三十七、そして二学期になり・・
それからしばらく、何事もない日が続いた。
また明日から学校だ。
そして、コンビニのバイトも今日で終わり。
あっという間だったな・・
「短い間だったけど、ご苦労様でした」
店長がそう言って、丁寧に挨拶をしてくれた。
「こちらこそ、お世話になりました。途中、さぼったりしてすみませんでした」
「なにを言ってるんだい。きみが無事に戻って来てくれて、ほんとによかったよ」
「また冬休みになったら、ここでバイトさせてください」
「もちろんだよ。正直、きみが抜けるのは痛手なんだけどね」
俺は店長からそう言われて、誰かに必要とされるって、こんなに嬉しいことなんだと思い知った。
「奥さんも元気になって、よかったですね」
「うん。もう何も心配することないから、ホッとしているよ」
奥さんは、俺と交代する形で少しずつ店に出てきていた。
「それにしても・・成弥は僕がいた頃より、更に酷い人間になっていたね」
「そうなんすね」
「でもま、逮捕されたし、よかったよ」
「はい」
成弥が十日ほど前に逮捕されたことを、俺はテレビのニュースで知っていた。
「まあ、西雲もこれで懲りたんじゃないかな」
「そうなんすか?」
「西雲は、この機に潰されるんじゃないかな」
「えっ・・マジっすか」
「東雲さんも、相当お怒りの様子だし、景須さんも同じだと思うよ」
「そっか・・」
「あのね・・余計なことかも知れないけど、和樹くん、元気がないみたいだよ」
「え・・」
「この間、家内の全快祝いを東雲さんにやってもらってね、その時の和樹くんの様子がね・・」
「マジっすか・・」
「うん・・空元気というのかな。それを東雲さんも気にしておられたよ」
和樹とは、あの日以来、連絡を取ってない。
というか、俺は電話もないし、兄貴が目を光らせているし、俺は身動きが取れない状態がずっと続いていた。
和樹・・また一人ぼっちになってしまったんだな・・
「さ、もう帰りなさい。ほんとにご苦労様でした」
「あ、はい。店長もお元気で。たまに買いに来ます」
「うん、そうしてね」
そして俺はコンビニを後にした。
和樹に会いてぇなぁ・・
それと、島田はどうしているんだろう・・
あっ!俺、奈津子に金を返してねぇじゃねぇか。
しまった・・あれからだいぶ日も過ぎてる。
帰ったら兄貴に電話を借りて、かけないとな。
そして俺が家に帰ると、兄貴も帰っていた。
「ただいまぁ」
「おかえりー」
俺は部屋に上がり、ちゃぶ台の前に座った。
兄貴は台所で晩飯を作っていた。
「兄貴ー」
「なんだー?」
「ちょっと電話貸してくんねぇ?」
「誰にかけるんだ」
兄貴は振り向いて、怪訝そうな顔をした。
「ほら、小屋でいた人に、俺、金を借りたままなんだ。返させねぇと」
「そうか」
兄貴はズボンのポケットから携帯を出し、俺に渡してくれた。
「ありがと」
俺は引き出しに入れておいたメモ用紙を取り出し、奈津子に電話をかけた。
「もしもし、俺、時雨だけど」
「あら~~!時雨くん。お久しぶりね!」
嬉しそうな奈津子の声が、俺はウザかった。
「あの、金を返してぇんだけど、どうしたらいい?」
「ヤダ~~、そんなのいいのよ。あれはあげたと思ってるのよ」
「いや、それはダメ。借りたもんは返さねぇと」
「いいのに~、時雨くんって律儀なんだね」
「いや、別に、普通のことだよ」
「そうかー。じゃ、時雨くんの都合に合わせるよ」
「えっと・・、俺、明日から学校だから、放課後どっかで会えるといいんだけど」
「うん!いいわよ~~」
奈津子は俺と会えることが、とても嬉しそうだった。
なに考えてんだよ。バカじゃねぇのか。
そして、俺たちは明日の始業式の後、駅前で会うことになった。
よし、翔も連れて行こう。
「相手の人、なんだって?」
「明日、返すことになった」
「そうか。まっすぐ帰ってくるんだぞ」
「わかってるって」
はあ~~・・兄貴にはウンザリだ。
いつまで俺を、監視し続けるつもりだよ。
俺はだいぶ、イライラが積もっていた。
「たけちゃん、おはよう!」
「おお~翔、久しぶりだな」
次の日、校門の前で俺と翔は再会を喜んだ。
「その後、まさくん、どう?」
「どうもこうもねぇよ。ずっと監視しやがってさ」
「そっかぁ・・」
「お前、和樹に連絡取ってんのか?」
「うん。でも和樹くん、元気ないんだぁ」
「そうか・・」
「会いに行くっていったって、まさくんが許してくれないよね・・」
「目を盗んで行けなくもねぇけど、バレたら今度こそぶっ殺される」
「だよねぇ・・」
「あ、お前、帰り、俺に付き合ってくれよ」
「え・・?どこへ行くの」
「小屋で出遭ったババアに、金を借りたままでさ」
「たけちゃん・・ババアって。酷いな」
「それで俺一人で会うの嫌だから、お前に着いてきてほしいんだよ」
「うん、わかった」
「じゃ、帰りにな」
そして俺は教室へ入り、席に着いた。
「時雨くん、おはようございます」
「おお、由名見。おはよう」
「夏休み、どうでしたか?」
「バイトばっかり」
「そうなんですね~」
「由名見は?」
「まあ、いつもと同じ感じですかね。あはっ」
