三十六、直談判
それにしても、島田の母親は酷かった。
子供のことなんて、これっぽっちも心配なんかしてねぇ・・
島田は家に帰っても、きっと辛れぇだろうな・・
「おい、健人、行くぞ」
俺がまだ布団に入っていたら、兄貴が起こしにきた。
「あ・・うん、わかった」
俺と兄貴は、被害届を出しに、警察へ行くことになっていた。
俺はとりあえず、和樹や爺さんに話すべきだと言ったが、兄貴はそれを許さなかった。
あれから兄貴は、俺の行動を逐一訊き、まるで俺は兄貴の監視下に置かれている状態だった。
それが俺はとても疎ましく思ったが、これも仕方がないと受け入れていた。
俺と兄貴は家を出て、やがて地元の警察署へ着いた。
俺は担当の警察官に当時のことを色々と訊かれ、事情を話して、出された書類に必要事項を書き込み、やがて受理された。
これで成弥は逮捕されるだろう。
島田も被害届を出すべきなんだが、あいつ、どうするんだろうな・・
俺と兄貴は警察署を出て、昼飯を食いにファミレスへ寄った。
「兄貴さ・・もっと俺のこと信じてくんないかな」
俺は席に着いて、そう言った。
「信じるだあ?バカ言ってんじゃねぇよ」
「そりゃ俺は兄貴に黙って、色々やってたさ。だけどちょっと頭を冷やして考えてくれ。俺や翔がやったことって、そんなに悪いことか?」
「悪いに決まってんだろ!そもそもヤクザなんかと関わり合うこと自体、間違ってんだよ」
「でもさ、東雲はヤクザの「それ」とはちげーんだよ。和樹なんてまさにそうだよ。それ兄貴も知ってんだろが」
「言い訳無用だ。とにかくおめぇはそのせいで、殺されそうになったんだぞ」
「そりゃそうだけどよ・・」
「もう二度と関わり合うなよ。俺は絶対に許さねぇからな」
ああ~~・・もう、兄貴はなんでこうも頭が固いかね。
「それよりおめぇは、勉強だ」
「わかってるよ・・」
「っんなくだらねぇことに、現を抜かしてる暇はねぇはずだ」
「・・・」
「しかし翔も翔だぜ。あいつ、もっと真面目だと思ってたけどな。まさか一緒になってヤクザと関わっていたとはな」
「翔のこと、悪くいうなよ」
「俺は翔を信じてたんだ。あいつはおめぇに何かあったら、必ずブレーキ踏んでくれると信じてたんだよ」
「だから、翔は何度もブレーキ踏んでくれたんだよ」
「これまではな」
「なんだよ、それ」
「一番大事なところで、あいつはブレーキどころかアクセル吹かしてんじゃねぇか」
「・・・」
「それと、東雲のやつらだ」
「え・・」
「俺はその親分とやら、絶対に許さねぇからな」
「だからそれも・・」
「てめぇの組の存続のために、おめぇを身代わりにさせるとは、なっんてやつらだ」
「・・・」
「その和樹も和樹だぜ。普通は断るだろ」
「知るかよ・・」
「それでダチってか。ふざけんじゃねぇぞ」
ダメだ・・兄貴には何を言っても無駄だ。
ほどなくして、注文したランチの定食が運ばれてきた。
「健人」
「なんだよ」
「俺は近いうち、東雲の家へ行くからな」
「ぶっ・・」
俺は口に含んだご飯を噴出した。
「兄貴として、言うべきことは言うからな」
「ちょっと待ってくれって・・」
「俺は!おめぇの兄貴だが、親でもあるんだよ。普通、親ってのは、子供が酷い目に遭わされたら文句言うのは当然だ!俺はこのまま黙っちゃいねぇからな」
「マジかよ・・」
「だから、場所を教えろよ」
「・・・」
「おめぇが言わねぇなら、翔に訊くまでだ」
「翔に訊いたら、あいつ、ぜっーて着いてくんぞ」
「なら、おめぇが教えろ」
「・・・」
「妙なこと考えるんじゃねぇぞ」
「・・わかったよ。でも俺も行くからな」
「ああ」
なんか、めちゃくちゃ、ややこしくなってねぇか?
兄貴・・ブチ切れんじゃねぇかな・・
爺さんは俺や翔には優しくていい人だけど、所詮はヤクザだぜ?
島田に殺すって脅したんだぜ?
