四十、魅惑の変身
「ただいまー」
おっ、兄貴、帰って来たぞ。
「おかえりー」
「あ~~疲れた。おっ、もう晩飯できてるじゃねぇか」
兄貴はちゃぶ台に並べられた、晩飯を見て驚いていた。
「へっへー、嬉しいだろ?」
「ああ。めちゃくちゃ嬉しいぞ」
兄貴は作業着からジャージ着替え、ちゃぶ台の前に座った。
「帰って来てご飯ができてるなんて、こんなありがてぇことねぇよ」
「結婚したら、毎日こうだぜ」
「ば・・バカッ!なに言ってんだ」
「まあまあ、さっ、食おうぜ」
「いただきます」
俺たちは手を合わせて、そう言った。
そして俺は、ほどなくして包みを取り出した。
「はい、兄貴、これ」
「ん?なんだ、これ」
「いいから開けてみて」
「ああ・・」
兄貴は箸を置き、包みを開けた。
「あっ・・これ、コンタクトじゃねぇか」
「そうだよ~」
「お前が買ったのか」
「イエス!高須クリニック!」
「あはは、バカか」
「飯食ったら、試しにつけてみなよ」
「うん。ありがとうな」
兄貴はとても嬉しそうだった。
やがて飯を食い終わり、兄貴はメガネを外してコンタクトをつけていた。
「んん~~?これでいいのかな」
わっ・・兄貴、すげーーかっけぇーー
「おおっ、よく見えるぞ」
兄貴はそう言って、部屋中を見渡していた。
「兄貴、ぜってーコンタクトにするべきだよ。めちゃかっけぇよ」
「そうかー?」
「そうだって。っんな、牛乳瓶の底みたいなのとは、おさらばだぜ~」
そして兄貴は鏡を覗いていた。
「おおお、これが俺の顔か。ほう~なかなかだな」
「いつもメガネをかけた顔しか見てねぇもんな」
「そうなんだよ。ふむふむ・・そっか・・」
「ついでにさ、そのボサボサの頭もなんとかしろよ」
「頭かあ・・そうだな」
「でさ、散髪して、服もかっけーの着ろよ」
「そんな余裕ねぇよ」
「俺のバイト代、まだ残ってるから、それで買おうぜ」
「バカか。いらねぇよ、そんなもん」
「いやいや、ちょっとお洒落してさ、彼女をびっくりさせてやれよ」
「え・・まあ・・な」
「彼女、惚れ直すぜ~~」
「なに言ってんだよ」
兄貴はそう言いながらも、まんざらでもなさそうだった。
それから俺たちは、二日後の日曜日、兄貴の服を買いに街へ出かけることにした。
「もうすぐ翔も来るからな」
「そうか」
「翔に連絡したら、行くーーっつって、すげー喜んでたぜ」
「あはは、そうか」
「おはようございま~す」
翔が元気よく、玄関を開けて入って来た。
「よう、翔」
「わっっ!まさくん、別人みたい~~」
翔は兄貴がコンタクトに変えた姿に、驚いていた。
「そうかー?まだちょっと馴染まないんだけどよ」
「すごくかっこいい~~」
「そうかなあ」
兄貴は照れてそう言った。
「さあ、行くか」
俺がそう言って、三人で出かけた。
街へ着くと、日曜日ということもあり、たくさんの人で賑わっていた。
俺たちは若者向けの服を売っている、大型店舗に入った。
俺と翔は、あれでもない、これでもないと、次々に兄貴に試着をさせ、やがて白のTシャツと、薄手で紺色のジャケットと、ベージュの綿パンを買った。
兄貴はそれを着たまま、俺たちは店を出て、兄貴を散髪屋へ連れて行った。
その間、俺たちは外で待つことにした。
「まさくん、かっこいいね。僕、びっくりしちゃったよ」
「ほんとそれな。あのメガネ姿の兄貴と、えらい違いだな」
「まさくん、これからモテるよ~」
「おあいにく様、もう彼女がいんだよ」
「ええっ!マジっ?」
「マジ、マジ」
「で、どんな人?」
「俺もまだ、会ってねぇんだよ」
「そうなんだ~」
「でもさ・・十歳も年上らしいんだよ」
「えっ・・そうなの」
「ババアだよな」
「たけちゃん、そんな言い方、酷いよ」
「でも二十九だぜ、相手」
「いいじゃん。愛があれば年の差なんてって言うし」
「まあなあ」
「お待たせ」
兄貴は見違えるような、爽やか系イケメンに変身していた。
「おい・・マジ、兄貴かよ・・」
「なんだよ、それ」
「いやいや・・すげーーわ」
「まさくん、モデルみたい~~」
「なに言ってんだか。翔まで」
そしてその後、靴屋にも寄り、服に合う靴を買った。
「健人、ほんとにいいのか。お前の小遣い、なくなっちまったんじゃねぇか」
「まだまだ残ってるって。余計な心配すんじゃねぇよ」
「そうか・・ほんとにありがとな」
「それにしても、まさくん・・ほんとにモデルみたいだよ」
「バカ、っんなわけねぇよ」
翔の言う通り、兄貴はモデルみたいにかっこよかった。
その証拠に、街を歩く人は兄貴に見惚れている女が何人もいた。
・・・ん?