少し焼けた肌で、由名見の夏休みが、それなりに楽しかったと理解した。
「勉強はどうですか。やってました?」
「もちろんだよ。やったやった」
実は勉強なんて、ろくにやってなかった。
というか、それどころじゃなかった。
「そうですか~、また頑張りましょうね」
「うん。頼むな」
由名見はいいやつだな。
和樹と、どうなってんだろ。
「あのさ・・お前ってさ」
「なんですか」
「和樹と連絡とかしてんの?」
「えっ・・」
由名見は、また顔を赤らめて下を向いた。
「なんかさ、最近、和樹、元気がねぇらしいんだよ」
「え・・そうなんですか・・」
「で、俺、色々あって連絡できねぇんだよ」
「色々って・・?ケンカでもしたんですか」
「いや、してない」
「そうですか・・」
「でさ、ちょっとでも誰かが話し相手になってやったら、あいつも気が紛れるんじゃねぇかと思ってな」
「そうですか・・」
「で、連絡とかしてんの?」
「いえ・・和くんと接触するの、固く禁じられていまして・・」
「げっ・・マジかよ。誰に」
「お爺さんです・・」
「そっか・・。やっぱりあれか。和樹が跡目だからか」
「まあ・・そうですね・・」
和樹は恋愛もできねぇのか・・
「和樹と会ったの、いつなんだ」
「えっと・・最後に会ったのは、一年くらい前です」
「そっかぁ・・。和樹はお前の気持ち、知ってんの?」
「えっっ!そんなっ・・知りません」
「なんか、お前も和樹もかわいそうだな・・」
「え・・」
「会いたくても会えないなんてよ・・」
「和くんは・・私のことなんて・・」
「そんなの、わかんねぇだろ」
「そうですけど・・」
「ま、この先、どうなるかわかんねぇし、いい方に考えたらいいんじゃね?」
「はあ・・」
由名見は消極的だなぁ。
結構、かわいい顔してんだから、いけると思うんだけどねぇ。
でもま、連絡とか禁止されてるんだから、しょうがねぇか・・
大人って、めんどくせーよなぁ・・
それから放課後になり、俺と翔は駅前に向かった。
「翔、奈津子ってババア、ちょっとめんどくせーけど、勘弁な」
「そんなの、全然いいよ」
「そっか。それならいいんだけど」
「だって、返してくれるかもわからない相手に、お金を貸してくれる人なんて、変な人じゃないよ」
「まあなあ・・」
こいつ・・俺が言ってる意味わかってねぇな。
「時雨くん~~!」
前方から奈津子が嬉しそうに走って来た。
うげっ・・なんかめっちゃお洒落してるし・・派手だし・・似合ってねぇし・・
奈津子は、スカートの裾がヒラヒラの、ピンクのワンピースを着て、おまけに腰に大きなリボンを巻いていた。
「お待たせ~~ごめんね」
「いや・・待ってねぇし」
「ヤダ、気を使ってくれてるのね。あ・・この子は・・」
奈津子は翔に気がついて、微笑んでいた。
「どうも、初めまして。朝桐翔といいます」
「初めましてっていうか、私、あなたと山ですれ違ってるのよ」
「そうでしたか~」
「私、大家奈津子。よろしくね」
「で、これ借りた金。ありがとな」
俺は五千円を渡そうとした。
「ヤダ~。お茶くらいしましょうよ」
「え・・」
「せっかくなんだから。ね、いいでしょ」
「翔、どうする?」
「あ・・うん、僕は別にいいけど・・」
翔は、やっと俺の言った意味に気がついたな・・すげー引いてるし。
「じゃ、行こ、行こ」
奈津子は俺たちの前を歩き、近くのカフェに入った。
「翔・・引くなよ」
「たけちゃん・・僕、ああいう人・・苦手・・」
俺たちは、憂鬱な気持ちでカフェに入った。
「私ってね、山登りが趣味なんだ~」
「そっすか・・」
「悠斗は幼馴染なんだけどね~。彼も山登りと絵画が趣味なのよ」
「へぇ」
「ヤダ、私と悠斗、付き合ってるとか思ってない?」
いや・・どうでもいいし。
「違うのか」
「ヤダ~、違うわよっ。あくまで幼馴染なのよ~」
「あの・・そろそろ帰らないと・・」
翔が耐え切れずにそう言った。
「えー、まだ座ったばかりじゃない」
「いや、俺たち中学生だから、寄り道禁止なんだよ」
「ええ~、そうなのー」
「じゃ、これ返すな。ありがとう」
「もっと話したかったのに~」
翔が自分の分を払おうと財布を出した。
「いやいや、いらないって。私がご馳走してあげる」
「でも・・」
「いいから、いいから」
そういって奈津子は、受け取らずにレジへ行った。
「すみません・・ご馳走様でした」
翔は頭を下げて礼を言った。
「ありがと」
俺も礼を言った。
「そんな~いいのよ、このくらい。時雨くん、またいつでも連絡してね」
「はあ・・」
「じゃあね!」
奈津子はそう言って、来た道を帰って行った。
「ふぅ~~・・」
「翔・・お前に着いてきてもらって正解だったぜ」
「あの人、たけちゃんのこと好きだね」
「知るかよ。あんなババア」
「たけちゃん、中学生に見えないもんね。ド・ストライクなんだと思うよ。年下の子が好きって人、結構いるし」
「げぇ・・考えらんねー。でも、もう会うこともねぇしな」
それから数日後、翔の携帯に和樹から電話があり、どうやら景須が招集をかけたらしい。
そこに和樹も参加して、跡目のことをもう一度、話し合うことになったそうだ。