変なことにならなきゃいいがなぁ・・
それから二日後、俺と兄貴は爺さんの家へ行くことになった。
兄貴は朝から怖い顔してるし、俺はなにか、刃傷沙汰でも起こるんじゃないかと不安に思っていた。
「兄貴・・くれぐれも冷静に、な・・」
「おめぇ、余計な口を挟むんじゃねぇぞ」
「・・・」
「わかったか!」
「ああ・・」
それにしても、兄貴・・怖くねぇのかな。
曲がりなりにもヤクザの親分の家へ行くんだぜ。
普通は、怖いはずなんだけどさ・・
「なんだよ」
俺が兄貴の顔をじっと見ていると、兄貴がそう言ってきた。
「いや・・別に・・」
「ふんっ」
「兄貴さ・・怖くねぇの?」
「怖いだあ?なんだよ、それ」
「だってさ、今から行くとこ、どこだかわかってんのか」
「けっ。ヤクザが怖くて兄貴やってられるか!」
「マジか・・」
「くれぐれも、おめぇは余計なこと言うなよ」
「うん・・」
それからほどなくして、爺さんの家の前まで来た。
「けっ、こんな豪邸に住みやがって」
兄貴は爺さんの家を睨みつけていた。
俺はインターホンを押し、時雨ということを告げた。
インターホンに出たのは、伊豆見だった。
門が開き、俺たちは中へ入った。
すると和樹が玄関の前で待っていた。
「健人くん、よく来てくれたね」
「和樹・・」
「あ・・お兄さんもご一緒だったんですね。先日はどうも」
「挨拶など結構。親分に会わせてくれ」
兄貴は和樹を冷たくあしらった。
「はい・・どうぞ入ってください」
俺たちは和樹に案内され、応接間に通された。
俺と兄貴は並んでソファに座り、向かい側に和樹が座った。
そこに柴中と伊豆見も入ってきた。
俺と兄貴の雰囲気が、普通じゃないことを察したようで、二人とも黙って立っていた。
そこに爺さんが現れた。
「どうも、東雲龍太郎と申します」
爺さんは和樹の横に座り、そう挨拶した。
「早速だが、俺はこいつの兄貴で真人だ。今日ここへ来たのは、東雲さんに言いたいことがあって来た」
「そうですか・・あの、その前に、健人くんがよく無事で帰って来られて、私も安堵しておるところでした。なぜ行方不明になったのか、お聞かせ願えますか」
「そのことを話しに来たんだよ」
「そうですか・・それで・・」
「行方不明のことより、おめぇら東雲は弟の健人を、この和樹の身代わりとしてやらせたってのは、どういうことだ」
「そのことですか・・。それは大変申しわけなく思っています」
「あのな、カタギのこいつを、ヤクザの世界に巻き込みやがって、今はたまたま生きてるってだけで、いつ死んでもおかしくねぇ状況だったんだよな」
「はい・・」
「おめぇらの事情は健人から聞いた。しかし、だ。それは俺らに何の関係もねぇんだよ。おめぇらの勝手な都合で、弟を危険な目に遭わせた責任はどうとるつもりだ!」
「・・・」
「それと和樹だ。おめぇ、なぜ断らなかったんだ」
「それは・・」
「おめぇの身体が弱いことと、健人が身代わりになるってことと、なんの関係があるんだ」
「え・・」
「なんで健人だったんだって訊いてんだよ」
「それは・・」
そこで柴中が口を挟んできた。
「当時の坊ちゃんは、手術を控えてまして、とてもじゃありませんが、会合に出られる身体じゃなかったんで、手前が健人くんを連れてきたんです」
「だから!なんで健人だって訊いてんだよ!」
「それは、たまたま坊ちゃんと似てらして、急を要していたもので・・」
「それもこれも、全部てめぇらの組の存続のだめだろうが」
「仰る通りで・・」
「手前勝手な都合だよな。それだけだよな」
「・・・」
「時雨さん・・」
爺さんが口を開いた。
「なんだよ」
「あなたの仰ることはご尤もです。一言もありません。どうかこの通りです。お許しいただけないでしょうか」
爺さんは床に座り、土下座をした。
爺さん・・マジかよ・・
「僕も、悪かったと反省しています」
和樹も床に座り、土下座をした。
そして、柴中も伊豆見も土下座をした。
「みんな、やめてくれ!俺だって断ろうと思えば断れたんだ。でもっ・・俺はつまんねぇ日常に飽き飽きしてて、この話につい、面白がって乗っちゃったんだよ。だから俺だって悪いんだ」
「健人!おめぇ、まだそんなことを!」
