三十二、逃走
それからどれくらい時間が経ったんだろうか・・
あの後、成弥は部屋を出て行った。
俺はカーテンを開けてみた。
すると、全く見覚えのない森が現れた。
しかも・・ここは一階じゃねぇ・・三階じゃねぇか・・
どうやら俺たちが監禁されているところは、別荘のような建物だった。
窓をぶっ壊して逃げるつもりだったが、これでは無理だ・・
そうだ!縄があるじゃねぇか!あれを繋ぎ合わせて、ここから降りることはできる。
「島田、この縄を繋ぐぞ」
「え・・それでどうするんだ」
「あの窓から降りるんだよ」
島田は窓の外を覗きに行った。
「えっ・・ここから降りられるのかな」
「長さが足りなくても、ギリギリまで下がって、そこから飛べば降りられるぞ」
「そうか・・」
俺たちは急いで縄を繋ぎ合わせた。
「ベッドを窓まで運んで、これを手すりに括りつけんだよ」
「そっか・・」
俺たちはベッドを引きずりながら、窓枠まで移動させた。
すぐさま縄を括りつけ、解けないかを確認し、縄を外に垂らした。
「それにしても、ここはどこなんだろう」
「お前、景色眺めてる場合か!早く降りろ」
「え・・ああ、うん」
島田は恐る恐る、窓枠に足をかけ、縄を掴んで降り始めた。
「いいか、慌てるなよ」
「う・・うん・・」
「縄が途切れたところで、思いっ切り飛ぶんだぞ。幸い、下は草が生えてる。行け!」
島田は震えながらも、ゆっくりと降りて行った。
行け・・行け!さあ、飛べ!
島田は飛んで、地面に転がり落ちた。
しかし直ぐに立ち上がり、俺に「来い」という風に手で合図をした。
よし、行くぞ。
俺は窓枠に足をかけ、スルスルと縄を伝って降りた。
島田と同じ要領で、縄が途切れたところで飛んだ。
しかし俺は転ばなかった。
「わあ・・すごいな」
「バカっ!感心してる場合かよ!行くぞ!」
俺たちはとりあえず、屋敷から離れることにした。
森の中を、息が切れるまで走り続けた。
「ちょ・・ちょっと待ってくれ・・」
「島田!今、捕まったら、確実に殺されんぞ!」
「う・・うん・・ハアハア・・」
「来い!」
俺は無理やり島田の手を引っ張って、更に走り続けた。
振り向くと、もう屋敷も見えない場所まで来ていた。
「島田。大丈夫か」
「ハアハア・・うん・・ハアハア・・」
「ここから、歩くか」
「そ・・そうだね・・」
しかし・・ここはどこなんだ・・さっぱり見当もつかねぇ・・
もう陽も落ちるぞ・・こんな森の中で迷えば、もう出られなくなるぞ・・
「島田、お前、携帯とか持ってねぇのか」
「持ってない・・取り上げられちゃったよ・・」
「そっか・・」
「きみは、持ってないの」
「俺も取り上げられたよ」
「そっか・・」
「ちょっとここらで休むか・・」
「そうだね・・」
俺たちは、木の陰に隠れて腰を落とした。
「今日は、ここで寝るしかねぇな」
「うん・・」
「でも、とりあえず夏でよかったぜ。これ、冬だったら凍死すんぜ」
「そうだね・・僕、疲れたよ」
「横になるか」
「うん・・そうする・・」
島田は地面に転がり、目を瞑った。
こいつも成弥に利用されて、気の毒なやつだな・・
和樹に冤罪を吹っ掛けたのは許せねぇが、事情が事情だったしな・・
それにしても、やっぱり半袖は寒いわ・・
俺は何か役に立つものはないか、辺りを探して回った。
すると、一軒の山小屋を見つけた。
マジか!!これはラッキーだぞ!