これって・・ちょっとヤベーんじゃねぇか。
俺はまだ彼女は知らねぇけど、相手は、はっきり言ってババアだぜ?
こんなかっけー兄貴は、モテモテになって目移りするとかねぇのかな・・
大丈夫かな・・浮気とか・・
兄貴は俺たちと離れたところで、電話をかけていた。
「お前ら、今から彼女、来るから」
兄貴は電話を切って、俺たちにそう言った。
「げっ!マジかよ!」
「ええ~~彼女さんに会えるの~。わあ~楽しみだな~」
翔は無責任に喜んでいた。
「兄貴、マジかよ」
「うん。電話して呼び出したら、今から来るって」
「げぇ・・俺、心の準備が・・」
「あはは、なんでお前が心の準備をしなくちゃいけねぇんだよ」
「だってさ・・ゆくゆくは、お義姉さんって呼ぶことになるんだぜ」
「ば・・バカっ!なに言ってんだよ!」
俺・・汚ねぇ格好してるしな・・
こんなことなら、もうちょっとマシな格好してくるんだった。
兄貴だけ、めちゃかっこよくてよ・・
俺は着古したジャージを着ていた。
それからほどなくして、彼女が現れた。
「葵ちゃん、こっち、こっち」
兄貴は彼女を見つけ、嬉しそうに呼んだ。
葵ちゃんは・・背が低くて細いけど・・
マジかよ・・わりぃけど・・ブス・・だった。
でも二十九には見えないほど、若かった。それだけが救いか・・
「真人くん・・ど・・どうしたの?」
葵ちゃんは兄貴の変身ぶりに、言葉を失うほど驚いていた。
「ちょっとね・・お洒落っつーか。葵ちゃんに見せたくてな・・」
「そうなのね。すごく似合ってる。とても素敵よ」
「そ・・そうかな・・」
おいおい・・二人の世界かよ・・
「あっ・・紹介するよ。こいつ、俺の弟で健人。こっちはダチの翔」
「あ・・どうも・・初めまして、水柿葵と申します・・」
「初めまして・・弟の健人です・・」
「初めまして、僕、健人くんの友達で、まさくんとも友達の朝桐翔っていいます。よろしくお願いします」
俺たちは互いに挨拶を交わしたが、その後、どうしていいかわからなかった。
「葵ちゃん、今からお茶でも行くか?」
「うん。真人くんに任せるね」
葵ちゃんはブスだけど、なんというか、笑顔がかわいくて、優しさが身体からにじみ出ているような雰囲気の女性だった。
兄貴は・・見た目に惚れたんじゃねぇことが、すぐにわかった。
「お前らも一緒に行くか?」
「え・・あ・・いや、俺たちは遠慮するよ」
「うん、僕も遠慮します」
「あら・・そんなこと言わないで、一緒に行きましょう」
葵ちゃんは、優しく俺たちにそう言った。
「いえいえ・・どうぞお二人で・・」
「なんだよ、健人、おめぇらしくねぇな」
「バカか。人の恋路を邪魔するやつは、ってあるだろ」
「健人くん、粋な言葉を知ってるのね」
「あ・・本で読んだんで・・」
「そうなんだ。素敵な弟さんね」
葵ちゃんは、兄貴の顔を見上げて笑っていた。
「翔、俺たちは行こうぜ」
「うん。まさくん、葵さん、またねー」
そして俺たちは別れた。
「葵さんって素敵な女性だね」
「そうだな・・」
「さすが、まさくんだよ。目が高いよ」
「うん・・」
葵ちゃんって・・どことなく母親っぽいっつーか・・いや、あんなクソババアには似ても似つかねぇけど、母親みたいな感じだな・・
兄貴はきっと、葵ちゃんといると、落ち着くんだろうな・・
一杯優しくされて、安らぐんだろうな・・
いい彼女だよ・・よかったな、兄貴。
あっ・・そうだ。
由名見の爺さんのこと、忘れてた。
ぜってー続きを訊かないと・・このままじゃ気になってしょうがねぇ。
また今度・・由名見のいない時に、こっそり家を訪ねてみるか。
「たけちゃん、どうしたの?」
「いや・・別に」
「葵さんのこと、気になってるの」
「あ・・うん、まあな・・」
「大丈夫だよ、あの人なら」
「うん、そだな」
「あの二人、きっと結婚するよ」
「えっ・・そうか?」
「だって、まさくんの顔見た?」
「見たけど・・」
「あんな優しい顔したまさくん、僕、久しぶりに見たよ」
「そうかな」
「とても幸せそうだった」
「そっか・・」
「さてー僕たちは、どこへ行く?」
「え・・あ・・そうだなぁ、久しぶりにゲームでもすっか」
「うんっ!そうだね」
そして俺たちは、ゲーセンへ行った。