三、つまんねぇ・・
昼休みになると、クラスの女子たちが由名見の周りに集まり、くだらねぇ「女子トーク」とやらを始めた。
俺はうるさくて仕方がなかったので、校庭へ出て弁当を食うことにした。
弁当といっても、毎朝、俺が作る。
弁当箱の中の割合は飯が九割、おかずも下手くそな卵焼きやら、こま切れ肉をササッと炒めた程度のものしか詰められていない。
ほぼ、毎日この程度だ。栄養のバランスなんてあったもんじゃない。
それにしても今日はいい天気だ。
季節は五月で爽やかな風が、時折、俺の頬を撫でた。
「たけちゃん」
「おお、翔。どうしたんだよ」
「今日は外で食べてるんだね」
翔は俺の横に座り、持参していた弁当箱を開けた。
「なんだよ、お前」
「さっきたけちゃんの姿を見つけてね。それで一緒に食べようと思ったんだ」
翔の弁当の中身は、それこそ愛情たっぷりで飯はおにぎり、おかずも色とりどりの食材で埋め尽くされている。
「たけちゃん、野菜サラダ食べる?」
「いらねぇし」
「そんなこと言わないでさ、これ美味しいんだよ」
翔はサラダを箸でつかみ、俺の弁当箱の中へ入れた。
「なにすんだよ」
「僕、こんなに食べきれないから、たけちゃんに食べてほしいんだ」
「余計なことしやがって」
俺は翔の気持ちはわかっていたが、憐れみを押し付けられているようでイラついた。
「他にも食べたいものがあったら言ってね」
「翔!お前な、俺を憐れんでんのか」
「まさか。そんなことないよ」
「だったら余計なことすんなよ」
「たけちゃん、僕がたけちゃんを憐れんでどうするの?」
「だってそうだろ」
「僕はさ、たけちゃんを友達だと思ってる。友達におかずとかあげるのって普通だよ?」
「ふんっ」
「じゃ、たけちゃんの卵焼き、僕にちょうだい」
「はあ?これ俺のだし」
「ヤダ。食べたい」
翔は強引に卵焼きを箸でつかみ、自分の弁当箱の上に乗せた。
「ね?これでお相子でしょ」
翔はそう言って、また屈託のない笑顔を俺に向けた。
「あ!これ美味しいね!」
「嘘つけ。そんなもん美味いはずがねぇだろ」
「これ、たけちゃんが作ったの?」
「そだよ」
「すごいね、たけちゃん料理上手なんだね」
「うるせぇよ」
翔は次に、肉の炒め物に手を出した。
「お前な!自分の食えよ」
「どれどれ~、あっ!これも美味しいね!」
「ったく・・」
「ほら、だからたけちゃんも、僕の食べてね」
翔は俺の前に弁当箱を差し出した。
「どれでも好きなの食べていいよ」
「しょうがねぇやつだな」
俺はハンバーグに手を出し、それを口の中へ入れた。
「どう?美味しいでしょ」
「ん・・」
そのハンバーグは実際、とても美味しかった。
俺の母親は、ろくに食事も作らないやつだった。
いつも安い菓子パンをテーブルに置いて、俺と兄貴はそれを朝ごはんにしていた。
小学校に通い始めてからは、昼は給食があったのでよかったが、晩飯もいつもスーパーで買ってくる出来合いのものだった。
手料理なんて食べた記憶がない。
そういや、誕生日も祝ってもらったことがない。
だからケーキなんて夢のまた夢で、happybirthday to youなんて歌ったこともない。
俺の家は特に貧乏だったわけじゃない。
しかし両親ともに浪費家で、稼いだ金は全て自分たちのために使っていた。
俺と兄貴にも「小遣い」という名目で、決して多くはなかったが、なにかあればすぐに金をくれた。
「ねぇ、たけちゃん」
「なんだよ」
「僕んちの両親さ、もうすぐ旅行へ行くんだ」
「ふーん」
「その間、僕んち来ない?」
「行かねぇし」
「そんなこと言わないでさ。おいでよ」
「行かねぇっつってんだろ」
「僕、一人っ子だろ。家に誰もいないと怖くてね」
「嘘つけ」
「ほんとなんだよ、来てよ」
翔が口から出まかせを言ってるのは、すぐにわかった。
「お前さ、なんでそんなに俺に来てほしいんだよ」
「だって友達だもん」
「他のやつ呼べよ。お前、ダチはたくさんいんだろ」
「僕はたけちゃんがいいの。たけちゃんに来てほしいの」
「意味わかんねぇ」
「考えといてね」
キーンコーン カーンコーン
「あっ、もう昼休み終わりだね。じゃ、たけちゃん、またね」
「ああ」
なんで俺が翔の家へ行かなくちゃいけねぇんだよ。
嫌われてまで行きたくねぇっつーの。
そこんところ、翔はわかってんのかよ。
あーーあ、だりぃ~~だりぃ~~
俺は教室へ戻る気もなく、そのままベンチで仰向けになった。
俺って果たして、生きている意味があるのか。
親はバックれ、親戚にも疎ましがられ、ダチは俺に憐れみを持ち、兄貴は来る日も来る日も汚ねぇ工場で働き、いずれ俺も兄貴に倣ってろくでもねぇ職場で働くのが関の山だ。
俺は一体、何のために生まれて来たんだ。
あーあ・・つまんねぇ・・
なにもかもが、つまんねぇ・・
いっそ派手に喧嘩でもしてやるか。
俺はベンチから起き上がり、そのまま校門を出た。