俺は急いで島田を起こしに戻った。
「おい、島田!小屋を見つけたぞ!」
「えっ・・ほんと?」
「ああ。着いて来い」
俺たちは急いで小屋まで歩いた。
「あっ・・ほんとだ。よかった!」
島田は心底安心したように、喜んでいた。
俺たちはドアを開け、中へ入ってみた。
どうやら、誰も住んでいないらしく、中は荒れ果てていた。
「外で寝るより、よっぽどマシだ」
「そうだね」
人が住んでいないにせよ、小屋というだけあって、使い古した毛布や、ろうそくとマッチなんかも出てきた。
俺はろうそくに火を点け、更に部屋の中を調べてみた。
すると水道があった。
蛇口を捻ってみると、なんと、水が流れてきた。
マジかよ!!これって水道水なのか・・
「おい、島田!」
俺は大声で島田を呼んだ。
「どうかしたの」
島田は俺の声に、慌てて駆け寄って来た。
「これ、飲めると思う?」
「あっ・・水じゃないか」
「そうなんだよ。捻ったら流れてきた」
「これ、山の水じゃないかな」
「へぇ、そうなのか」
「こんな小屋に水道なんて引いてるはずもないし、きっと山の水だよ」
「じゃ、飲めるのか」
「うん。大丈夫だと思うよ」
そして俺たちは、飲めるだけ飲んだ。
「ああ~~うめぇ~~」
「ほんとだ。美味しいね」
よし、水さえあれば、何とかなる。
「島田、どこも痛くないか」
「うん、平気。きみこそ、頭は大丈夫なのかい」
「ああ。もう痛みもどっか行っちゃったぜ」
「あはは」
俺たちは声を出して笑った。
俺が島田とこんなところで笑ってるなんて、和樹は想像もつかねぇだろうな。
兄貴・・心配してるだろうな・・
それから俺たちは、汚ねぇ毛布を被って寝ることにした。
「お前んち、心配してるだろうな」
「どうかな・・」
「え・・なんだよ、それ」
「僕は、いてもいなくてもいい存在だから」
「はあ?」
「きみこそどうなんだよ。家の人心配してるんじゃないの」
「ああ・・俺んち親、いねーんだわ」
「え・・」
「兄貴と二人で暮らしてんだ」
「そうなんだ・・」
「まあ、兄貴はめちゃくちゃ心配してると思う」
「そっかぁ・・」
「お前の親は、心配しねぇのかよ」
「僕んち、貧乏って言っただろ」
「うん」
「親父はろくに働きもしないで、挙句に借金抱えてて、母親とはいつもケンカしてるし。僕、一人っ子なんだけど、僕はそんな両親が嫌でプチ家出をしたことがあるんだ」
「へぇ」
「でも、どこへ行く当てもないし、お金もないし、次の日、帰ったんだ」
「・・・」
「そしたら両親は、心配するどころか、どこへ行ってたとか訊かなかった。僕がいなくなっても平気なんだよ」
「マジかよ・・」
「だから、僕のことなんて心配してないよ」
俺は島田の気持ちが痛いほどわかる。
毎日毎日、親がケンカしてるのって地獄だ。
島田が家出をしたのも、すごくわかる。
「俺、お前の気持ち、わかるよ」
「えっ・・そうなの」
「俺だって同じ境遇だったぜ。でも借金はなかったけどな」
「そうなんだ・・」
「でもお前は、まだマシだぜ」
「どうして?」
「俺は親に捨てられたんだよ」
「えっ・・」
「だから、お前、辛いと思うけど、捨てられなかっただけマシだよ」
「そっか・・」
「しかしまあ・・世の中には似た境遇のやつって結構いるんだな」
「そうだね・・」
「さっ、寝るか」
「うん」
そして俺たちは眠りについた。
やがて夜が明け、俺は目を覚ました。
外に出てみると、雨が降っていた。
これは・・今日は動けねぇな・・
カサカサ・・
なっ・・なんだ・・誰か来たのか・・
俺は急いで中へ入った。
「おい・・おい・・島田・・」
「・・ん・・う・・」
「おい・・起きろ」
「え・・なに・・」
「誰かが来たかも知れねぇ」
「えっ!」
島田は急いで飛び起きた。
「僕たちを探しに来たの?」
「それはまだ、わからねぇ。でも音を立てるなよ」
「うん・・わかった」
それから俺たちは、耳で外の様子を伺った。
カサカサ・・
やっぱり誰かが来たんだ・・
ぜってー見つからねぇようにしねぇと・・
「なにをやっている!探せ!」
げっ・・成弥の声だ・・
俺と島田は顔を見合わせて、息も殺していた。
「でも坊ちゃん、ここへは来れねぇですって」
「なにを言っている!探すんだ!」
「でも・・そろそろ地元へ戻りませんと・・何やら親分がご立腹らしいですぜ」
「関係ない!とにかく探せ!」
「はい、わかりました」
すると、足音がだんだん近づいて来るのがわかった。
くそっ・・小屋が見つかれば、ぜってー中を確かめるに違いない。
来るな・・来るな!
島田を見ると、手を合わせて祈っていた。
「あっ!坊ちゃん、こんなところに小屋がありますぜ」
「なにっ!」
すると成弥も小屋に近づいて来た風だった。
「蘇芳、中を確かめろ」
蘇芳・・?
蘇芳って・・お好み焼き屋で成弥と一緒にいた、汚ねぇおっさんじゃねぇか!
蘇芳は、マジで成弥の言いなり・・しもべなんだな。
「島田・・裏から逃げるぞ、来い」
「うん」
俺たちは足音を立てないように、急いで裏口から出た。
そしてできるだけ、小屋から離れたところまで走った。
そこはどんどん山奥へ入って行く、険しい道だった。