三十九、新たな謎
俺はバイト代で、携帯を買った。
但し、スマホは高いのでガラケーだ。
それでも生まれて初めて、自分が稼いだ金で何かを買うということが、嬉しくて仕方がなかった。
「兄貴~~ほら、いいだろう」
俺と兄貴は晩飯の後、テレビを観ながら話をしていた。
「まあな。でも電話代もバカにならねぇから、あんま、使い過ぎんなよ」
「わかってるよ~」
そこで俺は、一番先に、翔に電話をかけることにした。
「もしもし、翔?」
「あっ!たけちゃん?」
「はっは~、そだよ」
「どうしたの?携帯、買ったの?」
「うん。バイト代でな」
「そっか~、やったね!」
「お前、後で俺の番号、登録しといてくれな」
「もちろんだよ!」
「んじゃ、また明日な」
「うん、またね」
ひゃ~なんか嬉しいぜ。
兄貴は俺が最近大人しくしているせいか、翔との電話にもあまり興味を示さなかった。
ってか・・なんだかんだいっても、やっぱり翔のことは信頼しているみたいだ。
「ところで兄貴さ」
「なんだ」
「彼女はどうなってんの」
「え・・」
「なんだよ、うまくいってねぇのか」
「いや・・えっと~・・」
「なんだよ、はっきり言えよ」
「えっとだな・・今度、お前に紹介するつもりだ・・」
「えっっ!マジかよ!じゃ、付き合ってんの?」
「う・・ん・・まあ・・な」
兄貴は照れながら、そう言った。
「きゃ~~真人さん~~やりましたね!」
「バカ!からかうんじゃねぇよ」
「で、いつ?いつ連れてくんの?」
「それはまた・・彼女と相談してだな・・」
「やったねぇ~~、俺はいつでもいいからさ、早く紹介してくれな」
「うん・・」
かあ~~・・兄貴、乙女かよ。
顔、真っ赤にしちゃってさ~。
「ってかさ・・兄貴」
「なんだよ」
「その、牛乳瓶の底みたいなメガネ、やめねぇ?」
「え・・」
「なんか、ダセーよ、それ」
「っんなこと言ったって、これがなけりゃ、見えねぇんだし」
「コンタクトにすれば?」
「コンタクトかぁ・・たけーんだよな」
「いやいや、お試しってのあるじゃん。ガチじゃないやつ」
「なんだよ、それ」
「ほら、テレビでも宣伝してんじゃん、使い捨てってやつ」
「ああ~~・・そっか」
「それ、買ってみれば?ダメだったらメガネでいいじゃん」
「別に、これでいいよ。不自由ないし」
あっ・・そうだ。
バイト代、まだ全然あるし、俺がプレゼントしてやろう。
サプライズだぜ~~
次の日の放課後、俺はメガネ屋へ行った。
どれがいいかなぁ・・
へぇー結構安いんだな・・
「いらっしゃいませ、どういったものをお探しでしょうか」
若くて綺麗なねぇちゃんが、俺の傍に寄ってきた。
「えっと、コンタクトなんすけど、使い捨てでいいんすけど」
「それでしたら、ソフトタイプがよろしいかと」
「そっすか」
「どういった環境でお使いですか?」
「えっと、仕事っすかね」
「そうですか、それでしたら酸素をよく通す、ハードタイプがよろしいかも知れません」
「そうっすか。じゃそれで」
「ありがとうございます」
そして俺はハードタイプってやつの、使い捨てを買った。
店員が包んでくれる間、俺は店の中を見て回った。
色々なメガネがあるんだな。
俺は調子に乗って、次から次へと試着した。
前に変装グッズで買ったメガネは百均だったし、ろくなもんじゃなかったけど、やっぱり金を出すといい物があるんだな。
「おや・・きみは・・」
見知らぬ爺さんが、俺の顔を見て話しかけてきた。
「は・・?」
「きみは・・和樹くんかい?」
「えっ・・違います」
誰だ、この爺さん。
俺を和樹だと言ってるけど・・和樹のこと知ってんのか・・
「人違いだったのか・・これは失敬・・」
「和樹って誰っすか」
「いや・・人違いです」
「お客様、お待たせしました」
店員が包みを持ってきた。
「あ、どうも」
俺はそれを受け取り、外に出た。
爺さんは、まだ店の中にいて、店員と話をしていた。
誰だろう・・
俺は気になって、爺さんが出てくるのを待った。
やがて杖をつきながら、爺さんは出てきた。
「あの・・」
「おや、さっきの・・。なんですか」
「あの、ちょっと気になって」
「さっきのことですか」
「はあ・・」
「人違いです。すみません」
「その・・和樹って・・俺に似てる人なんすか」
「えぇ・・まあ・・」
「その・・和樹って・・もしかして、東雲っていう苗字じゃ・・」
「えっ・・どうしてそれを・・」
「俺、和樹のこと知ってるんす」
「本当ですか・・」
爺さんは目を見開いて驚いていた。
「私はね・・和樹と遠縁にあたる者なんですよ」
「え・・」
あっっ!もしかしてこの爺さん・・由名見の爺さんじゃないのか。
「あの・・もしかして、由名見さん・・っすか・・」
「ええっっ!!きみ・・どうしてそれを!」
「いや・・あの、俺は、あなたのお孫さんと同じクラスの時雨といいます」
「おやおや・・そうでしたか。静香の同級生の方でしたか」
「お爺さん・・東雲の爺さんと兄弟なんすよね」
「きみ・・そんなことまで・・。なにか深い事情を知ってるようですね・・」
「えぇ・・まあ・・」
「それで・・和樹はどうしていますか」
「えっと・・まあ、元気にしてますけど・・」
「そうですか・・」
「あの・・立ったままでは辛いんじゃないすか」
