三十一、誘拐
「そういえば、兄貴よぉ」
「なんだ」
「彼女とは、どうなったんだ」
俺たちは、朝飯を食いながら話をしていた。
「いや、俺のことより、お前だよ」
「なんだよ」
「この間も訊いたけど、あの露天商の男とダチって、どういうことだ」
「だから、たまたま街で知り合ったっつっただろ」
「それ、大丈夫なのか」
「だーかーらー、翔だってダチなんだぜ。大丈夫だって」
「お前な、露天商なんてな、ヤクザが取り仕切ってるってのが相場なんだぜ」
「兄貴さ、あんな上品なヤクザっていると思うか?」
「まあ・・それはなぁ・・」
「例外もあんだよ」
「ふーん、そんなもんかねぇ・・」
「それより彼女だよ、どうなったんだ」
俺は上手く切り抜けたと安心した。
「まあ、それなり、だよ」
「なんだよ、それなりって。告ったのか」
「告るわけねぇだろ」
「ええーー、なにやってんだよ」
「お前な、事情も知らねぇくせに、無責任なこというな。こういうのは段階を踏まねぇといけねぇんだよ」
「段階ねぇ~、めんどくせー」
「お前には、まだ早ぇんだよ。さっ、俺は仕事行くから。お前もバイトだろ」
「ああ」
「戸締りちゃんとするんだぞ」
「はいはい。いってらっしゃい」
さあーて、俺もそろそろ準備するか。
俺は台所の洗い物をし、洗濯物も干して出かけた。
「おはようございます」
俺は店長に挨拶をした。
「時雨くん、おはよう。今日もよろしくね」
「はい」
俺は店長に対してあの日以来、妙に親近感がわいて、バイトへ行くのが楽しみになっていた。
仕事の内容も殆ど覚えたし、店長に指図を受けなくても、自分から積極的に仕事をするようになっていた。
「きみは、ほんとによく働いてくれるから、助かってるんだよ」
「そうすか。ありがとうございます」
「もうすぐ家内も退院するので、その時は、ここで一緒に働くことになるので、よろしく頼むね」
「そうなんすね!こちらこそ、よろしくお願いします」
そっか~、奥さん退院するんだな。よかった。
「おはようございまーす」
昆田が出勤してきた。
「おはようございまっす」
「おお~青年、今日もイケメンだね」
「はあ・・」
なに言ってんだよ、ババア。
こいつ、いつもこんなことばっかり言いやがって。
よく飽きねぇよな。
「店長、おはようございます」
「昆田さん、おはようございます。今日もよろしくお願いしますね」
「ところで、店長・・」
「なんですか」
「この間、私、いじめのこと話したでしょ」
「ああ・・はい」
「あれ、続きがあるんですよ」
続き・・だと?
「ほう。そうですか」
「うちの息子が言うにはですよ、なんかいじめはデマだったらしいんですよ」
「そうですか」
「その、被害者・・いや、デマってことは加害者になるのかしら。まあ、その子が嘘をついてたって白状したらしいんですよ」
「そうですか」
「それでね、また緊急保護者会ですよ。まったく・・夏休みなのにね」
「でも真実が明らかになって、よかったですね」
「そうなんですけどね。いじめってのも、ちゃんと両者の話を聞かないとダメですねぇ」
「さ、そのくらいにして、持ち場に着いてください」
「はーい」
島田が白状したのか・・
ってことは、爺さん、動いたんだな。
よかったな・・和樹・・
「店長・・」
俺は昆田に聞こえないように、店長に話しかけた。
「なんだい」
「和樹・・よかったですね・・」
「そうだね。僕も安心したよ」
「じゃ、外を掃除してきます」
「うん。頼むね」
それにしても、爺さん、どんな手を使ったんだろう。
西雲の親分に直接言ったのか?
