三十、成弥の陰謀
後片付けも終わり、俺と翔は、和樹と別れた。
「和樹くん、泣いてたね・・」
「うん・・」
「なんか・・僕、辛かったよ」
俺と翔は帰る道すがら、和樹の話をしていた。
「なんでだよ」
「だって、和樹くんの気持ちは、わかるもん」
「どういうことだよ」
「和樹くんは、ああするしかなかったんだと思う。お金のことね」
「ああ・・」
「真面目な人だもん。僕たちに面倒かけて、すごく申し訳ないと思ったんだよ。それで口で礼を言うだけでは、それこそ申し訳ないと思ったんだよ」
「そんくらい、俺にだってわかるさ」
「和樹くん、僕たちに悪いことしたと思ってるんじゃないかな」
「は?」
「金で解決、みたいに僕たちが思ってると勘違いしてないかな」
「んなことねーよ」
「そうかな」
「だって、初めて友達になれた気がするって言ってたじゃねぇか」
「そうなんだけど、自分を恥じてなきゃいいんだけどなぁ」
「恥じる?」
「お金を渡すという、安易な考えしか浮かばなかったってことに」
「なるほどなぁ」
「もちろん、僕たちは安易なんて全く思ってないけど。むしろ常識といえば、常識の範疇なんだよね」
「お前、何が言いたいんだ?」
「だーかーらー、和樹くんが傷ついてなきゃいいけどってこと!」
「はあ~さっぱりわかんねぇ。和樹は賢いやつだから、そんな風に考えねぇよ」
「だといいんだけど」
俺たちは信号に差し掛かり、青信号を待っていた。
「あ、そういえば、話ってなに」
翔にそう言われ、俺はすっかり忘れていた。
「立って話すのもなんだし、あっちへ行こうぜ」
俺たちは、バス停のベンチに座って話をすることにした。
「コンビニに来たクラスのやつって話、あっただろ」
「うん」
「あれ、実は、西雲の成弥だったんだよ」
「えっ・・」
「でさ、俺が和樹の身代わりだってことが、バレちゃってさ」
「えええ~~大変じゃん!」
「でさ・・俺、脅迫されてよ。子分にならないとバラすって言われてよ」
「げっ・・マジーー?ひっどーい」
「んで、子分になったはいいけどさ。その後がすごいんだぜ」
「なになに」
「コンビニの店長って、西雲の元組員でさ。で、俺、成弥の話したんだよ。そしたら子分にならなくても大丈夫だって言ってくれてな。店長は西雲の事情がよくわかってるから、俺、安心してさ。で、勝手に子分をやめたってわけ」
「でもさ・・それって大丈夫なの?」
「なにが?」
「なんか、仕返しとかしてこないの?」
「それもできねぇって、店長は言ってたよ」
「そうなんだ・・」
「それにしてもさ、成弥って人間のクズだぜ」
「だろうね。脅迫するなんて酷いよ」
それから俺は、さんざん成弥のことを愚痴った。
「なんか、同じ跡目でも、和樹くんとは天と地ほどの差があるね」
「ほんとそれな」
「潰れなきゃいけないのは、西雲の方だね」
「あ、それとさ、和樹って冤罪吹っ掛けられてんだよ」
「ええっっ!!なにそれっ」
そこで俺は、和樹がいじめをしているというデマの話をした。
「なんだよ・・それ・・」
「だろ」
「信じられない・・その島田って子、もしかして西雲と関係あるんじゃないの」
「どうなんだろうな。でもその可能性は捨てきれねぇよな」
「だって完全に罠じゃん。絶対に何か裏があるって」
「うん・・」
「たけちゃん、このままでいいの・・?」
「よくねぇよ」
「助けてあげようよ」
「助けるっつったって、どうするよ」
「その島田って子のこと、調べられないかな」
「どうやって」
「たけちゃん、成弥の番号は知ってるんだよね」
「ああ」
「成弥にカマをかけてみない?」
「へっ?」
「成弥はまだ、たけちゃんのこと子分って思ってるんでしょ」
「うん」
「そこだよ。付け入るスキがあるのはそこ」
それから俺たちは、また二人で作戦を立てた。
っていうか、殆どが翔の提案だった。
「ね、これで行こう」
「そんな上手くいくかねぇ」
それから数日後、俺は成弥に電話をした。
「成弥さん、お久しぶりです。時雨です」
「ああ、なんだ」
「俺、東雲でいい情報を入手しましてね」
「ほう」
「それで早速、成弥さんにご報告したくてお電話しました」
「そうか。じゃ、今からC公園へ来い」
「はい。わかりました」
そして俺は電話を切り、翔の顔を見た。
「うん、今のでいいよ」
「そうか」
俺たちは早速、C公園へ向かった。