「心配ご無用。別に杖がなくても平気なんですよ」
「そうっすか・・」
「それよりきみ・・せっかくですから、私の家に来ませんか」
「え・・」
「これも何かのご縁でしょう。よかったら行きませんか」
「あ・・はい・・」
こうして俺は、ひょんなことから由名見の家へ行くことになった。
「ここから歩いて近いんですよ」
爺さんの言う通り、通りを抜けてすぐのところに家はあった。
その家は、どこにでもある、二階建ての一軒家だった。
「さあ、どうぞ」
「はい・・お邪魔します」
爺さんに案内され、和室の部屋に俺は通された。
「ここは、私の部屋です」
「そうっすか・・」
「どうぞ、座ってください」
俺は畳の上に座った。
「今は誰もいませんので、どうぞ気楽に」
由名見は、まだ帰ってないのか。
「息子も嫁も働いていますので、この時間は私一人なんですよ」
「そうなんすか。静香さんは?」
「孫は、もうじき帰ると思います」
「そうっすか。俺がここにいたら、びっくりするんじゃねぇかな」
「そうですね」
爺さんの笑顔は、東雲の爺さんと似ていた。
「ところで・・きみと和樹・・いや、きみと東雲とはどういう関係なのですか」
「関係っつーか・・和樹とはダチなんす」
「そうですか・・」
「あの・・こんなこと訊いたらびっくりするかもしんねぇけど・・」
「なんでしょう」
「和樹って・・その・・東雲の爺さんの、実の孫じゃないんすよね」
「えっっ!きみはそんなことまで知ってるのですか」
「はあ・・」
「まあいいでしょう・・きみの言う通り、和樹はもらわれてきた子なんですよ」
「実の孫の和樹は、生まれて間もなく死んだんすよね」
「そんなことまで・・。えぇ・・きみの言う通りです。言う通りなんですが・・」
急に爺さんの顔が曇った。
なんだ・・
「もう・・私一人で重大な秘密を抱えるには・・あまりにも年月を重ね過ぎました・・」
爺さん・・なに言ってんだ・・秘密ってなんだよ・・
「いえ・・やはり、口にはできません・・墓場まで持っていくしか・・」
「あの・・なんすか・・秘密って・・」
「いえ・・これは私が背負う十字架なんです。決して他言はしないと心に誓ったのです・・」
なに言ってんだよ・・爺さん。
十字架を背負うって、なんのことだよ。
キリスト教・・か・・?
わけわかんねぇって・・
「あの・・俺、誰にも言いませんから」
「うーん・・そうは言ってもですね・・」
「俺、和樹とマジでダチなんだ。あいつはほんとにいいやつだよ」
「・・・」
「でさ・・俺、和樹はヤクザに向いてねぇと思ってんだ。あいつは優し過ぎるっつーか」
「そうですか・・」
それから俺は、なんとか爺さんから秘密を訊きだそうとして、これまであったことを、かいつまんで話した。
「そうだったのですか・・龍太郎はカタギさんにまで、そんなご迷惑を・・」
「それはいいんだって。俺、東雲の爺さん、好きだぜ」
「私からもお詫びします。すみませんでした」
「いやいや、ちげーし。爺さん、関係ねぇじゃん」
「私はね・・」
爺さんはポツリポツリと語り始めた。
「龍太郎の一人娘である良子、私の姪にあたりますが、その良子に縁談の話が持ち上がった時、私は龍太郎に「もう組は解散すべきだ」と言ったんです。それで「良子を自由にしてやりなさい」とも言いました。でも龍太郎は決して聞き入れませんでした」
「・・・」
「それで当時、良子の恋人であった、和成くんと別れさせようとしたのですが、跡目を継ぐなら、という約束で二人は別れずに済み、和成君は東雲の婿として結婚が成立しました。でも私はそんな二人がかわいそうで、ずっと龍太郎に進言していたのです。そうこうしているうちに、良子は身ごもりました。龍太郎はそれはもう、大喜びでね。まだ男の子か女の子かもわからないのに、跡目ができたって」
「そうっすか・・」
「やがて良子は出産しました。それはもう、かわいい男の子でした。でも良子はその子を跡目にするのをとても嫌がっていました。それで・・」
なんだ・・話が途切れてしまったぞ・・
「爺さん・・どうしたんだ」
「え・・いえ・・なんでもありません・・」
「続きは・・?」
「それで・・」
「ただいま~~」
あっ!由名見の声だ。帰って来たのか。
「あ・・静香ですね。この話はまた今度」
爺さんは、なぜかホッとした様子だった。
マジかよ!こっからが肝心なんじゃねぇか。
「おかえり、静香」
「ただいまーお爺さん・・って・・。えっ!時雨くん??」
「よう。由名見、おかえり」
「いやいや・・おかえりって・・なんで時雨くんがここにいるのですか?」
「静香・・落ち着きなさい。時雨くんは、私がメガネ屋で疲れて倒れそうになったところに出くわしてね、連れてきてくれたんだよ」
「そ・・そうだったんですか・・お爺さん、大丈夫なんですか」
「もう平気。いつもの動悸だから」
「そうですか・・時雨くん、ありがとう」
「い・・いや・・じゃ、俺、これで」
「時雨くん、今日はありがとう。また遊びに来てください」
爺さんは少し淋しそうに、そう言った。
そして俺は爺さんの家を後にした。
おいおい・・話が途中で・・俺、寝られねぇじゃねぇか。
なんか・・東雲の爺さんも、柴中も知らねぇ真実がありそうだな・・