それか・・成弥本人に直接言ったのかな・・
ま、俺にはわかんねぇけど、いずれにしても冤罪が晴れてよかった。
そして俺は仕事を終え、帰り道を歩いていた。
するといきなり後ろから、後頭部を何かで殴られ、俺は意識を失った。
気がつくと、見知らぬ部屋で俺は寝かされていた。
なっ・・なんだ・・俺、縄で縛られてんじゃねぇか。
俺の手と足は、縄で縛られ、身動きが取れない状態だった。
うっ・・痛てぇ・・
頭がガンガンする・・
俺はどうしたんだ?
あっ、確か、バイト帰りに俺は誰かに殴られたんだ・・
で・・ここはどこなんだよ・・
俺が寝かされているベッド以外には、何もない殺風景な部屋だった。
電気も点いてねぇし・・カーテンも閉まっている・・
俺は全く状況が呑み込めないでいた。
そうだ・・俺の鞄はどこだ・・
ベッドの周辺を見渡しても、見つからない。
なんなんだ・・
俺って、ひょっとして・・誘拐されたのか・・?
「うわあ~~!や・・やめて!」
ドアの外で誰かの叫び声がした。
なっ・・なんだ!!
「ひぃ~~痛い・・痛いよ~~」
うわっ・・殴られてるのか?
あれは男の声だ・・しかも若い・・
誰だ・・誰が殴られてるんだ。
カチャ・・
そこでドアが開いた。
「ここで大人しくしてろ!」
男が怒鳴って、殴られていた男を押し倒し、部屋の中へ入れた。
誰だ・・こいつら・・誰なんだ・・
怒鳴っていた男はドアを閉め、どこかへ行ってしまった。
「おい・・お前・・」
俺はその男に声をかけた。
するとその男は俺がいることに気がつき、驚いた様子だった。
「誰っ・・」
「いや・・お前こそ誰だよ」
そいつの顔は、暗くてよく見えなかった。
向こうも俺の顔を確認できていない様子だった。
「誰なんだ・・」
「いや、だから、お前こそ誰なんだよ」
「きみも・・殴られたのか・・」
「お前さ、ちょっとこっち来て、俺の縄を解いてくれよ」
「えっ・・嫌だ・・」
「なに言ってんだよ!解けよ!」
「解いたら・・襲うつもりなんだろ」
「バカか!なんで俺がお前を襲わなくちゃいけねぇんだよ。早く解いてくれ!」
するとそいつは、少しだけ俺に近づいて来た。
お互いの顔が、ようやく確認できた。
誰だこいつ・・知らねぇやつだ・・
それは向こうも同じだった。
「お前・・ここ、どこか知ってるのか」
「し・・知らない・・」
「でさ・・お前、何でここに連れてこられたんだ?」
「そ・・それは・・」
「ん?連れてこられた理由は知ってそうだな」
「きみこそ・・なんでここに・・」
「知らねぇよ。いきなり殴られて俺は気絶したんだよ。気がついたらここってわけさ」
「そうなのか・・」
「なあ、頼むよ、解いてくれよ」
「そっ・・それはできない・・」
「なんでだよ!解いてくれたらお前を連れて逃げてやるよ」
「えっ・・それ、ほんと?」
「ああ」
そいつは、解こうか解くまいか、躊躇していた。
「ってか、お前、中学生なのか」
「え・・いや、僕は高校生」
「マジかよ」
なんか、ひ弱そうで、高校生には見えねぇな。
「きみは・・高校生なのか」
「中学生だよ」
「えっ・・ほんとに中学生なの・・?」
「そうだよ、悪いか」
「別に・・そんなこと・・」
「お前、名前はなんていうんだ」
「し・・島田・・」
なにっっ!!島田だとっ!
するとこいつは・・和樹のデマを流したやつじゃねぇのか!くそっ!
