表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺たちを照らす夜明け  作者: たらふく
4/77

四、怪しい男



俺は鞄を教室に置き忘れたことを思い出したが、今更引き返すのも面倒だし、引き返したところで桃田に文句言われるのがウザかったので、そのまま街へ向かった。

今頃「時雨はどうした!」とか言って、大騒ぎになってるんだろうよ。

別にそんなこと、どうでもいい。

勝手に騒いでる「フリ」でもやってろ。


手に持った弁当箱が、カラカラと音を立てていた。

俺はそれが、なぜかおかしくて、ほんの少し笑った。


「よう、坊主」


そこで俺は一人の中年男性に引き止められた。


「あ?誰だよお前」


そいつは大柄で、がたいもよく、例えるならプロレスラーのような風貌をしていた。


「こんな時間にガキが、なにやってんだ」

「うるせぇよ、お前に関係ねぇだろ」

「ふんっ。くそ生意気なガキだな」

「ってか、なんだよ。俺になんか用でもあんのか」

「学校はどうしたんだ、学校は」


なんだこいつ・・補導員か・・?


「具合が悪くて早退したんだよ」

「ほう。具合の悪いやつが、笑いながら歩いてるってのか」

「具合が悪けりゃ、笑っちゃいけねぇ法律でもあんのかよ」

「口の減らねぇガキだな、まったく」

「用がないなら行くぜ」


俺はそいつと離れて歩こうとした。


「まあ待て」


そいつは俺の腕を引っ張ってきた。


「なにすんだよ!」


俺は思いっ切りその腕を振り払おうとしたが、そいつの力には敵わなかった。


「離せよ!」

「いいから俺に着いて来な」

「は・・はあ??やめろよ!」


俺がいくら抵抗しようとも、そいつは強引に俺をどこかへ連れて行った。

なんだってんだ!ってか、こいつ誰なんだよ!


やがて俺たちは、五階建ての、とあるビルの前に到着した。


「入るぞ」

「ちょっ・・ちょっと待てよ!」

「なんだ」

「あのさ、お前って誰なの?俺に何の用だよ」

「いいから来いよ」


そのビルは街の外れに建っていた。

見るからに古びた建物で、外壁のあちこちに亀裂も見られた。

なんだよ、ここ・・


やけにギシギシときしむ音のする、汚いエレベータで三階まで上がった。

エレベータが着くと、いきなり事務所らしき部屋が現れた。


「兄貴、おかえりなさい」


細身のモヤシみたいな若い男が、俺を連れて来た男に挨拶をした。


「いいの見つかったぜ」


男は口を斜めに開きながら、汚い顔で笑った。

兄貴・・?どういうことだ。

ここはヤクザの事務所なのか。


「お前、ここに座って待ってろ」


男が俺に、ソファに座るように促した。


「おい!見つけたとか、なに言ってんだよ!ってか、ここはなんの事務所なんだよ!」

「兄貴のいうことを聞け!」


モヤシ男が俺を強引に座らせようとした。


「触るんじゃねぇ!」


俺はモヤシ男を突き飛ばした。


「なにをしやがる!くそ生意気な!」


モヤシ男は俺に殴りかかって来た。


伊豆見(いずみ)!止めとけ!」

「でもっ・・兄貴、こいつっ!」

「せっかくの掘り出しもんだ。傷つけるんじゃねぇ!」


モヤシ男の名前は、伊豆見ってのか。

このプロレスラーは誰なんだよ。


「おい、ガキ。いいから座れ」


俺はプロレスラーにそう言われ、仕方なく座った。

伊豆見は俺を睨んだままだ。

けっ、上等じゃねぇか。むしゃくしゃしてたんだよ、俺は。

殴るんなら殴って来いよ。


いや・・待て。

プロレスラーは俺のこと、掘り出し物とか言ってたな。

どういう意味だ・・


それにしても建物も汚いが、この部屋も汚い。

タバコの臭いが充満してるし、机の上には食い散らかした跡が、そのまま置かれてあるし。

まるで俺が昔、暮らしていた家と同じじゃねぇか。

俺は思い出したくもない過去を思い出し、吐きそうになった。


「ほお・・この子ですか」


隣の部屋から出て来たであろう、か細い声をした老人が俺を見てそう言った。

年のころなら、七十代前半ってとこか。


「こんにちは」


その老人は優しい顔で、俺に挨拶をして笑った。

なんだ・・この爺さんは・・


「あのさ、俺、突然ここに連れてこられて、ぜっんぜん事態が呑み込めてねぇんだけど」

「あはは。そうでしょうねぇ」


老人は俺の前に座り、左手をそっと自分の顔の横辺りに差し出した。

すると伊豆見が素早くタバコを持ってきて、老人の指に挟み、ライターで火を点けた。


「ところで・・」


老人はタバコの煙をフーッと吐きながら、静かに話を続けた。


「きみ・・高校生ですか」

「ちげーし」

「ほう・・中学生ですか」

「そだよ。だったらなんだってんだ」

「随分、大人びた風貌ですね」

「はあ?悪いかよ」

「きみ・・今から話すことを聞いてくれますか」

「っんだよ!そんなの知るかよ!」


プロレスラーと伊豆見は、俺を睨みつけたままで、なんなら今にも襲い掛かってきそうな勢いだった。


「あのね、一か月、いや、長ければ二か月でいいんですが、身代わりをやってもらえませんか」

「はあ??身代わり?」

「はい。身代わりです」

「ってか、誰の身代わりだよ」

「私の孫です」

「いや、ちょっと待てよ。爺さん何者なんだ。で、孫って何なんだ」

「私はね・・弱小ですが組長をやっているのです。私が引退する前、娘に婿を取らせたのですが、二人とも駆け落ちして出て行きましてね。たった一人の孫を置き去りにして。孫は和樹(かずき)という名前なのですが、その和樹は現在十七歳です。和樹が跡目の立場なのですが、どうにも身体が弱くてね、今も入院しているんですよ」


お・・おい。

ちょっと待て。

少しずつ話は見えてきたが、なんで俺がヤクザの孫の身代わりをしなきゃいけねぇんだ。

一方で俺は頭が混乱しながらも、親に捨てられた和樹と俺が重なっていた。


「それで、和樹が退院するまででいいんです。跡目がいないことが他の組にバレてしまうと、組は解散しなければならないのです」

「いやいや・・俺、無理だから」

「身代わりを引き受けれくれれば、きちんとお礼はさせてもらいますよ」

「お礼・・?」

「ええ。それ相当のお礼です」


金・・ってことか。


「きみ、名前は?」

「時雨健人」

「私は東雲(しののめ)龍太郎(りゅうたろう)です。これが柴中(しばなか)、これが伊豆見です」


プロレスラーは柴中ってのか。


「それで、どうですか。引き受けてくれますか」

「そっ・・それは・・」

「和樹が退院するまででいいんです」


俺は迷いながらも、突然降って湧いた身代わり話に、退屈で仕方がなかった日常が変化するであろう今後に、ほんの少しだけ期待感を抱いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