「いいね、僕の言ったことちゃんと覚えてるね」
「まあ・・な」
「なんだか頼りないなぁ。大丈夫?」
「たりめーだ」
「それから電話は通話のままだよ」
「うん」
俺たちは公園に到着し、俺だけ中へ入り、翔は木の陰に隠れて待つことになった。
やがて成弥が現れ、俺の横に座った。
「で、いい話ってなんだ」
成弥は何ら疑うことなく、俺の話を聞こうとしていた。
「はい、実はですね、東雲の和樹は、どうやら学校でいじめをしているらしいんですよ」
「ほう」
成弥は驚く素振りすら見せなかった。
「これって、東雲を潰すネタになりませんかね」
「あはは。いい話ってそれなのか」
「はい・・」
「それは、俺が仕掛けたことなんだよ」
「えっ・・そうでしたか・・」
「他に話はないのか」
「すみません、今回はこれだけなんです」
「そうか。まあいい。それより商店街で噂は流したのか」
「はい・・それも先日から、徐々に取り掛かっています」
「よし。今後も続けろ」
そう言って成弥は去って行った。
すると翔がすぐに俺の方に駆け寄って来た。
「たけちゃん、上手くいったね」
「やっぱり成弥が仕組んだことだったんだな」
「僕、ばっちり録音したから」
「マジか!」
「これ、東雲の親分さんに報告した方がいいんじゃない?」
「そうだな」
それから俺たちは早速、爺さんの家へ向かった。
爺さんは、祭りの日のこともあり、俺たちを大歓迎してくれた。
「よく来てくれました。こちらから連絡しようと思っていたところなんですよ」
俺たちは、広い応接間に通され、二人で並んでソファに腰を掛けた。
「和樹は、いないんですか」
「柴中と一緒に病院へ行ってます」
「えっ・・また具合でも悪くなったんすか」
「いいえ。定期検査ですよ」
爺さんは相変わらず、優しい笑顔でそう言った。
「時雨くん、朝桐くん、先日は和樹を助けてくれてありがとう。礼を言います」
爺さんは深々と頭を下げた。
「いや、そんなのいいんすよ。ダチだったら当然のことっす」
「そうですよ、親分さん。頭をあげてください」
「きみたちは、ほんとにいい子ですね」
カチャ・・
「失礼します。お茶を淹れて来ました」
そう言って伊豆見が入って来た。
「伊豆見~久しぶりだな」
「そうだな。お前、円周率、覚えたか」
「あはは、またそれかよ」
「お茶、どうぞ」
伊豆見はテーブルに湯飲みを置いて、そう言った。
「ところで、今日はなにか用事でもあったのではないですか」
爺さんがそう訊ねてきた。
「あの、和樹のことなんすけど、和樹って学校で冤罪を吹っ掛けられてますよね」
「え・・どうしてそれを時雨くんが知っているのですか」
そこで俺は、コンビニの昆田から、偶然その内容を聞いたことについて話した。
「そうでしたか・・実は、そうなんですよ。困ったことになっているんです」
「それ、西雲の成弥が仕組んだことなんすよ」
「えっ!」
「これ、証拠の録音です」
翔が電話を取り出し、録音を流した。
それを聞いた爺さんは、愕然とし怒りに震えていた。
「事の経緯を詳しく話してもらいましょうか。どうして成弥と接触できたんですか」
そこで俺は、コンビニで成弥に見破られたこと、それをネタに脅迫され、子分となって東雲を潰すために協力することなど全てを話した。
「許せん・・西雲・・」
爺さんの顔からは、優しさが消え去り、ヤクザそのものの表情に変わっていた。
「事情はよくわかりました。でもきみたちは、これ以上関わってはならないですよ」
「え・・」
「ここからは、我々「組」の仕事です。決して関わらないように」
「そうすか・・」
「伊豆見」
爺さんが恐ろしい顔をして、伊豆見を呼んだ。
「はい」
伊豆見はすぐに爺さんの傍へ寄り、爺さんは伊豆見の耳元で何かを話していた。
「承知しました」
伊豆見はそう言って、部屋を出て行った。
「時雨くん、朝桐くん」
「はい・・」
「和樹と友達でいてくれることには、大変感謝しますし、今後もよろしくお願いしたいと思っていますが、今後一切、組とは関わらないように」
俺と翔は、爺さんの恐ろしい表情に、何も返答できなかった。
「いいですね。約束してください」
俺と翔は、互いの気持ちを探るように顔を見合わせた。
「約束してくれますね」
「あ・・はい・・」
「はい・・」
俺と翔は、頼りない返事をするのが精一杯だった。