しかし俺はとりあえず、何も知らないことにした。
「そうか、島田ってのか」
「きみは・・」
「俺は時雨」
「そ・・そうなんだ」
「なあ、島田。頼むよ、解いてくれ」
「でも・・」
「ぜってー襲ったりしないし、逃がしてやるから」
「それ・・ほんとだね・・」
「ああ、約束する」
「わかった・・」
そして島田は俺の縄を解いてくれた。
「助かった・・ありがとう」
「いや・・そんな・・」
「お前、どこをケガしてんだ?」
「あ・・腕を捻られて、お腹を殴られたけど、ケガはしてないよ」
「そっか。よかったな」
「きみは・・大丈夫なのか・・」
「まあ、頭は痛てぇけど、じきに治るさ」
「そっか・・」
「でさ・・お前、何でここに連れてこられたんだよ」
「え・・それは・・」
「別に話したところで、もう連れてこられたことに変わりはねぇんだ。言えよ」
「僕・・西雲組ってやつらに目をつけられて・・」
「は?お前みたいな「ザ・庶民」みたいなやつが、なんでヤクザなんかに目をつけられるんだよ」
「僕の家は貧乏でね・・で、借金もあって、それが返せなくて・・」
「ふーん」
「借金を返せないなら、学校でデマを流せって言われて・・言う通りにすれば、チャラにしてやるって言うから・・」
「デマってなんだよ」
「それは・・僕がある生徒からいじめられてるってこと・・」
「へぇー」
「僕、その子のことも知らないのに、適当に言ったら、みんな信じちゃって・・」
「そっか。で、それがなんで、ここに連れてこられたことと関係あんだよ」
「それが・・また別のヤクザに脅されて・・事実を言わないと殺すって言われて・・」
え・・殺す・・?
嘘だろ・・爺さんがそんなこと言うはずがねぇ・・
「お前、それほんとか?」
「ほんとだよ・・」
嘘をついてるようには思えねぇしな・・
爺さん・・孫が酷い目に遭ったから・・そんなこと言ったのか・・
そういえば・・録音を聞かせた時・・引くくらい恐ろしかったもんな・・
やっぱ・・爺さんも所詮はヤクザなのか・・
「で、それが西雲にバレたってわけか」
「そうなんだ。それでここに連れてこられた・・」
「まったく・・酷でぇ話だぜ」
「・・・」
カチャ・・
ドアが開き、誰かが入って来た。
島田は俺の腕を掴んで、震えていた。
するといきなり電気が点いた。
「あはは、二人ともいい格好だな」
そこには成弥が立っていた。
「成弥・・やっぱりてめぇだったのか」
「誰に口をきいてるんだ」
「うるせぇよ!このクソがっ!」
「裏切りもんが、偉そうに言ってくれるじゃないか」
「てめぇ・・許さねぇ・・」
「まあいい。お前たちの命も、あと僅かだ。せいぜいこの世を惜しむんだな」
「なにっ!!」
成弥にそう言われたことで、島田が俺の腕を掴む手は、更に力が入っていた。
「最後の晩餐って知ってるか?」
「クソがっ!なに言ってんだ!」
「あはは、やはりお前は和樹と違って無学、無教養だな」
「くっ・・」
「死ぬ前に、食べたいものを与えてやるよ」
「なっ・・」
「さあ、何がいいか言ってみろ」
「バカか!」
「島田はなにがいいんだ」
「え・・ぼ・・僕は・・」
「遠慮しなくていいんだよ」
成弥の表情は、怯える島田を弄ぶ、狂人そのものだった。
「いや・・そんなものいらない・・」
「なんだよ、せっかく食わせてやろうというのに。温情もわからないのか」
「てめぇ・・いたぶるのも大概にしろよ・・」
「いたぶる?まさか。優しさだよ。だってかわいそうじゃないか・・こんなに怯えて。ねぇ、島田」
成弥はの目は、蛇のように冷徹だった。
「ひっ・・」
島田は俺の腕を強く握りしめ、ガタガタ震えていた。
こいつは・・マジで人間じゃねぇ・・
クズだ・・クズ以下だ・・
くそっ・・なんとか逃げ出せる方法はないものか・・