三十四、悠斗と奈津子
・・・
・・・・
・・・・・はっ!
俺は目を覚ました。
あ・・ここは小屋か・・
そうだ!島田はどうした。
あいつ・・無事に下りられたのか・・?
俺は毛布をはいで起き上がり、外が暗くなっているのに気がついた。
そうか・・もう夜なんだな。
俺はろうそくに火を点け、水道まで歩いた。
蛇口を捻り、ゴクゴクと水を飲み、残っていたコンビーフの蓋を開けようと思ったが、それは思い留まった。
俺はぐっすり眠ったことで、たいぶ疲れも取れていた。
しかし・・一時はどうなることかと思ったぜ。
島田は号泣するしよ・・
もう死んだかと思ったぜ。
今はここで朝を待つしかないな。
俺はもう一度毛布を被り、床に座った。
カサカサ・・
えっ・・!誰か来たぞ。
島田か??
あいつ、無事に下りて戻って来てくれたんだな。
「え~・・怖いよ」
俺が立とうとした時、女の声がした。
女・・?誰なんだ・・
「でも今からじゃ、下りられないよ」
今度は男だ・・
しかも島田の声じゃない。
「でも私、ヤダ。こんな幽霊屋敷みたいな小屋」
「わがまま言うなよ。朝になったら下りられるから、ここで我慢しろよ」
「じゃ、悠斗、先に入ってよ」
「うん」
なにっ・・入って来るのか・・
ギイ・・
ドアが開き、そいつらが入って来た。
「うわあ~~~」
悠斗という男は、俺が毛布を被って座っている姿を見て、大声をあげて驚いていた。
「ヤダ、なにっ?どうしたの、悠斗!」
ドアの入口で、女が怯えた声をあげていた。
「お・・お前・・誰だ・・」
悠斗が俺に話しかけてきた。
「俺、ここで遭難したんだよ」
「えっ・・」
「で、助けを待ってるところ」
「そ・・そうか・・」
悠斗はリュックを下ろし、懐中電灯で部屋を照らした。
「きみ・・若いんだな・・」
悠斗は三十代くらいの、どこにでもいるような普通の男だった。
「悠斗!誰がいるの?誰っ?」
女は、まだ入り口で怯えている様子だった。
「奈津子、入っておいで」
「え・・大丈夫なの・・?」
「うん」
そして奈津子という女が入って来た。
「ヤダっ!この子、誰っ?」
「遭難したそうだよ」
「え・・ほんとなの・・」
「うん」
奈津子という女も、三十代前後の、どこにでもいるような地味な女だった。
ってか・・どちらかというと、不細工だった。
奈津子はドアを閉め、悠斗の腕にしがみついた。
「座れば?」
俺は二人にそう促した。
二人は少し落ち着いたようで、奈津子もリュックを下ろしていた。
「お前らも遭難したのか」
俺の言葉使いに、悠斗は顔をしかめた。
「ああ。帰り道を見失ってさ。で、偶然、ここを見つけたってわけ」
「そうか。そりゃ災難だったな」
「きみは、どうして遭難したんだ」
「俺も同じようなもんさ」
「そうか・・」
「お前、携帯持ってる?」
「あのな・・お前って言い方、失礼だぞ」
「そうかよ」
「まったく・・近ごろの若い子は、これだもんな」
うるせぇなぁ・・
今、そんなことに拘ってる場合かよ。
バカじゃねぇのか、こいつ。
「で、携帯持ってんの?」
「持ってるけど、電波が届いてないから、かけるのは無理」
「そっか」
「きみ・・何か食べるものは持ってるのか」
「うん、これ」
そう言って俺は、コンビーフを見せた。
「そうか。もしよかったら、これ食わないか」
悠斗はリュックから、あんぱんを出し、俺に渡そうとした。
「いや、いらねぇ」
「そうか」
「ねぇ・・きみ、高校生なの?」
奈津子がそう訊ねてきた。
「中学生だよ」
「えっっ!!ほんと?高校生でもちょっと大人びてるなって思ったのに、まさか中学生だなんて」
「悪いかよ」
「えっ・・別に悪くはないけど・・」
「お前ら、飲み物持ってんの?」
「いや・・実はもう残ってないんだよ」
悠斗がそう言った。
「あそこに水道があるぜ」
俺は立ち上がり、そこを案内した。
「うわっ・・背も高いのね・・」
また奈津子が驚いて、そう言った。