「兄貴、もういいだろ。みんな謝ってんじゃねぇか!」
「おめぇはこんなやつらにうまく乗せられやがって。死んでたかも知れねぇんだぞ!」
「時雨さん・・僕、どうしたらいいですか。何でもします、言ってください」
和樹がそう言った。
「なにもすることなんてねぇよ!ただ言えることは、今後一切、健人と縁を切れ」
「・・・」
「ダチなんて以ての外だ!」
「兄貴!なに言ってんだよ!俺は和樹が好きだよ。大事なダチなんだよ!」
「健人くん・・」
和樹はそう言いながら、涙を流していた。
「お兄さんのお気持ちはご尤もです。ですが・・和樹はこれまで友達といえる者は、一人もいませんでした。身体が弱いことと、ヤクザの家の子だからということで、ことごとく避けられました。それは和樹のせいではありません。私どもの責任です。でも・・今回のことがきっかけで、和樹は健人くんや翔くんという友達ができました。どうかそこは、ご理解いただけませんか」
爺さんは、親分としてではなく、孫を想う爺さんそのものだった。
「なあ兄貴。俺だってダチなんていねぇよ。翔だけだ。俺はこんな不良なのに、あいつは俺をダチとしてずっと付き合ってくれた。兄貴だって、翔がいてくれてよかったと思ってたじゃねぇか。俺はあいつがいなかったら、とっくに豚箱に入るようなことしてたって、不思議じゃなかったんだぜ」
「時雨さん・・僕が言うのもなんですけど、僕、生まれて初めて本当の友達ができて、すごく嬉しかった・・。友達ってどういうものか知らなかった僕に、健人くんと翔くんはそれを教えてくれたんです。僕は本当に嬉しかったんです・・」
和樹はポロポロと涙を流しながら、兄貴に訴えた。
「おめぇら・・さっきからなに勝手なこと言ってんだよ。ダチも何も、健人が死んでしまったら意味ねぇんだよ」
「兄貴!この分からず屋め!和樹がヤクザの家に生まれただけで、ダチになっちゃいけないって、なんだよ、それ。兄貴は結局、そこら辺のくだらねぇ大人と同じじゃねぇか!」
「なんだとっ!」
「和樹はいいやつだよ。マジで優しい、いいやつなんだよ。世の中には普通の家で育ったやつでも、くだらねぇやつ一杯いるじゃねぇか。どこで生まれたとか、どこで育ったとか、それがそんなに大事かよ!それこそ俺にとっちゃ、一番くだらねぇ考え方だ!」
「おめぇ・・」
「約束するよ。俺は今後一切、東雲とは関わらねぇ。それは爺さんにもそう言われた。だけど和樹とはダチでいたいんだよ。俺は和樹を見捨てねぇ!」
すると部屋の中はシーンとなった。
「健人くん・・ありがとう・・」
爺さんが俺に礼を言った。
和樹は泣き続けているだけで、何も言えないでいた。
「みんな、もう頭をあげてくれよ。土下座なんて見たくもねぇ!」
俺はそう言って、爺さん、和樹、柴中、伊豆見、それぞれの身体に触れ、頭をあげるように促した。
兄貴も、もう黙っていた。
やがて爺さんと和樹は座り直し、柴中と伊豆見はその場に立った。
「あ、それと、俺、被害届を出したんだよ」
俺はそう切り出し、成弥に誘拐されたことと、島田も被害に遭ったことを話した。
「だから、じきに成弥は逮捕されると思う」
「そうだったんですか・・」
爺さんは話を聞いて、それだけポツリと語った。
「健人くん・・僕のせいでこんな酷い目に遭ったんだね・・本当に申し訳ありません・・」
「なに言ってんだよ、和樹。悪いのは全部、西雲であり、成弥だよ。お前のせいじゃない」
「健人、帰るぞ」
兄貴がいきなり席を立って、そう言った。
「え・・」
「いいから帰るぞ。それと東雲さん、約束は守ってもらうぞ。これ以上健人を巻き込むな」
「もちろんです」
そして俺たちは家を後にした。
っんだよ・・兄貴め・・
こんな、分からず屋だったとはな・・
くそっ・・勝手なことばかり言いやがってよ・・
「健人」
「っんだよ」
「おめぇ、バイトさぼったんだから、その分、しっかり働けよ」
「さぼったって・・俺、さぼってねぇし」
「店にとっちゃ、さぼったことになるんだよ」
「ふんっ」
「おめぇは、まだまだガキだな」
「うるせぇよ」
それにしても、和樹・・かわいそうだったな・・
あんなに泣いてよ・・