきちまう!
「爺さん・・?」
「ああ・・すみません。どうもこの先のことを話そうとすると・・」
「話してください」
「それで・・見るに見かねて・・私は赤ん坊を取り換えたのです・・」
「えっ・・取り換えたって・・」
嘘だろ・・マジかよ・・どうやって・・
「赤ん坊がまだ、産婦人科に入院していた時でした。私は・・同じ日に生まれた別の子と、良子が産んだ和樹を取り換えたのです・・」
「え・・マジっすか・・」
「このことは、良子も龍太郎も・・誰も知りません・・」
「ってことは・・死んだ和樹って子は、別の子なんすか・・」
「はい。そうです」
「あの・・じゃあ・・もしかしたら・・本物の和樹は・・生きている・・?」
「はい・・生きています」
「えっ・・!爺さん、行方を知ってるんすか!」
「私はその後、そのご家庭を、何度も訪れました。いえ、もちろん接触はしておりません。ただ・・赤ん坊のことが、やはり気になって・・」
「マジっすか・・」
「その子の名前は、成弥といいます」
「え・・」
成弥・・??嘘だろ・・まさかな・・同じ名前のやつなんて、五万といる。
「その成弥の親ですが・・なんと皮肉なことに・・良子が嫌っていたヤクザの家だったのです・・」
え・・今・・なんつった・・?
おい・・爺さん、マジかよ・・ヤクザの家・・そして成弥って・・
俺はあり得ないことに、絶句した。
「和樹と成弥は偶然、同じ日に生まれ、同じ産婦人科で出産していたのです・・」
「嘘だろ・・そんな話・・」
「もちろん、取り換えた時、私はそんなことは知りませんでした。でも・・取り換えてしまった後は、私にはどうすることもできず・・今日まできたのです・・」
「あの・・成弥って、逮捕されたんすけど、知ってる?」
「はい・・ニュースで知りました」
「西雲が東雲を潰そうとしていることも、知ってる?」
「はい・・」
ダメだ・・俺、頭が変になりそうだ・・
「ちょ・・ちょっと・・頭を整理させてくれな・・。えっと・・良子さんが産んだ子は、西雲で育ち、西雲が産んだ子は、東雲で育てられたが間もなく死んだ。その後、東雲の爺さんは捨て子を拾い、実の孫として育てた。それが今の和樹ってことか・・」
「はい・・」
「なんてことだ・・東雲の跡目は生きていて、西雲の跡目は死んでる。でも東雲の跡目である成弥は逮捕された・・しかも東雲を潰そうとしている・・」
「私は・・死んで償っても、取り返しのつかないことをしてしまいました・・」
「ほんと、それな。で、どうすんだよ・・この先・・」
「いずれ真実を話すべきなのでしょうが・・明らかにしてしまうと、大変な混乱を招いてしまいます・・」
「そりゃそうだけどよ・・でも、このままでいいはずがないよな・・」
「時雨くん・・私はどうすればいいのでしょうか・・」
「っんなこと・・俺に訊かれても・・」
「・・・」
「でも俺・・今の和樹・・捨て子の和樹な。こいつは東雲から解放してやりてぇと思ってんだ」
「・・・」
「あいつは、自分が跡目だということを信じ切ってる。そのため、すごく苦労してる。あいつは優し過ぎて、ヤクザには向いてねぇんだよ」
「そうですか・・」
「とりあえず・・成弥のことは置いといて、和樹が実の孫じゃないってこと、和樹に知らせた方がいいんじゃねぇかな」
「・・・」
「俺、和樹がそれを知って、東雲の爺さんに跡目は継げないって訴えたら、あの爺さんならわかってくれると思うんだよ」
「そうですね・・その際、龍太郎には私からも話しましょう・・」
ほどなくして、俺は由名見の家を後にした。
俺はほとんど放心状態で、何も考えられずにいた。
にしても・・こんなドラマみたいな話って・・あるのかよ・・
信じられねぇ・・
あの成弥が・・東雲の跡目って・・
そして明日は会合だ。
成弥は豚箱にいるから来ねぇけど・・西雲も来るんだ。
あっっ!そうか!
西雲の親分は、ギョロ目の不細工なおっさんだった。
でも、成弥は全然似てねぇんだよ。あいつは根性は腐っているがイケメンなんだよ。
似てねぇのは当たり前だったんだ。
はあ~~・・どうすっかな・・
俺に解決策なんて、浮かぶはずもねぇんだ。
かといって・・兄貴には死んでも相談できねぇし・・
翔に話したら、あいつまた、変な考えとかするだろうし・・
柴中は・・どうだ・・?
あのおっさんは、とりあえず、和樹が捨て子だってことは知ってんだよ。
そっか・・柴中が一番いいかも知れねぇな。
ルルル
あっ、電話だ・・
「もしもし」
「あ、たけちゃん」
「おう、翔か」
「たけちゃん!今どこなの?」
「どこって・・帰ってる途中だよ」
「もう!学校に残って勉強するって言ってたでしょ!」
「あ・・」
「あ、じゃなくて。忘れてたの?」
「わりぃ・・忘れてた・・」
「もう~仕方がないねぇ」
「ごめん、明日はちゃんとするから」
「わかった。じゃ、明日ね!」
「あのっ・・翔・・」
「なに?」
「いや・・なんでもねぇ・・」
「たけちゃん・・なにがあったの・・」
ヤッベ・・
俺ってなんで、いつも翔に、すぐに心を見透かされるんだよ・・
「たけちゃん、どうしたの」
「いや・・悪かったなって思って」
「嘘・・たけちゃん、僕を騙そうったって、そうはいかないんだからね」
「ちげーんだって。ほんとに悪かったなと思って・・」
「もしかして、明日の会合のこととか?」
「いや・・ちげーし」
実は、それも当たっていた。
「もし明日のこと考えてるなら、絶対に一人でやらないでね」
「なんもしねぇって」
「まあいいや。明日は僕、たけちゃんとずっといることにするから」
「え・・マジかよ」
「ほら、ゲロった」
「え・・」
こいつ・・マジで恐ろしいやつ・・
「ダメだからね」
「わかってるって」
「明日は和樹くんの今後を左右する日なんだから、僕たちは見守る方がいいの」
「っんだよ、それ」
「僕たちが、助け舟出しちゃいけないって言ってるの」
「わかってるよ」
「ん。じゃ、また明日ね」
翔の勘の鋭さには、まったく驚くぜ。
あいつ、刑事になったらいいんじゃね?
そしたら犯人はすぐに落ちるぜ。