「ここ。これ捻ったら水が出るから」
「そうか。ありがとう」
悠斗と奈津子は、美味しそうに水を飲んでいた。
「それと、寝るんだったらこれ使えよ」
俺は二枚の毛布を、悠斗に差し出した。
「え・・きみはどうするんだ」
「俺はもう、たっぷり寝たから」
「そうか・・じゃ借りるね」
「きみ・・名前はなんて言うの」
奈津子がそう訊いてきた。
「時雨」
「そうか、時雨くんっていうんだね」
「ああ」
「私は大家奈津子、よろしくね」
「僕は、前島悠斗、よろしく」
「ああ」
「時雨くんさ~、イケメンなんだから、もう少し愛想よくしたら?」
はあ??なに言ってんだ、このババア。
「大きなお世話だよ」
「ヤダ、かわいいんだから」
うげぇ・・マジこいつ、キモイんだけど・・
横で悠斗は奈津子を睨んでるし・・
俺、関係ねぇからな。
「二人とも早く寝れば?」
「あ、そうね。あはは」
奈津子はバカみたいに笑った。
この女、サイテーだ。
お前ら付き合ってんだろ。
彼氏の前で、よくそんなこと言うよな。
二人は俺と離れたところで、毛布を被って横になっていた。
はぁ~~・・早く朝が来ねぇかな・・
「時雨くん・・」
俺は座ってウトウトし始めたころ、奈津子が俺を起こしにきた。
「え・・あ・・」
「朝だよ」
「え・・マジか」
俺は、窓の隙間から陽が差すのを確認した。
「お前、なんか書くもの持ってねぇ?」
「持ってるよ?」
「それ、ちょっと貸してくんねぇか」
「いいわよ~ちょっと待ってね」
奈津子はなぜか嬉しそうに、リュックの中を探していた。
「はい、これでいい?」
奈津子は小さなメモ用紙と、ボールペンを俺に差し出した。
「いや・・もっと大きな紙っつーか」
「え・・なにするの?」
「ここに助けが来るかもしんねぇから、メモを残しておかないと心配するからな」
「そっかぁ。大きな紙かぁ。ねぇ!悠斗!悠斗ってば!」
奈津子は、まだ寝ている悠斗を大声で起こした。
「っんだよ~~・・えぇ・・?なに?」
「悠斗、画用紙持ってたよね」
「え・・?あ・・うん」
「それ、時雨くんにあげて」
「ちょっと待ってくれ~~・・はあ~~あ・・」
「呑気にあくびなんてしないで、ほら、早く!」
悠斗はゴソゴソと、リュックに手を入れて、画用紙を出した。
「ほら・・これでいいか」
奈津子は急いで画用紙を受け取り、一枚ちぎって俺に差し出した。
「どうぞ」
「あ・・どうも」
俺はそこに「島田と救助に来てくれた人へ。今から山を下りますので、心配しないでください。身体も大丈夫です。時雨健人」と書いた。
「健人くんっていうんだ~」
けっ・・またかよ。ウゼー女。
「で、お前らどうすんの。俺は行くけど」
「うーん、もう少し後で下りるよ」
悠斗がだるそうに言った。
「あ、そうだ。ここってどこなんだ?」
「え・・ここは八王子だよ」
奈津子がそう言った。
八王子だったのか・・
「あ・・悪いんだけど・・金、貸してくんねぇかな」
「うん、いいよ、いいよ~」
奈津子がリュックから財布を出した。
「いくら?」
「電車代があればいいんだけど」
「じゃ、これ持ってって」
奈津子はそう言って、五千円を出した。
「いや、こんなにいらねぇし」
「なに言ってるの、下りるまで何があるかわかんないでしょ」
「え・・まあ・・」
「ほら、遠慮しないで」
「じゃ・・あの、後で返すんで、携帯の番号教えてくれねぇか」
「はいはい~~いいわよ~~」
奈津子はそう言って、番号をメモ用紙に書き、俺に渡した。
「俺、携帯持ってないから、番号教えられねぇけど」
「そんなのいいのよ。電話待ってるね」
俺はメモを受け取り、小屋を出ようとした。
「時雨くん、これ持って行きなさい」
悠斗が、昨夜のあんぱんを俺に渡した。
「え・・いらねぇよ」
「お腹すいたらどうするんだ?」
「・・・」
「こんなの荷物にならないよ。さ、持ってって」
「そっか・・すまねぇな」
俺はあんぱんを受け取り、小屋を出た。